セピア変身計画始動
「……というわけで。セピア殿下をどうにか“王族らしく”見せなければならなくなりました」
ポアロさんの宣言に、私は頭を抱えた。
「いや、どう考えてもハードル高すぎません……?」
「ご安心ください。私の全知全能を尽くし、“最低限”の体裁だけは整えてみせましょう」
(最低限、なんだ……)
セピアは今日も元気に、「おせんべ〜!」とリオと転がって遊んでいる。
……うん、やっぱり変身必須。
とはいえ、まずは服装と作法をなんとかしないと。
そして数日後。
王宮から“王族専属の仕立て師”がやってきて、衣装合わせが始まった。
「セピア様、たくさんのサンプルをご用意しました。お好きなものをお選びくださいませ」
「うわぁ〜♡ これー! これがいい〜!」
セピアが勢いよく指差したその先には……
虹色に輝く派手すぎる燕尾服。
「……いやそれは絶対ダメなやつだよ!!!」
思わず叫んだ私に、リオまで苦笑い。
「セピア様、それは……お祭りのときにでもどうぞ、ね?」
仕立て師も引きつった笑顔を浮かべる。
(このままだと本当に“アホ王子”が確定してしまう……)
そう思った私は、ふとセピアの顔を見た。
「……あ」
彼の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
透明感のあるエメラルドグリーン。子供っぽい仕草と裏腹に、目はどこか純粋で綺麗だった。
「……あの、彼のような綺麗なエメラルドグリーンがあしらわれた燕尾服はありますか?」
「ございます。こちらをご覧ください」
仕立て師が取り出したのは、落ち着いたダークグレーの生地に、
エメラルドグリーンの刺繍と、同色の宝石が首元で上品に輝く燕尾服。
「……すごく、紳士的。でも、どこか清楚で……」
セピアの瞳のように、まっすぐで、少し幼い優しさがある服だった。
「……では、こちらでお願いします」
私はそう告げる。
セピアはというと「ぴかぴか〜! おようふく〜!」と楽しそうにくるくる回っていた。
(よし。あとは当日、ちゃんと着てくれれば……)
そう思った矢先。
「おねえちゃん!」
リオが小走りに駆け寄ってきた。
「いま、王宮の人が来て、“僕も出席してください”って!」
「…………は?」
「だって、ぼくも王族の人だから、ちゃんと出ないとだめなんだって〜!」
「ええええぇぇぇええ!?!?」
ちょっと待って!?
なんでリオまで王族パーティーに出席する流れに!?
そうか…!!たとえ外で作ったとしても第一王子の子供だもんね。言われてみれば、王族ね。
「さんにんいっしょー♡ なかよしー♡ うれしいねー♡」
セピアが両手を広げて飛びついてきた。
「……あ、あの、仕立て師さん。急で申し訳ないんですが……リオの衣装もお願いします」
「かしこまりました。どのようなものを?」
私はリオの顔を見た。
その瞳は、セピアとは違う、やわらかなアクアマリンのような青をしていた。
「リオの瞳に合わせて……アクアマリンのついたデザイン、ありますか?」
「はい。お子様向けに、清潔感のある白を基調に、アクアマリンの宝石を胸元にあしらった正装がございます」
「それでお願いします。あと……汚されてもいいように、予備も一着……」
「おねえちゃん、ぼくきれいになるの? やったー!!」
リオの手を握りながら、私は心の中で叫んだ。
(……いやこれ、セピアの作法特訓どころか、リオのケアも必要じゃない!?)
こうして、私の二児の王子の社交デビュー大作戦が、本格始動したのだった。




