交わらぬ兄弟と交差する女達
「……久しいな、弟よ」
静かな離宮に、冷たい声が響く。
正装に身を包んだ第一王子・ガゼルが、足音も静かに中庭へと現れた。
その隣には、艶やかなドレスに身を包んだ令嬢──
かつてのセピアの婚約者、クラリーチェ・アストレアの姿もあった。
彼女は一歩セピアに近づくと、面白くもなさそうに吐き捨てる。
「ふぅん……本当に、“ただの子ども”になったのね、セピア様。哀れだわ」
セピアは首を傾げ、ぺたんと地面に座ってリオと草むしりをしている。
「おにーちゃん、きた〜! ねぇ、リオ、これみて〜。ぴかぴか〜!」
「……セピア、あんた……」
(あー……。この状況で“ぴかぴか”はちょっとマズいわね)
隣でリオが苦笑いしながら「もう、セピア様ったら」となだめていたが、
その様子を見ていたクラリーチェが、急に私の方へと視線を向けた。
「それにしても……レビリア様。あなた、まだこの場所にいるの?」
「まだ、というより、いるのが普通になってきたかしら?」
私は穏やかに笑って返す。
正直、関わるだけ無駄。クラリーチェみたいな人には、笑って流すのが一番だ。
だが彼女は、それすらも気に食わないようだった。
「よくもまあ、居座れるわね。
そもそもあなたって、ここに嫁ぐ前は贅沢し放題だったんでしょう?今の暮らしがしんどいのではなくて?男をたぶらかして、お金を浪費して、挙句は男に捨てられるような貴方の方がお似合いよ、今のセピアには」
(……あー、やっぱ言ってきた)
周囲の空気がピリつく中、私はふっとため息をついた。
「ま、確かに私は悪女だったわよ。でもね、今はもう違う。
それに、“たぶらかす”ほどのテクニック、私、持ってないから」
言い返すというよりは、事実を淡々と述べるだけ。
だって、怒ったら彼女の思うつぼでしょ?
けれど──
「レビリアたんを、わるくいうのは……ゆるさないっ!」
その声は、突然だった。
目を丸くすると、セピアがこちらに駆け寄ってきて、私の前に立ちはだかった。
「クリーチェさん、ダメ。レビリアたん、いい子! いつもいっしょにいてくれて、
おこってくれて、ごはんつくってくれる! ぼく、レビリアたん、だいすき!!」
あっちの貴族たちがざわつき、クラリーチェの表情が歪む。
「……それを言うならクラリーチェよ、セピア王子」
私は小さく突っ込んで、それでも心のどこかがあたたかくなるのを感じていた。
(まぁでも……彼なりに、守ろうとしてくれてるのかしら)
たどたどしくても、不器用でも。
この子供のような王子は、今の言葉でちゃんと私を「味方」としてくれた。
「ふん……。所詮、落ちぶれた王子とその“お世話係”。あなたたちがどれだけ仲良くしていようが、王宮では何の価値もないわ」
クラリーチェは踵を返し、ガゼルに並んで歩き去っていく。
その背中を見送りながら、私は小さくつぶやいた。
「……でもね、価値がないって言われても、
私はこの日常、けっこう気に入ってるのよ」
そう言って振り向くと、セピアとリオが揃って「にこーっ」と笑っていた。
(……ほんと、手のかかる二人ね)
でもその笑顔を守るためなら、少しくらい面倒なことも、悪くない。




