第一王子・ガゼル
「──レビリア様。第一王子・ガゼル様より、伝言をお預かりしております」
その言葉を聞いた瞬間、空気が凍った。
お茶を飲んでいたリオが、ぴたりと動きを止める。
隣のセピアも、まるで気配に反応するように首を傾げた。
「……ガゼル? 第一王子の?」
ポアロはうなずき、恭しく一枚の封筒を差し出した。
「ガゼル殿下より、“離宮に伺いたい”とのことです。近日中に、こちらへと」
「………………は?」
……何それ、こわい。
第一王子・ガゼル。
セピアと異母兄弟でありながら、昔から権力と嫉妬にまみれた野心家。
セピアが将来の国王候補と目されていた頃、
彼に対して強い敵意を燃やしていた男。
そして、セピアが事故で記憶を失った“あの日”も……
偶然とは思えない出来事だった。
「なんで今さら……」
「さあ。ですが、殿下は“お見舞い”と仰っているようです」
「お見舞い、ねぇ……。絶対それ建前でしょ。
このまま何もなければいいけど……」
そう思ったのも束の間だった。
その翌日、王都ではこんな噂が流れ始めた。
――クラリーチェ令嬢が、第一王子ガゼル殿下に近づいている――
「クラリーチェが……ガゼルと?」
驚いたのは私だけではなかった。
「セピア様の婚約者だった方ですよね?」
ポアロも苦々しい表情を浮かべていた。
「はい。あの方が、記憶を失った殿下を見限ったのは私も知っております。
しかし、それ以上に──クラリーチェ様がガゼル殿下と結びつくとなると……
政略的な意味でも、面倒なことになるでしょう」
(……最悪の組み合わせじゃない)
セピアを捨てた女と、セピアを憎んでいた男。
この二人が手を組んだら……どんな陰謀だって起こしかねない。
「ねぇ、ポアロさん。クラリーチェって、セピアのこと……本当に好きだったと思う?」
「申し訳ありませんが、殿下の“地位”以外に興味があったとは思えません」
やっぱり、そういうことよね。
「……となれば、次に狙われるのは、私か。あるいは……」
自然と視線が向く。
セピアは、今日も無邪気に「おせんべ〜!」とお菓子をむさぼっていた。
「……やれやれ、アホ王子のくせに、やたら狙われ体質ね、あなたって」
「ん〜? よくわかんないけど、レビリアたん、すき〜!」
「わかってないのに言うなっ!」
でも、だからこそ守らなきゃいけない気がする。
この離宮を、セピアとリオの笑顔を、
そして……いつの間にか、私の“日常”になったこの場所を。
ガゼルとクラリーチェが動き出した今、
再び、物語が大きく揺れ始めようとしていた──。




