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忠義と、静かな離宮で

「──ここ、やっぱり人が少なすぎじゃない?」


ふと、思って口にした。

離宮に来て数日。最初は「静かでいいわ」と思っていたけれど──


やっぱり何かが妙だ。


セピアとリオ、そして私。

それに、執事のポアロという初老の男性が一人だけ。


メイドも料理人もいない。掃除は私とリオで分担。

セピアが水をこぼしても、騒いでも、片付ける人はいない。


「……ポアロさん、もしかしてこの離宮に、あなた一人だけなんですか?」


「はい、まことに。現在、私ひとりです」


さらりと答えるその口調は、静かで重かった。


「……前は、もっと人がいたんですよね?」


すると、ポアロは少し間をおいて──語り出した。


「セピア様がまだ、第三王子として王宮で活動されていた頃は、

それはそれは多くの者が仕えておりました。

才知に優れ、民にも慕われていたあの頃は、陛下も期待を寄せていたのです」


「けれど、事故で記憶を失われて以降──」


「国王陛下は、セピア様を見捨てました」


……胸が、きゅっと締めつけられた。


「陛下は“王位継承に値しない”とお考えになったのでしょう。

この離宮へと追いやられ、使用人もほとんどつけられず……。

もはや、忘れ去られた存在として扱われております」


「じゃあ、ポアロさんは……?」


ポアロは、静かに、微笑んだ。


「私は、セピア様の母君──セルビア様に仕えておりました。

お優しい方でした……。

セルビア様、そしてセピア様以外に、主と思える方はおりません」


それは、年季の入った忠義だった。

誰にも相手にされず、見捨てられた王子を、唯一人で支える男の背中。


「……セピアって、そんなに……」


子供のようになってしまった今のセピアからは想像しづらいけれど、

きっとかつては、誰よりも誠実で優しく、有能な王子だったのだろう。


だから、ポアロのような忠臣が残った。


「……忠実な使用人がいるってことは、

それだけ人に誠実だったってことよね。たぶん」


そのとき、キッチンからガシャーン!という大きな音が響いた。


「うわあああ!? おなべ、ころんだ〜〜!」


「セピア様!? また!? ちょっと、手出さないでって言ったでしょー!」


私は慌てて立ち上がり、キッチンへ駆け込む。

リオもすでにセピアの手を引いて「だいじょうぶだよ〜」と慰めている。


「……はぁ。もう、ほんとに、手がかかる」


でも。


(前世じゃ一人暮らししてたし、これくらい……できないこともないか)


掃除、洗濯、料理。できることは手伝う。

それに、リオという小さな相棒もいる。


(ポアロさんだけじゃ、負担が大きすぎるわよね)


「……よし。私もやるわよ、ちゃんと」


この離宮には、忘れられた王子と、忠義の執事と、天使のような子どもがいる。

そして、なぜか巻き込まれた悪役令嬢の私。


(せっかくここに来たんだもの。せめて、ここにいる人たちくらいは、守りたい)


そう、静かに思った。

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