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策士 セピア・グルース王子

セピアは、レビリアを抱きしめながら静かに固く決めた。

もう記憶を失って誰かに守られるだけの阿呆な自分ではない。頭脳明晰で、誰よりも優しくて――そんなセピアが戻ってきたのだ。


(レビリアも、リオも、ポアロも。僕の大切な全てを、僕が守る)


胸に湧き上がる熱を抑え、彼は心の中で慎重に盤を回す。今はまだ、記憶を取り戻したことを誰にも明かしてはいけない。

阿呆のフリを続け、相手に油断させる――その隙を突いて、ガゼル兄上や王妃の罪を白日の下に曝してやるのだ。


(辛抱だ、セピア。全て片付いたら、レビリアに真実を告げよう。謝罪でも、詫びでもなんでもする)


その決意を胸に、セピアはレビリアをもう一度ぎゅっと抱きしめた。

しかし――胸の内が複雑であるほど、嘘をつくことへの胸の痛みは増していった。


ふと扉の方から、鈍くドンドンと叩く音がした。次いで、力強い声が外から響く。


「殿下、レビリア様、ご無事ですか!?」


セピアは慌てて伏せていた表情を取り繕い、

「おはよう、レビリアたん!」と軽く挨拶する。

レビリアは目をぱちりとさせて、嬉しそうに言った。

「セピア様、意識が戻ってよかったです……」


扉を開けると、そこには執事ポアロ、そして銀髪の第二王子エルヴィン殿下、背後にはぴょんと跳ねるように駆けてきたリオの姿があった。

「おねえちゃん! セピア様! 僕、心配したよ!」

泣き出しそうな顔で飛びついてくるリオを、レビリアはそのままぎゅっと抱きしめる。


エルヴィンは淡い笑みを浮かべつつ、ポアロに向き直った。

「ここにいてくれてよかったよ…。」

ポアロは落ち着いた調子で答える。

「はい。お二人が無事で安心致しました。リオ様が、この離宮での異常を城に伝えてくださったのです。殿下が非常な速さで動かれたので、我々もすぐ追ったのです」


エルヴィンがうなずき、話を続ける。

「しかも、僕が以前から調べていた王妃に関する不審な痕跡——その矢先の出来事でもあった。王妃の秘密地下牢の存在は掴んでいたが、脱出の跡があった。地下牢を抜ける道を辿ると、崖に出る。その崖で君の物が落ちているのを見つけた」


エルヴィンは腰から小さな包みを取り出し、そっとレビリアへ差し出した。

「これは君のだろう?」

そこには、いつもレビリアが身に着けていた小さなピアス——片方だけが薄汚れて転がっていた。レビリアは驚きのあまり、思わずその場に手を当てる。


「私のピアス!」レビリアが息を呑むと、エルヴィンは続けた。

「崖の下には小屋があった。そこで君たちを発見した。奴らは巧妙に仕組んでいた。王妃が秘密裏に地下牢を構えていること、その罠の構造、その先に崖があること——全て繋がっていた」


リオは誇らしげに胸を張り、満面の笑顔で言った。

「だって、おねえちゃんもセピア様も大好きだもん! ぼく、すぐに知らせたよ!」


レビリアはリオを抱きしめて泣き笑いをしながら、エルヴィンとポアロに頭を下げた。

「流石、エルヴィン殿下、ポアロ様。お見事でした。ありがとうございます」


エルヴィンは首を振り、軽く頭を下げる。

「いや、それより君が無事で本当によかった。だが、これで状況が少しは動くはずだ」

彼の声には冷たくも確かな決意が宿っていた——王妃の疑惑を白日に曝すための、次の手を示唆する鋭さがある。


セピアはその様子を、棚に飾られた小さな裂けた服の端や、埃にまみれた床の跡と重ね合わせながら見つめた。胸に去来するのは守るべき者たちへの強い想いと、これから打つべき策の数々。彼は心の奥で静かにうなずいた。


(よし、計画どおりだ。まだ僕は演じる。だが、いつでも動ける。奴らが次の一手を打つ前に、こちらから仕掛けてやる)


レビリアはリオを腕に抱え、ほっと息をつく。セピアは小さく微笑んで、あえて無邪気に言った。

「リオ、クッキーはどうだった?」


リオは満面の笑みで答える。

「おいしかったー! ポアロさんありがとう!」


ポアロは優しく微笑み、エルヴィンはその横で気を引き締める。

暗闇の底で蠢いていた王妃の影は、まだ消えていない。だが今は、目の前の温もりを確かめ合う時間だ。


こうして、レビリアとセピアは仲間たちとともに夜の小屋を後にした。離宮へ戻る道すがら、セピアの胸には新たな覚悟が固まっていた――守るだけでなく、策略家として、王家を揺るがす黒幕を暴く日が近いことを、確信していたのだ。


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