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記憶のカケラ

強い光に目が眩んだ瞬間、地下牢を抜けた二人の視界は、眼下に広がる断崖絶壁で満たされた。足元には細い岩道、僅かな苔。風は鋭く、吹きつけるたびに衣を切り裂くように冷たい。


セピアは額を押さえ、立ち止まった。

「ここ……知ってる。夢で……見た」


レビリアははっとして彼を見つめた。

――まさか。この崖から落ちて、セピア様は記憶を失ったのでは……?

推測が脳裏をかすめた、その時。


「見つけたぞ、セピア王子!」

鋭い声と共に、黒ずくめの刺客たちが木々の陰から次々に姿を現した。


レビリアは即座に前へと出る。

「下がっていてください、セピア様!」


迫る影を、彼女は一人、また一人と華麗に投げ飛ばす。相手の動きを見切り、関節を極め、岩壁に叩きつける。細身のドレスが裂け、裾が土にまみれても、彼女の瞳は一切揺らがない。


「はぁ……終わった……」

最後の刺客を地に伏せ、安堵の吐息をもらしたその刹那――。


ひゅ、と空気を裂く音。

最後の刺客が、倒れ込みながらも矢を放っていた。狙いはセピア。


「危ない!」

レビリアは咄嗟に飛び出す。だが足元は崖際。セピアを庇った勢いで、二人はバランスを崩した。


地が消える。

風がうなりをあげて吹き抜ける。


「きゃ……!」

レビリアは思わず目を瞑った。

その瞬間、温かな腕が彼女を抱きしめる。


「レビリアたんは……僕が守る!」


強く、離さない。その声に心臓を撃たれるように胸が熱くなりながら、二人は闇の底へと落ちていった。


――


痛み。鋭い衝撃が腕と肩を貫く感覚で、レビリアは目を開けた。

「うっ……」

ドレスは裂け、血が滲んでいる。だが自分のことよりも目の前の姿。


「セピア様!」


彼はぐったりと横たわり、意識朦朧としていた。額からは汗が滲み、唇は微かに動いている。


「レ……ビ……リア……たん……ぼくが……まもる……」

掠れた声を最後に、力尽きるように目を閉じてしまう。


「セピア様! しっかりしてください!」

レビリアは慌てて呼吸と脈を確かめる。まだ規則的に動いている。頭を打って気を失ったのだろう、と判断し、安堵の息を吐いた。


ふと前を見ると、崖下の林に埋もれるように古びた小屋が一軒。

「……こんなところに……?」


迷う暇はない。レビリアはセピアを背に負い、必死に足を運んだ。


――ギィ……。

重い音を立てて開いた扉の向こうは、埃と黴の匂いに包まれていた。


「すみません……誰かいませんか?」

呼びかけても返事はなく、ただ沈黙が広がる。


レビリアは埃を払い、色褪せた布団にセピアを横たえた。震える指で火打石を打ち、炉に火を灯す。


痛む腕に布を巻きながら、ちらと横を見ると、セピアが苦悶の表情でうなされていた。

「……やめて……来ないで……」


レビリアはそっと彼の手を握る。冷たいその手に、自分の温もりを重ねるように。

「大丈夫ですわ、セピア様。私がいる限り、必ず貴方を守ります」


その声に呼応するように、彼の表情から少しずつ苦悶が消えていく。

やがて、穏やかな寝息が小屋の中に広がった。


レビリアはその手を握ったまま、胸の奥で強く誓う。

――もう二度と、この手を離さない。

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