セピア誘拐事件
王城の静かな午後。
窓から差し込む光が柔らかく揺れ、部屋の中に甘やかな空気が流れていた。
セピアは、そっとレビリアの肩に頭をもたれかける。
彼女の心臓は跳ね上がり、胸の奥で小さな波が打ち寄せた。
(あの夜以降、セピア様とどう接すればいいのか、分からない……でも――)
迷いを抱えたままのレビリアに、セピアは無邪気に笑い、彼女の手を自分の手と絡める。
「セ、セピア様……リオもいますし、ここではあまりくっつかない方が……」
「だーめ!」
頬をぷくっと膨らませ、子供のように拗ねる声。
「さっきまでリオはレビリアたんの膝の上を独占してたんだもん。今度は僕の番だよ」
距離が少しずつ縮まってくる。
翡翠の瞳に射抜かれ、レビリアの呼吸が乱れる。
「レビリアたん……キスしたい」
(や、やめて……そんな真剣な顔、反則……!)
気づけば、二人の唇は触れ合っていた。
最初は恐る恐る、それから徐々に深く――互いを求めるように重なり合っていく。
甘く熱い時間に身を委ねそうになったその時――
「ドンッ!」
塔の方から大きな物音が響いた。
空気が一変する。
「……今の音は……」
レビリアは身を起こし、塔へ向かおうとした。
その腕を、セピアが掴む。
「僕も行く!」
「それはダメです!」
レビリアはきっぱりと首を振った。
「セピア様は、この国の第三王子。もしものことがあれば国に関わる一大事です」
「……僕が頼りないから?」
「そうではありません」
まっすぐに見つめ返し、言葉を強くする。
「リオのことは必ず私が助けます。安心してください」
その瞳に、セピアは何も言えなくなった。
ただ、小さく俯いて呟く。
「……分かった。でも、僕にとっては……レビリアたんがいなくなる方が、一大事だからね。ちゃんと……僕のそばにいてよ」
その姿に胸が締めつけられる。
レビリアは彼の頬に軽く口づけた。
「心配しないで。私の居場所は、セピア様とリオとポアロ様がいる、この場所だから」
それだけを告げ、レビリアは塔へと駆け出した。
――
「おねえちゃん!助けてーー!」
塔の奥から、リオの悲鳴が響く。
レビリアは迷わず扉を蹴り破った。
しかし、そこには誰もいなかった。
部屋は静まり返り、ただ風が揺れるだけ。
「……リオ……?」
確かに聞こえた声。だが、姿はどこにもない。
胸の奥に、不気味なざわめきが広がる。
――
一方その頃。
セピアの前に、リオが駆けてきた。
「セピア様〜! ポアロさんがお菓子作ってくれたって! 一緒に食べよう?」
両手いっぱいにクッキーを抱え、無邪気に笑うリオ。
だが――セピアの直感が告げていた。
(違う……これは……罠だ!)
「レビリアたん……僕が守る!」
立ち上がったセピアが走り出す。
「セピア様! 待って!」
リオの制止も聞かず、塔へ向かって全力で駆ける。
だが――その瞬間。
背後から伸びた冷たい手が、セピアの口を強く塞いだ。
「っ……!?」
息ができない。身体の力が抜けていく。
視界がぐらりと傾き、床が遠のく。
「レビ……リ……あ……」
伸ばそうとした手は宙を掴み、翡翠の瞳は闇に飲まれて閉じられた。
――セピアの意識は、完全に途切れた。




