月下の抱擁
冷たい夜風が吹き抜ける休憩室に、二人の影が並んでいた。
遠くで舞踏会の喧騒がまだ響いているというのに、ここだけは別世界のように静かだった。
「セピア様……顔が赤いわ。やっぱりお酒を飲んだのね」
レビリアは心配そうに彼を覗き込む。
蒼白な月光の中で、その頬だけが火照ったように赤い。
「……ごめん、なんか……からだが、あつい……」
彼の声は、掠れて震えていた。
胸の鼓動が、ドクン、ドクンと耳に届くくらいに近い。
(クラリーチェの仕業よね……でも、今はそんなことより――)
レビリアが手を伸ばし、彼の額に触れた瞬間――。
「……レビリアたん」
その声は切なくて、苦しそうで。
次の瞬間、セピアは彼女を強く抱き寄せた。
「っ!? セ、セピア様……?」
彼の腕の中、心臓が跳ね上がる。
耳元に落ちてきた吐息が熱すぎて、呼吸が詰まった。
「……もう、隠せない。
ぼく……レビリアたんが好きだ」
その言葉が、夜を焦がした。
レビリアは瞳を大きく見開き、声にならない声を漏らした。
「ぼく……最初は、ただ優しくて、守ってくれるおねえちゃんだと思ってた。
でも今はちがう。ぼくの心は、ずっとレビリアたんでいっぱいで……
どうしようもなく、触れたくなる」
「……セ、セピア様……」
胸が痛い。なのに、温かい。
頬が、涙が出そうなくらいに熱くなる。
「ごめん……がまん、できない」
そう囁いた次の瞬間――。
彼の唇が、レビリアの唇を覆った。
「……っ!」
柔らかく、けれど必死な、熱いキス。
舞踏会でのあのキスとは違う。
今の彼は、迷いもためらいもなく、ただ彼女を求めていた。
深く、甘く、時間を忘れるほど長い口づけ。
名残惜しそうに唇が離れ、翡翠の瞳が潤んで彼女を見つめた。
「……もっと……」
再び唇を重ねようとした瞬間――。
セピアの体が、ふっと力を失った。
「え、ちょっ……!?」
次の瞬間、彼の体重がすべて彼女にのしかかる。
「ちょ、ちょっとセピア様!? 寝ないで!!」
必死に声をかけるが、返事はない。
すやすやとした寝息が聞こえる。
(な、なんでこんなタイミングで……!)
レビリアは頭を抱えながら、動けない自分を恨んだ。
「……も、もう……っ……」
頬まで真っ赤にしながら、心の中で呟く。
(……でも、こんなに胸がドキドキするのは……
私、やっぱり彼が好きなんだ――)
月明かりが、二人を優しく照らしていた。




