表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/55

君の笑顔は僕だけのもの

「ねぇ、おねえちゃん」

小さな声がレビリアの袖を引っ張った。リオだ。

「どうしたの?」

「セピア様がおねえちゃんとお話したいって!」

「……え?」

視線を向けると、セピアが少し離れたバルコニーの方を見ている。

その横顔は――どこか、切実さを帯びていた。

夜風が頬を撫で、月明かりが二人を包む。

しばしの沈黙の後、セピアが小さく呟いた。


「……ないで」

「え?」

「レビリアたんのかわいい笑顔……ほかの人に見せないで。ぼくだけに、見せてほしい」


翡翠の瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。

心臓が跳ねる音が、自分でもうるさいほどに響いた。


「そ、そんなの……」

「……ズルい?」

「……ズルいわよ」

震える声で答えると、セピアの手が、そっと彼女の手に重なった。


「ごめん。僕、最近おかしいんだ。

レビリアたんを、僕だけのものにしたいって思う。触れたいって思う。…これが、“恋”ってやつなのかな?」


「ソ、ソウダトオモイマス…。」

思わずカタコトになるレビリア。

――なにこれ、反則じゃない?

(つい最近まで“おせんべー”とか言ってた子が、急にこんな男らしいこと言うなんて……好きになっちゃうじゃない!)


煌びやかな舞踏会は終盤を迎え、会場にはまだ楽団の奏でる優雅な旋律が流れていた。

月光が差し込む大理石の床に、シャンデリアの光が揺れる。


「セピア様、少しお顔が赤いのではなくて?」

レビリアは小さく眉をひそめた。

頬だけでなく、耳までほんのり朱に染まり、呼吸が早い。

「……ん? だいじょうぶ……だよ。レビリアたん、もっと笑ってて……」

言葉の端に熱が混じり、翡翠の瞳がとろんと潤んでいる。

(おかしいわ……彼、お酒は飲まないはず)

卓上を見ると、さきほどまであったジュースのグラスが空になっていた。


(まさか……入れ替えられていた!?)

胸にざわめきが広がる。レビリアは慌てて立ち上がった。


「水を持ってきますわ。ここで待っていて」

「……うん、レビリアたん、すぐ戻ってきてね……」

 小さな声で、子どものように縋る声を残し、レビリアは駆け出した。


だが――戻った時、そこに彼の姿はなかった。


「……セピア様?」

空になった席。冷たく光るグラスだけが、月光を反射していた。


(どこへ……? まさか……)

胸が、ズキンと痛んだ。

嫌な予感が、雷鳴のように頭を打つ。


「……お願い、無事でいて」

裾を持ち上げ、レビリアは人々の視線を無視して走り出した。

きらびやかな会場を抜け、静かな廊下へ――。


****


「まあ……こんなところにいたのね、セピア様」

柔らかな声が休憩室に満ちる。クラリーチェが、赤い唇を妖しく吊り上げた。


「……クラリーチェ……?」

ぼんやりした視線で彼女を見やるセピア。

その身体は熱に浮かされたように揺れていた。


「お可哀想に。あんな女に弄ばれて……」

「……やめろ……レビリアたんを悪く言うな」

掠れた声に、怒りが混ざる。


「弄ばれているのよ。貴方はただの遊び人形。彼女は誰にでも微笑む――」

「ちがうっ!!」

セピアが叫んだ。

揺れる翡翠の瞳から、真っ直ぐな光が迸る。


「レビリアたんは……そんな人じゃない!

ぼくにとって……だれよりも、大切なひとなんだ!」


クラリーチェが目を細める。だが、なおも低い声で囁いた。

「だったら……証明なさいな。私に委ねて――」

白い指がセピアの胸に触れようとした、その瞬間――。


「や、やめろ!!」

セピアがその手を払いのけ、息を荒くする。


「ぼくに……触れていいのは……レビリアたんだけだ!」


その言葉は、夜を切り裂く刃のように鋭かった。


――ガンッ!!


重い扉が蹴り破られる音が、静かな部屋に轟いた。

月明かりの中、ドレスの裾を乱したまま立つ少女の姿。


「……クラリーチェ。貴方……落ちるところまで落ちたわね」

レビリアの声は、氷の刃のように冷たい。

クラリーチェが蒼白になる。

「な、なぜここが――」

「私を侮った報いよ」

鋭い視線で彼女を射抜き、レビリアはセピアの傍へ歩み寄る。

揺れる翡翠の瞳が、こちらを必死に追う。


「……レビリア、たん……」

その声に、胸の奥が熱くなる。


「セピア様……私、気づいてしまったの」

そっと彼の頬に触れる。熱い。――でも、離せない。


「私も、貴方が大好きよ。

人として……そして、一人の男性として。

これからも、ずっと、貴方のそばにいたい」


クラリーチェが絶句する中、その言葉は炎となって夜を焦がした。


****


「……なるほど、やはりクラリーチェが動いたか」

月影に潜むエルヴィンが、ポアロに視線を送った。

ポアロは冷ややかに笑い、懐から小型の魔導記録具を取り出す。


「ええ、音声はしっかりと。『王妃』の名も……これで決定的です」

「よし……次は一気に包囲網を狭める」

銀髪の王子が、紫の瞳を細める。


一方その頃、王妃の居室では――。

「……役立たずが。いいわ、次は“切り札”を使う」

暗い声とともに、杯のワインが深紅に染まる。

夜はまだ、終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ