血煙の狩猟祭
朝露に濡れた大地を踏みしめ、私たちは狩猟祭の会場へと足を踏み入れた。
王国最大の祭典――狩猟祭。貴族や王族たちが集い、森に潜む獣を狩り、その技を競い合う伝統行事だ。
「わぁ……森がこんなに広いなんて……!」
リオのアクアマリンの瞳がきらきらと輝く。隣でセピアも、いつになく興奮を隠せない様子だった。
「レビリアたん!あれ全部、僕たちが狩るの?」
「狩るっていうより……今日は見学がメインよ。絶対に私のそばから離れないこと、いいわね?」
「うん!約束する!」
セピアがにこっと笑い、リオがこくんと頷いた。
(そう、絶対に離さない……何があっても)
胸の奥で小さく誓いながら、私は手綱を握った。
馬上に乗るセピアは、案の定バランスを崩しかけ――
「わっ、わぁぁっ……!」
「ちょっ……セピア様!」
私は慌てて手を伸ばし、彼の腰を後ろから抱き寄せた。
柔らかな体温が一瞬、全身を包む。
(……な、何でこんな時にドキドキしてるのよ私)
「ご、ごめんレビリアたん……でも、あったかい」
「……っ! 馬に集中してくださいっ!」
***
森は静かだった――不自然なほどに。
(……おかしい。獣の気配より、人の気配の方が濃い)
私の首筋を、冷たい感覚が走った瞬間――
ヒュンッ!!
空を裂く音。
「――セピア様、伏せてっ!!」
私は迷わず馬上から飛び降り、腰の剣を抜いた。
ガキィィン!
飛来する矢を弾き飛ばす金属音が、森の静寂を破った。
「な、何……!?」
「セピア様、リオ! 私の後ろに!!」
木々の間から、黒装束の刺客たちが音もなく姿を現す。
――5人、いや6人……完全に“狩り”の標的はセピアだ。
一歩踏み出した瞬間、体が勝手に動いた。
「――っはぁぁぁっ!!」
鋭い剣閃が、月光のように空を切る。
一人目の男が剣を抜く前に、その腕を捻り上げ――
ドンッ!
体術で地面に叩きつける。
二人目が背後から斬りかかる。
キィィン!!
私は振り向きざまにその刃を弾き、柄で鳩尾を突いた。
呻き声を上げて崩れ落ちる刺客。
「す、すごい……レビリアたん……!」
セピアの声が、震えている。
リオは涙目で必死に私を見ている――(守らなきゃ、この子たちを絶対に……!)
三人目、四人目が同時に飛び込んでくる。
(来なさい、まとめて相手してあげる!)
私は一人の剣を弾き、回転しながらその勢いで二人目の足を払う。
木の葉が舞う中、二人は同時に地面に沈んだ。
だが――
「っ……!」
一瞬の油断。最後の一人の短剣が、私の腕をかすめた。
鮮血が舞い、痛みが脳を突き抜ける。
「レビリアたんっ!!」「おねえちゃん!!」
セピアとリオの声が、絶望に震える。
「……大丈夫、これくらい……」
強がる私を、セピアは真っ直ぐに見つめ――
ひょいっ
私の体を抱き上げた。
「ちょ、セピア様!? 離して――」
「離さない!!」
腕の中に閉じ込められ、心臓が跳ねる。
セピアはそのまま馬に飛び乗り、私を抱えたまま手綱を引いた。
「リオ、掴まって!」
「うんっ!」
バシュッ――!
馬が大地を蹴り、風を切って疾走する。
その間、セピアは私を胸に抱き寄せ、片手で手綱を操っていた。
「お願いだから……僕の前で、もう血を流さないで……!」
その声は必死で、震えている。
(……どうして、そんな顔するの……)
彼の胸に顔を埋めると、
ぎゅっ
さらに腕の力が強くなった。
そして――
彼の指が、私の髪にそっと触れ、撫でた。
その優しさに、胸の奥が熱く、痛くなる。
***
安全な場所に着くと、セピアは馬を止め、私をそっと地面に下ろす。
すぐに自分の上着を脱ぎ、私の傷口を押さえる。
「痛い……? 血、止まる?」
「……だ、大丈夫よ……」
必死な表情。汗が額を伝い、翡翠の瞳が私を射抜く。
(近い……呼吸が、苦しい)
「僕……レビリアたんを失うのが、怖い」
その声は、震えていて、熱い。
私は、何も言えなかった。
ただ――
彼の指がまだ、私の髪を撫でていることに、
心臓が爆発しそうになっていた。
(これ……何? どうしてこんなに、ドキドキするの……)




