舞踏会の熱
煌びやかなシャンデリアが、夜空の星を閉じ込めたようにきらめいていた。
ラウンドン王国の王都、その中心にそびえる白亜の宮殿で、国王カリオスの生誕祭が盛大に幕を開けている。
黄金に輝く大広間。磨き上げられた大理石の床に映るのは、豪奢なドレスをまとった貴婦人たちと、燕尾服に身を包んだ貴公子たち。
甘美なワルツが流れ、会場は華やかな笑い声と香水の匂いに満ちていた。
――その中で、ひときわ美しく妖しい微笑を浮かべるのは、王妃イザベル。
その隣には、淡いピンクのドレスに身を包んだクラリーチェが控えている。
彼女の頬には、どこか勝ち誇った笑み。
(あの“元悪役令嬢”をこの場で完膚なきまでに叩きのめす――それが今宵の目的よ)
王妃の視線が、会場の奥、セピアとレビリアの立つ位置を鋭く射抜いた。
クラリーチェが小声で囁く。
「……お任せくださいませ、王妃様。レビリアなんて、すぐに“場違い”だとわからせてあげますわ」
王妃は満足げにうなずいた。
――だが、その時。
扉の前に現れた一人の青年が、空気を一変させる。
「……え?」
「まさか……」
会場がざわめいた。
淡い銀の髪が月光のように揺れ、ラベンダー色の瞳が静かに人々を見渡す。
優雅な白の燕尾服に身を包み、すらりとした肢体を誇るその男は――
「第二王子……エルヴィン殿下……!?」
人々が息を呑む。
病弱で、人前には決して出てこない――そう噂されていた王子が、完璧なまでに気品を備え、そこに立っていた。
王妃の表情がわずかに引きつる。
「……なぜ、あなたがここに」
エルヴィンは涼やかに微笑んだ。
「国王陛下の生誕祭に、第二王子が出席しない理由がありますか?」
「……」
「それとも、母上にとって私は“居ない方が都合がいい”のでしょうか?」
一瞬、火花が散るような視線の交錯。
だが、エルヴィンは優雅に会釈し、人々の間を歩いていく。
――そのとき。
セピアの足が、ふと止まった。
「……エルヴィン……兄さん……?」
「――っ!」
エルヴィンの瞳が驚きに見開かれ、すぐに柔らかな光を宿す。
「……思い出してくれたのか、セピア」
「うん……むかし、ふたりでほん、よんだ」
「……ああ。そうだ……あの時のままだな、君は」
そのやり取りを聞き、レビリアは胸をなで下ろすと同時に、心臓が跳ねた。
(……本当に、記憶が戻り始めてる……!)
ーだが、クラリーチェの視線は鋭さを増していた。
「……あの女……!」
王妃が静かに囁く。
「焦らないで。――計画を始めなさい、クラリーチェ」
「かしこまりました、王妃様」
やがて、音楽が変わる。
「次の曲でペアを変えてください」というアナウンスと共に、貴族たちがざわめく。
「レビリアたん、いっしょに踊りたい」
そう声をかけてきたのは、もちろんセピア――。
「えっ……わ、私……?」
ー結局、彼に強引に手を取られ、彼女は舞踏会の中央へと連れ出される。
セピアの手が、彼女の腰にそっと回る。
思ったよりも、力強く――そして、熱い。
至近距離で見つめられ、レビリアは思わず息をのんだ。
(――近い……!)
セピアの翡翠色の瞳が、まっすぐに彼女を捉えて離さない。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちる。
――その瞬間、王妃の視線が、冷ややかに光った。
(いいでしょう、レビリア。――今宵、あなたに“終わり”を告げるのは、この私)
華やかな音楽の裏で、陰謀という名の影が、音もなく広がっていく――。




