暴かれる王妃の牙
慈善会から数日後、王宮は静かにして――だがその裏では血の匂いを孕んでいた。
レビリアは深い呼吸を整えながら、玉座の間へと歩を進める。
(……とうとう、この時が来た)
彼女が持つのは一枚の羊皮紙。
――王妃が密かに画策した“寄付金の横流し”を示す証拠。
慈善会の裏で、ポアロとエルヴィンが仕掛けた情報戦で引き出した、決定的な一手。
「レビリア嬢、そなたも来たか」
金の王冠を戴く国王アストロが、優しいが底の読めぬ眼差しを向ける。
「報告したいことがございます」
レビリアは膝を折り、冷静な声で答えた。
――だが、彼女の心臓は激しく脈打っている。
「……王妃殿下の名を騙り、寄付金を不正に流していた者がいます」
「何?」
王妃の眉が、わずかに動いた。
レビリアは視線を逸らさず、羊皮紙を差し出す。
「証拠はこちらに」
場の空気が、ピリリと張り詰める。
(――王妃よ。あなたの牙、私はへし折ってみせる)
****
一方その頃、薬草園ではエルヴィンとポアロが低い声を交わしていた。
「……これで、王妃は防戦に回らざるを得ない」
エルヴィンのラベンダーの瞳が、鋭い光を宿す。
「だが、問題はガゼル殿下だ。やつはこの事態を利用して、セピア殿下を完全に排除するだろう」
「ええ。崖の件を忘れたとは思えませんから」
ポアロは頷き、短剣を懐に戻した。
「エルヴィン殿下……貴方の覚悟、間違いありませんね?」
「もちろんだ。――僕は、あの時、崖から落ちたセピアを救った。
今度は、彼の未来を救う」
エルヴィンは、指先で銀髪を払うと、冷ややかに微笑んだ。
***
その頃、離宮の自室で、セピアは苦しげに額を押さえていた。
「……っ」
鋭い痛みと共に、脳裏に光景が流れ込む。
――崖の上。
レビリアと笑い合ったあと、誰かの影。
『落ちろ、セピア』
背中に走る衝撃。
視界が、空と地面の間で反転していく――。
「……ガゼル、兄さま……?」
セピアははっと息を呑み、震える手で額を押さえた。
(あれは……夢じゃない。あの日、僕は……殺されかけたんだ)
扉の向こうから、レビリアの柔らかな声がした。
「セピア王子?入っていい?」
彼は反射的に答えそうになって――やめた。
(今、これを言ったら……レビリアたん、危ない)
「……うん、入って」
声は、できるだけ平静に保つ。
レビリアが入ってくると、彼女の笑顔に、胸の痛みが和らいだ。
(――ぜったいに、守る。今度は僕が)
****
同じ夜。
王宮の一室で、王妃はクラリーチェを呼び寄せていた。
「レビリア……あの女、本当に忌々しいわ。寄付金の横流しを陛下に報告するなんて…。彼女をみくびっていたようね」
王妃は笑みを浮かべるが、その声は冷たい氷のようだった。
「ですが、まだ勝負は終わっておりませんわ」
クラリーチェは深く頭を垂れる。
「次の一手を打ちましょう――彼らの“絆”を裂く、もっと鋭い刃を」
王妃の指が、ゆっくりと銀の杯を撫でる。
「ええ……崖から突き落としたときのように、ね」




