偽りの慈善会
――ある朝、離宮に届いた一通の封書。
封蝋には、王妃の紋章。
レビリアは、嫌な胸騒ぎを覚えながら開封した。
『慈善会の開催につき、セピア殿下とその御家族もご出席を――』
「……慈善会、ね」
指先で紙を撫でる。
“慈善”という言葉の裏に漂う、冷ややかな悪意。
(これは、完全に罠だわ)
背後でセピアが笑顔で首を傾げる。
「レビリアたん、じぜんかいってなあに? たのしいの?」
――どう説明したものかしら。
(まさか、貴方を陥れるための場だなんて言えないわよね)
そのとき、ポアロが低く告げた。
「レビリア様。裏を取ったところ……これは“表向きは慈善会、裏では派閥の力比べ”です。
しかも――主催は王妃様。クラリーチェ様も出席されるかと」
「……なるほどね。つまり――私たちを孤立させる気ね」
レビリアは目を細めた。
(いいわ、上等じゃない。だったら――こちらも準備する)
一方、その夜。
薬草の香りが漂う月下の庭。
エルヴィンは椅子に腰かけ、机に指先を軽く叩いた。
その前に立つのは、ポアロ。
「――罠だな」
淡いラベンダーの瞳が、氷のように冴える。
「はい。レビリア様は正面突破をお考えですが、こちらとしては“想定外”の一手を準備する必要があるでしょう」
「……クラリーチェも駒だ。黒幕は――あの方」
エルヴィンの声は低く落ちる。
「僕は……黙っていられない。セピアを、あんな目に遭わせたのは――」
机に置かれた地図に、彼は印をつける。
「慈善会当日、僕が動く。君も同時に――裏をかいてくれ、ポアロ」
「御意。」
月光に銀髪が揺れる。
“静かなる王子”が、ついに牙を研ぎ澄ませた。
****
絢爛なシャンデリア、煌びやかなドレス、笑顔の裏に潜む悪意――
それが、王妃主催の“慈善会”だった。
セピアとリオは、完璧な装いで会場に立っていた。
エメラルドとアクアマリンが、光を受けて輝く。
(……本当に、成長したわね)
レビリアは胸を張り、二人の隣に立つ。
(絶対に負けない。この子たちを守るためなら――何だってやる)
――だが、そこに現れたのはクラリーチェ。
妖艶な笑みを浮かべ、囁く。
「まぁ……場違いな方々ですこと」
周囲の視線が一斉に集まる。
「セピア殿下は、記憶を失ったお気の毒な方。
そして、そちらの可愛らしいお子様――本当に、王族の血を引いているのかしら?」
ざわめき。鋭い視線。
セピアが小さく震える。リオは不安そうにレビリアの服を掴む。
――だが、レビリアは笑った。
(そんな挑発、何度もされてきたわ)
「クラリーチェ様。慈善会で噂話とは――貴族の品格を疑われますわよ?」
会場が一瞬、静まり返る。
クラリーチェの笑みが、わずかに引きつった――そのとき。
ざわめく会場の光景が、セピアの瞳を揺らす。
音が遠のき、視界が暗転する。
(……ここ……どこ……?)
崖。風の音。
そして――あの声。
『――あの方がおっしゃっていたのよ。
あなたなんて、生まれてこなければよかったって』
(……だれ……?)
振り返る。そこに――クラリーチェと、王妃の影。
『ガゼル、やりなさい』
背中に衝撃。視界が反転――
「やめっ……!」
セピアは我に返った。
荒い息。レビリアが心配そうに覗き込む。
「……セピア王子、大丈夫?」
小さく頷くセピア。
けれど――胸の奥で、確信する。
(ぼく……おされた。
……あれは……クラリーチェ……そして――王妃様ー?)
***
波乱をやり過ごし、会場を後にした三人。
夜風が吹き抜ける回廊で、セピアがふとレビリアの袖を引いた。
「レビリアたん……ぼく、こわかった」
その言葉に、胸が締めつけられる。
レビリアはそっと抱き寄せた。
「大丈夫。貴方はもう、一人じゃないわ」
――気づけば、セピアの腕が彼女の背を抱いていた。
子供のような仕草なのに、その熱はどこか違う。
「……レビリアたん、ずっといっしょにいて」
「……ええ、約束する」
二人の距離は、ほんの少し――近づいた。
***
離宮に戻ったレビリアは、机に置かれた一枚の紙を見つめていた。
エルヴィンから渡された、王宮内の派閥図と資金の流れの記録。
「……これを使えば、王妃の“偽りの慈善”を暴ける」
胸に熱が宿る。
(次は――私が仕掛ける番よ。やられっぱなしは性に合わないもの)
――静かに笑うレビリアの瞳は、獲物を狙う猛獣だった。




