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静かなる王子

「本当に……この人、何者なの?」


私は心の中で感嘆していた。

――ポアロさんの人脈、恐るべし。

「エルヴィン王子と会いたい」と言った翌日には、もう“面会の約束”が取れていたのだから。


(……というか、王族に対して普通にコンタクト取れるポアロさんって一体何者なのよ)


あまり目立たないよう、地味な色合いのドレスに身を包み、私は王宮の裏庭にある薬草園へと向かう。


◇◇◇


薬草園に足を踏み入れた瞬間、ほのかな薬の匂いと、柔らかな風が頬を撫でた。

色とりどりの薬草が並び、まるで絵画の中に迷い込んだみたいな空間。


――そして、その奥に。


一人の男性が立っていた。


淡い銀髪が陽光を受けてさらさらと揺れる。

ラベンダー色の瞳は、湖面のように澄んでいて――けれど、その奥に静かな知性の光を秘めていた。


白い肌は絹のように美しいのに、弱々しい印象は一切ない。

(病弱……? 本当に? 立っているだけで絵になるじゃない)


彼こそが、ラウンドン王国・第二王子――エルヴィン殿下。


その端正な顔が、ふっと笑みを浮かべた。


「――君が噂のレビリア嬢だね。はるばる薬草園まで足を運んでくれてありがとう」


落ち着いた、柔らかな声。

でもその一言で、私は悟った。

――この人、ただの病弱王子じゃない。観察力が鋭い。


「いえ、とんでもありません。こちらこそ、お話しする機会を設けていただき感謝しております」


「そんな固くならなくていいよ」

彼は軽やかに手を差し出すと、薬草園の奥――白い大理石のテーブルと椅子が置かれた空間へと案内した。


「立って話すのも何だし、どうぞ座って。お菓子でも食べながら話をしないかい?」


机の上には、見たこともないほど美しい菓子が並んでいた。

――一瞬、目を奪われる。

(薬草園に、ティーセットとスイーツ? ……この人、本当に療養中なの?)


「どうぞ。毒なんて仕込んでないよ」

クスリと笑うエルヴィン。


(……冗談、のつもりなんだろうけど、こういうさらっと怖いこと言うタイプ……間違いなく只者じゃないわね)


私は静かに椅子に腰掛けた。

カップに注がれた紅茶から、ほのかなハーブの香りが漂う。


エルヴィン殿下は、紅茶を一口含みながら、こちらをまっすぐ見つめ――こう言った。


「で、レビリア嬢。

君は、何のために僕に会いに来たんだい?」


――その言葉に、心臓が大きく跳ねた。

エルヴィン殿下の言葉に、胸が跳ねる。

そのラベンダー色の瞳は、穏やかなのに、すべてを見透かしているみたいだった。


(……誤魔化しは無理ね)


私は、テーブルの下でぎゅっと拳を握り、深く息を吸う。

そして――視線をそらさず、口を開いた。


「……セピア殿下と、リオを守りたいんです。

どうか、力を貸していただけませんか?」


一瞬、薬草園を包む風が、そっと木々を揺らした。


エルヴィン殿下は驚いた様子もなく、ゆっくりと微笑んだ。

――まるで、それを待っていたかのように。


「……やっぱり、君はそう言うと思っていたよ」


「……っ!」

(思っていた……?)


「いや、すぐわかったよ。

君がこうして僕に会いに来た時点でね。

セピアを救うため、そして――リオという子を守るためだろう?」


私は唇を噛む。

この人、何者なの……? 本当に、病弱で表舞台に出ない王子なの?


「驚いてる顔だね。けど、僕はずっと見ていたんだ。

……“崖の事故”のことも含めてね」


――その言葉に、心臓が止まった気がした。


「……知っているんですか? あの事故を……?」


「知っているどころか――」

エルヴィンは紅茶のカップをゆっくり置き、私をまっすぐ見つめる。


「――あの日、セピアを助けたのは僕だ」


「……っ!」

息が詰まる。


「正確には……崖から落ちる瞬間を止められなかった。

でも――必死で探し、傷だらけの体を引き上げて、応急処置をしたのは僕だよ」


淡々とした声。

でも、その奥に隠しきれない想いがにじんでいた。


「……なぜ、そんなことを……?」


「僕にとって、セピアは――本当の弟みたいな存在だからさ」

エルヴィンは静かに目を伏せる。

「僕たちは腹違いだけどね。それでも……セピアは、僕の光だったんだ」


ラベンダーの瞳が、再び私を射抜く。


「でも――なぜそこまでセピアに肩入れする?あの“悪役令嬢”と呼ばれた君が」


「……っ!」

(そこまで把握してるの……!? この人、想像以上に情報通ね)


私は、ゆっくり息を吐き、胸に手を当てる。


「――もう、あの頃の私はいません。

今は……セピアと、リオと、一緒に生きたいんです。

あの二人は――私の家族ですから」


「家族……か」

エルヴィンの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。

でも、その瞳は一瞬、強い光を宿した。


「――なら、僕と君は同じだ。

……ガゼルと、その背後にいる“あの方”を放っておけば、セピアもリオも、君も、危険だ」


(“あの方”?誰なの…?)


私は言葉を飲む。

エルヴィンは、声を潜めて続けた。


「ガゼルは――暴走している。

でも、本当に怖いのは彼じゃない。

彼を動かしている者だ。

……王妃様だよ。僕の戸籍上の母だけどね…」


「……!」

胸の奥で、何かがはっきりと形を取った。


エルヴィンは、ゆっくりと立ち上がり、私の前に手を差し出す。


「――だから、僕も加わろう。この戦いに。

セピアとリオを守るために。

……そして、君を――守るために」


一瞬、呼吸が止まった。

差し出されたその手は、静かで、けれど強い決意に満ちていた。


私は、その手を、しっかりと握り返した。


「――必ず、勝ちましょう。

セピアとリオ、そして……未来のために」


薬草園を渡る風が、二人の間を吹き抜けた。

――静かな同盟が、今、結ばれた。

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