失ったはずの記憶
王の認可により、リオは正式にセピアの“養子”として迎えられた。
クラリーチェとガゼルの策をすり抜け、レビリアの奔走が実を結んだその知らせは、王都の片隅からも祝福されるほどの朗報として広がり、誰もが“リオは王族である”ことを認め始めていた。
「これで、もう誰もリオを傷つけたりしない……」
レビリアはそう胸の中で呟きながら、今夜だけはすべてを忘れ、穏やかな時間に身を委ねていた。
その頃──
城の奥。クラリーチェの部屋では別の“幕”が上がろうとしていた。
「……ふふ、祝福の声に紛れて、本当の爆弾を仕込むなんて、皮肉なものね」
クラリーチェが扇子を閉じながら、ほくそ笑む。
「“事実”を認めさせたまでは良かったけれど……問題はその次よ。セピアの“記憶”が戻れば、すべてが終わる」
彼女は窓の外、満月を見上げる。
「……だからこそ、仕掛けるの。彼が真実に辿り着く前に、迷わせてやるのよ」
──そして、その夜は、深く静かに更けていった。
⸻
夜。離宮の寝室。
レビリアとリオは、寄り添うように同じベッドに眠っている。
そのすぐ傍で、セピアもまた、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。
だが――
(……ここは、どこ……?)
視界がぼやけている。冷たい風が頬を打つ。
立っていたのは、切り立った崖の上。見下ろせば深い谷底。
「レビリアたん……? リオ……? どこ……?」
「……さびしい。かなしい……ここ、こわい……」
ぽつり、と。足元の小石が崖から転げ落ちる。
(か、かえらなきゃ、2人のところに……)
そう思って歩き出そうとしたその瞬間、背後に影。
──“何者か”が背中に触れ、強く、押した。
「や、やだ――!」
視界が反転する。風が渦を巻き、身体が落ちていく。
(おちる、おちる、レビリアたん……! リオ……!)
バチン、と心臓を撃ち抜くような衝撃の直後、
セピアは息を飲んで、跳ね起きた。
「はぁっ、はぁっ……っ、ゆ、夢……?」
胸が苦しい。冷や汗が額を伝い、呼吸が乱れている。
「こわかった……レビリアたん、リオ……」
身を起こしたセピアは、隣を見る。
そこには、優しい顔で眠るレビリアと、無防備な寝息をたてるリオの姿。
――“家族”だった。
「……ぼく、ひとりじゃない」
「……かぞく、いる……」
セピアは、2人を抱きしめるように腕を回す。
ぐっと力を込めて、温もりを感じて――ようやく安心したように、再び目を閉じた。




