命を守る決断
朝焼けが離宮の庭に差し込むころ、レビリアは静かにベッドを抜け出した。
すやすやと眠るリオとセピア。
二人の穏やかな寝息を確認しながら、そっと扉を開けて廊下に出る。
(今のうちに行かなきゃ……。誰にも邪魔されず、話を通すには、この時間しかない)
執事のポアロは、朝の清掃を始めようとしていたところだった。
「ポアロさん。私、少し用事ができて出かけます。
……その間、リオとセピア王子のことをお願いできますか?」
レビリアの真剣な目を見て、ポアロはすぐに察する。
「……行かれるのですね。どうか、ご無事の帰還を心よりお祈りしております。
あのお二人のことは、私にお任せください」
「ありがとう。あなたがいてくれて、心から助かってるわ」
レビリアは軽く微笑み、着替えたのは地味な焦げ茶色のワンピース。
華やかな衣装ではなく、今の自分の“立場”を伝えるにはこの方がいい。
そして、離宮の門を出ると、朝日が真っ直ぐ差し込んできた。
(……まるで、背中を押してくれてるみたい)
彼女が向かうのは、王都の中心。
――王宮、その中でももっとも厳かな場所。国王・アストロの間。
案内役の近衛に、静かに言う。
「国王陛下に、謁見をお願いしたいのです。急ぎで、重要なお話が……」
(……私は“悪役令嬢”と呼ばれていた女。陛下はきっと顔も見たくないかもしれない。
だけど、どうか――お願い。私のことはどうでもいい。リオとセピアの未来を……!)
だが意外にも――
「陛下より、すでに通すよう命じられております。こちらへどうぞ」
(えっ……?)
***
通された謁見の間は、金と白で彩られた荘厳な空間だった。
その中央の王座には、金の王冠を戴いた男性――国王・アストロが静かに座っていた。
背筋の伸びた姿、硬い表情。しかし瞳の奥には、どこか優しさの色があった。
レビリアがどう切り出すか迷っていると、先に口を開いたのは国王の方だった。
「――私も、そなたと話がしたいと思っておった」
「……陛下?」
「先日の晩餐会、セピアが……見違えるほど立派に成長していた。
あの状態になってなお、礼儀作法を身につけ、堂々と振る舞い、周囲を和ませる姿を見て……。
あれは、間違いなくそなたの尽力によるものだろう。レビリア嬢」
「……いえ。セピア殿下の努力の賜物です。私など、ただそばにいただけで……」
「謙遜もすぎるぞ。……ならば、そなたに褒美をとらせたい。何が良い?」
レビリアは、深く一礼した。
「それならば、褒美の代わりに、ひとつお願いを聞いていただけませんか?」
「……ほお。聞こうかの。そなたの“思い”を」
レビリアはゆっくりと、手元の箱を開けた。
中から出したのは――リオの出生を証明する全ての証拠。
そして静かに語り始めた。
「陛下。先日の晩餐会で、リオの“血筋”が疑われました。
けれど――彼は確かに、ガゼル殿下と、ある商家の娘・リズ様との間に生まれた、王族の血を引く子です。
これはその証拠でございます」
アストロ王は目を細め、慎重にそれらに目を通す。
レビリアは震える声で、それでもはっきりと懇願した。
「どうか……リオをセピア殿下の正式な養子として迎えることを、許可いただけませんか?
彼は、セピア殿下にとっても、私にとっても……何にも代え難い存在なのです。
今までどれほど辛い思いをしてきたか――
どうか、これ以上、あの子の未来を奪わないでください……!」
しばしの沈黙。
そしてアストロ王は、深く息を吐き、静かに口を開いた。
「……承知した」
レビリアが、はっと顔を上げる。
「まさか……こんな真実が、隠されていたとはな」
王は、どこか遠くを見つめながら語る。
「セピアが記憶を失う前――あやしいと感じたことが一度だけあった。
私の前に、まだ赤子だったリオを連れてきたことがあってな。
何も言わず、その小さな命を静かに見せただけだった。
言えぬ秘密があるのだろうと、いつか話してくれるのを待っていた……
だがその矢先、あの事故が起き、セピアは今のような状態になってしまった」
アストロは手にした書類をゆっくりと伏せ、レビリアを見た。
「……リオを、セピアの養子として迎えることを、正式に許可しよう。
そして彼には“王族”としての身分と庇護を与える。
……あの愚息の起こした過ちの責任は、父である私にもあるからな」
「……ありがとうございます!」
レビリアは、思わず深々と頭を下げた。
「良いのじゃ。……やはり、そなたをセピアに嫁がせて正解だったようじゃの」
レビリアは顔を上げ、少しだけ赤面しながら、
それでも凛とした声で答える。
「……ありがとうございます。この選択が、あの子たちの幸せにつながるなら、私は何度でも、こうしてここに立ちます」




