王宮に蠢く陰謀
離宮では今日も、にぎやかな声が響いていた。
「おほほ、スプーンの持ち方はこうですわ〜! ……であってますか、レビリアたん?」
「はいセピア王子、だいぶ“貴族風味”になってきました。リオ、見本ありがとうね」
「えへへ、ぼくもがんばる〜!」
ポアロが小さく頷きながら、テーブルの端で静かに見守っている。
一見、和やかで平和そのもののこの光景。
──だが、そのころ。
王宮の奥深く、別の空気が流れていた。
***
「お聞きになりましたか? あの“アホ王子”が、ついに公の場へ出るそうですわよ」
「嘘でしょう!? あの第三王子が……? いや、冗談でしょ? まさか、あの状態で?」
「それが事実らしいのです。次の王族主催の晩餐会に、“出席命令”が下ったそうで──」
貴族たちの間で、ひそひそと交わされる“噂”。
華やかな衣装の陰で、その声はしっかりと王族の耳にも届いていた。
「……父上は、何をお考えなのか」
玉座の間の奥、金色の装飾の前で、第一王子・ガゼルが冷たい目を向けていた。
彼の隣には、濃い紅のドレスを纏った令嬢──クラリーチェ・アストレア。
「滑稽ね。あんな状態のセピア様を人前に出すなんて。
王族の威厳も、地に落ちたものだわ」
クラリーチェは、ワイングラスを指でなぞるようにしながら、ふっと笑う。
「……でも。逆に、利用できるのではなくて?」
「……どういう意味だ?」
「“無能を晒す”のは、失墜の近道。
本人が何を語らずとも、存在そのものが恥になる。
そして“周囲”──そう、たとえばレビリア様のような“付き添い”の者にも、当然──」
「……責任が及ぶ」
クラリーチェの口元が、薄く歪む。
「公爵家令嬢としての評価は、もう地に堕ちたはずよ。
あとは“それらしく”ふるまってもらえばいい。
セピア様と一緒に、一気に断罪されるだけ。……ふふ、簡単でしょう?」
ガゼルは黙ったまま、視線を外にやった。
そして、ぽつりと口を開く。
「……あの弟は、何も覚えていないはずだ。
“崖の夜”のことも、あのとき俺が何をしたかも」
「覚えてないでしょうね。……でも、気をつけて。記憶は消えても、勘は残るものよ。
女の勘と、子どもの目。あなどると火傷するわよ?」
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「失礼します、陛下からの伝達でございます。
“晩餐会の正式な席次”が決定いたしました」
差し出された書状を、クラリーチェが開く。
「……あら」
彼女の眉が、ゆっくりと上がった。
「これはまた。思った以上に、面白い“舞台”が整ってきたじゃない」
ガゼルも、それを一瞥して言う。
「“皇太子の左席”……? あのセピアを、“そこ”に?」
「ええ。“皇太子代理”として、形式上の座につけるらしいわ」
クラリーチェの笑みが深くなる。
「ふふ……ますます失態をさらした時の、国王陛下の面目丸つぶれね」
そして、グラスを置きながらこう言った。
「さあ、宴の罠は張り終えた。
あとは獲物が、自分から飛び込んでくるのを待つだけ」
***
その頃、離宮では──
「ぼくね! おさら、ちゃんともてたよーっ!」
「すごいリオ! よくできました〜! セピア王子は……ええと、フォークを投げないだけでも今日は進歩!」
「レビリアたん、えらい? えらい〜?♡」
「えらい……うん、ある意味、一番がんばってるのは私よね!?」
どこまでもズレた空気の中、獲物たちは全力で“予習”中だった。




