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第2話 ゴールから始まる恋

「こんにちは」

住宅街の一角に静かに佇むカフェ『木漏れ日』の扉を開けた。


「やぁ、いらっしゃい。一週間ぶりだね、千尋さん。いつものでいいかな?」

「そうね、お願い。今日ってチーズケーキある?」


そう言いながら、入り口から一番離れたカウンター席に腰掛けた。


「あるよ、今朝焼いたから。いくつ食べる?」

グラスにレモン水を注ぎながら、オーナーの友哉は尋ねた。


「いや、チーズケーキってそんな何個も食べるものじゃないでしょ。一切れでいいよ」

グラスを近づけると、レモンの爽やかな香りが鼻を抜ける。


「チーズケーキは先に食べる? それともカフェラテといっしょがいい?」

「ちょっとお腹が空いたから、先に食べようかな」


そう言いながら、お気に入りのトートバッグを開けて単行本を出した。


「お昼食べてないの? もう2時過ぎてるけど」

チーズケーキを準備しようとケースを開けた友哉は手を止めた。


「さっきまで仕事の打ち合わせだったんだ。もうお昼ご飯には遅いでしょ? だからチーズケーキでカロリー補給しようかなって」

「ケーキはおやつでしょ? ちゃんと食べないと。サンドイッチでいい? メニューにないけどサービスするよ」

バケットを取り出しながら、優しく目を細める。


「あっ、ありがとう。いいの? ……ほら、あんまり……ここさ、忙しそうじゃない……でしょ? 経営圧迫しちゃったら申し訳ないし……ここ、私の憩いの場だから。なくなると困るの」


「あはは、大丈夫だよ。うちの店って確かに暇そうだもんね」

「いやぁ、そんなストレートには言ってないけど」


気まずくて視線を逸らした私。


「僕の本業は別にあるから、ここは趣味かな。だから心配しなくて大丈夫」

そう明るく話す友哉に、

「それじゃ、サンドイッチご馳走になります」 と笑顔で答えた。


「スモークサーモンって好き?」

バケットを切りながら友哉が聞いてきた。

「うん、好き。私、好き嫌いないんだ」

「いいね、作り甲斐があるよ」


野菜を洗う音、包丁の音を耳に、私は読みかけの恋愛小説を開いた。


「お待たせ」

そう言って友哉は、スモークサーモンとクリームチーズを挟んだサンドイッチをテーブルに置いた。


「わぁ、美味しそう。いただきます」

読みかけのページを下に開いたままの本を置く。

大きく一口齧ると、レタスの歯応えとスモークサーモンの旨みが口いっぱいに広がった。


「千尋さんって、なんでも美味しそうに食べるね。見てるこっちが嬉しくなる感じ」

グラスにレモン水を足しながら友哉は言った。


「そう? だって美味しいんだもん」

「よかった、もっと作ろうか?」

「もう、十分。まだデザートのチーズケーキも食べる予定だから」

「今から準備する?」

「そうだなぁ、まだしばらく居てもいい? この本、読み終えたいの」


そう言って、読みかけの単行本を見せた。


「いつまででも居てくれていいよ。そういえば、ここに来る時はいつも何か読んでるよね? 何の本?」


友哉の問いに、ブックカバーを外して題名を見せる。


「大体読んでるのは恋愛小説かなぁ。ほら、今はいろんな恋愛小説があるでしょ? 現代恋愛ものだったり、異世界恋愛ものだったり」

「そうなんだ、本好きなんだね」

「そうね。物語の数だけ恋愛があるって素敵じゃない? 現実では経験できないことを、本を読んで疑似体験……みたいな」


そう言って笑った私に、

「きっと現実の恋愛も素敵なんじゃない?」と友哉。

「そうね、まだ本の中だけでもいいかな」


そう言ったのを最後に、私はまた物語の住人になった。


窓から、オレンジ色の西陽が差し込み始めた頃。


「っあ、ごめんなさい、もうこんな時間。2時間近く経ってる」


慌てて顔をあげて友哉を探す。

カウンターの中で、彼もまた静かに本を読んでいた。


ゆっくりと顔をあげると、

「ラストまで読み終えた?」と優しく語りかける。


「あと少しってところ」

「じゃあ、せっかくだからラストまで読んだらいいよ。僕はカフェラテとチーズケーキを準備するから」

「ありがとう」


そう言って、ラスト数ページを読み始める。


それから15分。読み終えた私はふっと息を吐いて本を置いた。

それを合図のように、友哉がカフェラテとチーズケーキをテーブルに置く。


「どう? いい話だった?」

そう聞かれた私は、率直に答えた。


「ストーリー自体は面白いんだよ。出てくるキャラクターも魅力的で……。でもさ、なんで恋愛小説って結婚がゴールなんだろうね? むしろ人生そこからって思うんだけどね。ゴールじゃなくてスタートだよね」


そう、思わず呟いてしまった。


「確かに、そうだね」

そう言って友哉は笑った。


外を歩く子どもたちの笑い声が店内に微かに流れ込む。

遠くを走る電車の音。

音が過ぎ去ったあと、カフェ木漏れ日には小さなボリュームでピアノの曲だけが流れていた。


「ねぇ、千尋さん。僕とゴールから始めてみない?」

「えっ、今……なんて言ったの⁉︎」


目を見開き、動揺する私に友哉は告げる。


「ゴールから、僕と恋を始めない?」


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