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終章

朝、いつもより少し早く目が覚めた。

カーテンの隙間から光が差し込んでいて、部屋の空気はほんの少しだけ春のにおいがした。

コーヒーを淹れて、洗濯機のボタンを押して、回る音を聞きながらベランダに出る。

風が強かった。

干したシャツが揺れて、音もなく空に舞いそうになっていた。

遥のことを思い出していたわけじゃない。

でも、風の音を聞いていたら、自然とあの子の名前が浮かんだ。

部屋に戻って、ノートの切れ端に文字を書いた。

宛名はないけれど、きっと、遥に向かっていた。




今日は風が強くて洗濯物が飛ばされそうになったよ。

あなたなら「こんな日は外に干すのやめなよ」って言ってたかもしれないね。

わたしはちゃんとご飯食べてるし、夜は眠れてる。

時々笑って、時々ぼんやりして、そうやって普通に暮らしてる。

あなたのこと、まだ思い出すよ。

ふいに。

何の前触れもなく。

でも前みたいに胸が潰れるような痛みは、少しずつ減ってきた。

忘れたくないと思ってた。

でも、ずっと忘れずにいることだけが遥がわたしの中で生き続ける方法じゃないって、ようやく少しだけ思えるようになってきた。

あなたがいないこの世界を歩くことに罪悪感を抱えたままでも前に進めるってことを、知り始めてる。

この手紙は多分あなたには届かない。

でももしどこかで見ていてくれたなら、今のわたしをどうか、笑っていてくれたらいいなって思う。

それだけできっと、わたしはもう少しだけ強くなれる気がする。


ばいばい、またね。



手紙は封筒に入れずに、机の引き出しにしまった。

このまま何度も書き直すのかもしれない。

或いは二度と読まないかもしれない。

でもそれでもいいのかもしれない。

遥が遺した痛みは、いまもわたしの中にある。

それはずっとそうだと思う。

でも。


時とともに呪いは形を変え、優しくわたしを抱きかかえ始めていた。

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現代 青春 純文学 ヒューマンドラマ シリアス ダーク 心理描写 死別
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