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3.始まり

306号室。

そう書かれたドアの前にわたしは立っていた。

どうやら今日からここが新しい部屋になるらしい。

寮母さんに手渡された鍵を差し込むと、カチャリと音を立ててドアが開いた。

ワンルーム。収納はひとつ。

——広くはない 。

せいぜい6、7畳と言ったところだろうか。

しかしこれで特に不便はない。

朝晩食事付き、トイレは各階に共用のものがあり、風呂は1階の浴場を使うらしい。

つまり、勉強する場所と寝る場所さえ確保できればそれで良いのだ。

部屋の隅に荷物を置き、そっと窓へ近づいた。

今日からここがわたしの部屋。

大学にはどんな人が居るんだろう、どんなことを学べるのだろう、そんな事を考えながら、行き交う自動車を眺めていた。


他所の部屋にも新入生たちが入ってきたのか、様々な方向からドタバタガチャガチャとしきりに音がする 。

少し廊下を覗いてみると、親と共に来ている人や、数日前に来たであろう人、すっかりこなれた感じの先輩らしき人たちが廊下を行き交っていた。

そんな中、ひとりの女の子がこちらへ向かって歩いてきた。

少し猫背。

恐らく通っていた高校指定のものであろうジャージを着ていた。

緩くウェーブのかかった長い明るめの茶髪は、耳の下あたりで緩く二つに括られている。

身長はさほど高くなく、涼しげな顔立ちをしている。

たった今洗濯し終えたであろう服を大量に詰め込んだカゴを両手で持っている。

「あっ、新入生〜?」

なんとなく気怠げな声色だったが、思ったよりも気さくに話しかけられて少し驚いた。

「はい、今日から306号室に住みます。よろしくお願いします」

努めてにこやかにそう答える。

「よろしく〜。あーしは308号室だから隣の隣だね。何学部?」

「理学部です」

「えっ、医学部?やば」

「いやいやいや、リ、がくぶ、です……あの、」

名前がわからず戸惑っていると、

「あ、ごめんごめん。あーしは田辺遥」

「田辺さんは何年生ですか?」

茶髪にジャージ、おまけに洗濯カゴというあまりにも生活感あふれたアイテムを持っていたため、当たり前に先輩だと踏んでいた。

「えぇ〜?あーしも新入生だよ?3日前に引っ越してきたの。ちなみに経済学部」

「えっ、先輩かと思いました……同学年なんですね、よろしくお願いします」

笑みを崩さないように気を付けながら受け答えをこなす。

今までの経験から、初対面時に真顔でいるとどうも印象がよろしくない事は知っていた。

とは言え初対面の相手と話をすると、もれなく後からどっと疲れが来る。

出来るだけ早く切り上げたかった。

「同学年だし敬語はやめようよ、名前聞いてもいい?」

「溝田冬花です、あっ……だよ?」

急に敬語をやめるのは苦手だ。

なんだか仲良しごっこを強制させられた気分になって、ひどく白々しく感じる。

「トーカちゃんね!部屋も近いし仲良くしようね〜!じゃあまた夜ご飯でね」

田辺遥は洗濯カゴを抱えたまま、308号室に消えていった。


遥とわたしの距離が少しずつ縮まっていったのは、意識してそうしようと思ったからではなかった。

ただ、部屋が近いせいか、どうしても一緒にいる時間が増えていった。

寮生活が始まったばかりの頃は、まだお互いに遠慮があった。

最初のうちは挨拶程度にしか会話しなかったし、遥も他の新入生と同じように軽いふざけた調子で接してくれていた。

でも、気づけば少しずつ、互いの時間を重ねることが多くなった。

「トーカちゃんの第一印象は、うわぁ〜、嘘臭い笑顔だな〜。だったよ」

イタズラっぽくそう言ってきた遥に、わたしは惹かれ始めていた。

ある日、寮の共用ラウンジでテレビを見ながらぼんやり過ごしていた。

隣のソファで遥が寝転がりながら、何気ない話をしてきた。

それはほんの小さなことで、たとえば好きなバンドの話だとか、昨日見た映画がどうだったとか、そんなことだった。

でもそのとき、遥が笑いながら話す顔に、どこか少し不安げな空気を感じた。

ちょっとした沈黙が長くなるたびに、その空気はすこしずつ重くなるような気がしていた。

そんなとき、遥が唐突に言ったことがあった。

「ねえ、トーカちゃんってさ、なんか他の人とちょっと違う気がする」

最初は何のことかよくわからなかった。

「どういうこと?」

と聞くと、遥はすぐに肩を竦めて笑った。

「ううん、なんでもない。考えすぎだったかも」

その後、ふたりでまた映画の話をしていたけれど、わたしの心の中にはその言葉がずっと残っていた。

遥は何を言おうとしていたのだろう。

そんなことを考えながら、また少しだけ沈黙が続いた。

その日以降、遥と過ごす時間がますます増えていった。

学食で一緒に食事をしたり、授業後に寮で寛いだりすることが多くなり、いつの間にか互いに自然な距離感で接していた。


ある夜、遥の部屋に行ったときのことだった。

ふたりでごろごろしながら話していたが、ふと部屋の隅の小さなゴミ箱が目に入った。

その中には、いくつもの弁当の空箱、お惣菜のパック、グシャグシャに丸められた何枚ものファミチキの袋、コンビニでよく見かけるケーキのパックなどが溢れんばかりに詰め込まれていた。

その光景を見た瞬間、わたしはちょっとだけ胸がざわついた。

言葉にするのは難しいけれど、何かが引っかかる。

わたしはそれについて何も言わずに、ただ笑みをはりつけたまま黙ってその場に座っていた。

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