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第二章

「なに? ジュスティーヌ王女が嫁ぐ予定が、結局ミランダ王女がやってくるのか?」


 グランディエ国、王の間。メナール国へ送り込んでいる諜報員からの報告に、国王ディオンは驚きを隠せなかった。


「はい。そのようです」

「……花嫁というのはそんなにコロコロ変えていいものなのか?」

「そんなはずがないでしょう! 殿下! メナール国は我々を馬鹿にしているのです!」


 真っ赤になって怒るのは、ディオンの祖父の代から仕えてくれているクレソン公爵である。白髪のふさふさした髪がトレードマークの未だ元気な老人であるが、たまに忠誠心が暴走しそうなところに手を焼いている。


「落ち着け、クレソン卿。そんなに怒るとまた血圧が上がるぞ。それから俺はもう王子ではない」


 国王の指摘にクレソンはやや落ち着きを取り戻したようで、失礼いたしましたと眉根を下げる。


「ですが陛下。メナール国が我々を侮っているのは間違いないでしょう。こんな直前になって花嫁を入れ替えるなど……!」

「もともとミランダ王女が花嫁候補でしたが、それも王女の我儘でジュスティーヌ王女に押し付けられていたのです」

「なんだと!? そんな女が我が国の王妃になるというのか!?」


 せっかく冷静さを取り戻したクレソンが部下の言葉でまた顔を真っ赤にさせた。怒りの矛先はディオンに向けられる。


「陛下! そんな女を本当に王妃になさるつもりですか!」

「これはすでに決まったことであり、もともとこちらから打診した話だ。嫁いでくれるのならば、どちらの王女でも構わない」


 先ほどクレソンが我が国を侮っている、と言ったが、それは正しい。侮るだけの力がメナール国にはある。対してグランディエ国は自分の代でようやく平和になったが、まだまだ国としては非力であった。


 だから安定した国力を持つメナール国と友好を深めることは――それによる恩恵は何としても得たい。そのために王女との結婚は必要なのだ。


 それに、とディオンは諭すように静かな口調で続けた。


「何かやむを得ぬ事情があったのかもしれぬ。我が国に嫁ぎたくないというだけでミランダ王女が王妃に相応しくないと決めつけるのは早計だ」

「陛下……」


 国王の言葉に臣下はみな納得しそうになるが、報告をした密偵の一人がぽつりと呟く。


「しかし、ミランダ王女がジュスティーヌ王女を嫌って嫌がらせしていたのは間違いないようです」


 幼い頃から見守ってきた王子の成長に感動し、ハンカチで鼻を噛んでいたクレソンがぎょろりと目を動かし、どういうことだと発言者を詰問した。


「いえ……そんな大したことではないのですが、自分が着ないドレスをおさがりとして下げ渡したり、廊下で会った際もちょくちょく嫌味を言ってはジュスティーヌ王女を困らせており……そもそも彼女は国王の先妻の娘で、再婚した後に寂れた離宮に監禁されるかたちで暮らしていたようです」

「なんと! それもすべてミランダ王女の仕業だと!?」

「あ、いえ。それは国王夫妻が放置した結果で……おそらく両親が虐待に近いかたちで放置しているのを見て、ミランダ王女も何をしてもいい存在だと判断したのでしょう」

「なんと、なんと……悪女ではないか!」


 陛下! と今度は顔を青ざめさせたクレソンがディオンに訴えかける。


「本当に、本当に、ミランダ王女を妃になさるおつもりですか!」

「……決定事項だ」

「私は不安でございます! 我が国は一度、魔女によってこの国を乗っ取られそうになりました。もしまた同じようなことが起こるかと考えますと、胸が潰れる思いでございます」

「魔女とミランダ王女は違う人間だ。混同するな」


 クレソンは未だ納得しきれず不安を口にしようとするが、ディオンが不意に微笑んだのでぎくりとする。


「案ずるな。もしミランダ王女がこの国に不利益をもたらすような女性ならば――容赦はしない」


 ディオンの祖父はかつて悪女にこの国を乗っ取られそうになった。父も立て直しのため辛酸をなめてきた。そんな二人の苦労を幼い頃から見てきており、かつ若くして即位した自分もまた、一筋縄ではいかぬ男だと自負している。


「我が花嫁がどういう態度をとるか、実に楽しみだな」


 実に太々しい笑みを王は浮かべるのだった。


     ◇


 長い旅路を終え、無事ミランダとお付きの一行はグランディエ国の王宮へと到着した。


「ようこそ、メナール国の王女殿下」


(この方がグランディエ国の国王、ディオン様……)


 一番最初に目を惹いたのは琥珀色の瞳だ。ミランダの周りには見ない目の色で、光のさじ加減で金色にも見えて、何と言うか、獰猛な動物を連想させた。


 太く凛々しい眉や美しい黒髪も顔立ちの良さを際立たせており、黒地の軍服の上からでも鍛えているのがわかるがっしりとした体格をしていた。


 姿絵で見るよりずっと精悍で、若くして王者になっただけの風格が備わっていた。


 ディオンの姿をまじまじと見て、ミランダはああ……と思う。


(お姉様の隣に立てば、さぞお似合いだったろうに……)


「長旅で疲れてしまっただろうか」


 返事のないミランダに国王が気遣うように声をかけてくる。いけない、とミランダは我に返り、腰を折った。


「初めまして、国王陛下。ミランダ・マディ・メナールと申します」


 ミランダは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。何人かの臣下がほぉ……とため息をつくのがわかった。父に可愛い! と何度も言われた笑顔だ。当然他国にも通用する……と思われたが、ディオンの表情は変わらぬままだった。しかも何も発さず、じっとミランダの顔を見てくる。


(え、無反応? どうしよう。何かこちらから言った方がいいのかしら)


 内心焦り始めたミランダがそんなことを思った時、不意にディオンが笑った。ミランダはどきりとする。


 彼の笑顔がとても素敵で……というわけでは全くなかった。


(怖い……)


 こちらの考えなど全てお見通しだと告げるような、よからぬことをしようものならばただでは置かないぞと脅す、不敵な笑みをディオンは浮かべている。


 さらに彼が発した次の言葉に、ミランダは凍り付く。


「あなたは俺の花嫁になど、本当はなりたくなかったのだろう?」


 ……やばい。完全にばれている。


(もしかしてわたし、殺されちゃう?)


 せっかく警戒心を解くことに成功した臣下たちの雰囲気も、ディオンの一言でまた不穏な空気に逆戻りしてしまった。これはまずいとミランダは口角をさらに上げ、媚を売る。


「まぁ、そんなことありませんわ。陛下の花嫁になれて、とってもとーっても光栄に思っております!」


 シン……と静寂が耳に突き刺さってくるようで、ミランダはもう今すぐどこかに逃げ出したかった。


 もはやここまでか、と腹を括ろうとした時、ディオンがまたふっと微笑んだ。


「冗談だ」

「えっ」

「遠いところからご苦労であった。長い旅路で心身共に疲れたはずだ。しばらくの間はゆっくり休んでくれ」

「あ、えっと、はい……。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 何とか平静を装いながら恭しくお礼を述べる。そしてこれ以上ぼろを出すまいと、ミランダはしずしずと退出した。その際じっと最後まで観察するディオンや側近の視線を感じていた。


(……まぁ、そんな簡単に上手くいくわけないわよね)


 ミランダは宛てがわれた部屋の長椅子に座ると、静かにため息をついた。


 あの様子だと、ミランダがこちらのことをいろいろ調べたように、ディオンたちも自分たちのことを調べたと思われる。


 冷静に考えれば、直前までジュスティーヌが嫁ぐ予定だったのだ。もっと強烈な嫌味を言われるか、あるいは激怒されてもおかしくない。それがあれだけで済んだのだから、幸運な方だったかもしれない。


(まぁ、それでも怖かったけれど)


 ディオンがあっさり見逃してくれたのは、特に気にしていないからか、それとも嫁いできてくれただけでも感謝しているからか。


(あるいは様子見、かな……)


 果たしてこれからどうなるのか……ミランダはやはりどこか他人事のように自分の行く末を思うのだった。


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