なろうヒロイン格付けチェック!!!!!
登場する作品タイトルは全てフィクションです。
「さあ!!今年も始まりました、なろうヒロイン格付けチェック!!毎日更新されるランキングという名の熾烈な戦いを勝ち抜き、常に上位に君臨する猛者たちが今宵この場に集います!!ご登壇いただくヒロインの方々の登場です!!どうぞ拍手でお迎えください!!」
鼓膜を貫く男性の大声と割れんばかりの拍手に意識がハッと浮上する。戸惑いはほんの数秒のこと、ゆっくりと瞬きをすれば、お尻に冷たく固い布の感覚。どうやら私は今、椅子に座っている。
おそるおそる周囲を見渡せば、40名ほどの老若男女が自分と同じように椅子に座っていた。彼らの視線はその前方へと向けられている。
(なに、これ…。)
視界に飛び込んできたのは、巨大な特設ステージ。豪華絢爛な装飾と眩しいネオンライトに思わず目を細める。黒いスーツに身を包んだ司会者と思われる男性が、マイクを片手に立っていた。なにやらイベントが始まるようだ。
「まずは一人目の登場です。『地味子と呼ばれた私が伯爵様の番ですか⁉タチの悪い冗談はやめてください!』より、フィオナ・ラピスラズリさま!!」
ステージ中央のゲートから現れたのは一人の小柄な少女。きょろきょろとあたりを見渡すその仕草はどこか小動物を思わせる。質の良い若草色のワンピースを纏い、ブラウンの髪が肩の上で小さく揺れていた。一見どこにでもいる女の子に見えて、その緑色の瞳には強い意志を感じられる。
なぜか、目が離せない、そんな不思議な少女だった。いや、にしてもなんかタイトル長くないですか。
「続いて二人目、『tactic blue~あなたに捧げる蒼き剣~』より、アイリス・エルツェガートさま!!」
続いてゲートに表れたのは、銀色の髪に蒼い瞳の背の高い女性。先ほどのフィオナとは真逆で、その容姿は凛々しさに溢れていた。紺色の軍服に高い位置のポニーテールが揺れる。腰に差している長剣には、銀の細かな装飾が美しく輝いていた。口元はまっすぐに引き結んでいるが、頬が赤く染まっている。ギャップ萌え、という単語が頭に浮かんだ。
「続きまして三人目『見くびられ、馬鹿にされた私が復讐を決意するまで~出ていけというのなら喜んで!隣国の王弟に気に入られて溺愛ルートに入りました~』よりイザベラ・オルモンドさま!!」
次に姿を現したのは、ややくすんだ銀髪に真っ赤な瞳が目を引く、細身の女性だ。白い頬に散ったそばかすとスカートからのぞく細い脚が、彼女が置かれている状況を想起させて胸が痛くなる。きっと家では不遇な扱いを受けているのだろう。やたらといびってくる義理の妹がいそうな雰囲気だ。いや、にしてもタイトル長くないですか。結末分かっちゃうくないですか。
「最後に四人目、『とある悪役令嬢の追想』より、ジュリアナ・フォン・アナスタシアさま!!」
最後に登場したその女性はこれまでの三人とは別格だった。腰まで伸びた黄金の髪と長い睫に縁どられた紫の瞳。纏うドレスは漆黒で、鴉の濡れ羽のように艶々と光を放っている。気だるげにこちらを見つめる眼差しに思わず会場中が静まり返る。壮絶な美貌と圧倒的なオーラに、私もしばし呼吸を忘れて見とれてしまった。
静寂が落ちた三秒後、優美なカーテシーの披露で会場がスタンディングオベーションの嵐に。なんだこれ。
「参戦ヒロインは以上の四名です!!格付けを乗り越え、一流ヒロインとして栄冠を手にするのは一体誰なのか!?今ここに戦いのゴングが鳴り響きます!それでは早速ですが、本日最初のお題と参りましょう!最初の格付けテーマはこちらです!!」
《デレン!!》
【ドレスにぶっかける赤ワイン】
「まずは、なろう三大小道具の一つであるワインのジャッジです。二つ用意されたワインのうち、片方は下町の酒場で買える1500リラの赤ワイン、もう片方は王族御用達の契約ブドウ園で作られた100年物の赤ワインとなっております。どちらがドレスにぶっかけるにふさわしいワインかを、ヒロインの皆さまにジャッジしていただきましょう。」
いやいやいや。ちょっと待て。
私は思わず眉をひそめた。ワインは飲むものであってドレスにかけるものではない。何が「ぶっかけるにふさわしい」、だ。前提から間違っているではないか。こんな訳の分からないお題を出されて四人とも困惑していることだろう。
「ふふっ良かったぁ。これは、かんたんな問題ですぅ。」
「うむ。初手からどんな難題がくるかと思っていたが杞憂だったな。」
「あー、これは舞踏会あるあるですね……。昔よくやられました…。」
「悪役令嬢を見くびってもらっては困るわ。かけたこともかけられたこともあるわよ!」
してなかった。
むしろすっごい楽しそうな顔してた。私の同情を返してほしい。なんだよ舞踏会あるあるって。ワインぶっかけるのがデフォルトの舞踏会なんてあってたまるか。
「挑戦者は二名です!『見くびられ、馬鹿にされた私が復讐を決意するまで~出ていけというのなら喜んで!隣国の王弟に気に入られて溺愛ルートに入りました~』よりイザベラ・オルモンドさま!そして、『とある悪役令嬢の追想』より、ジュリアナ・フォン・アナスタシアさま!お二人とも前のお席へお越しください。」
そう言われ、ステージのひな壇から移動する二人。少し離れた場所に設置されたテーブルで、ワインのテイスティングが行われるようだ。赤いビロード生地のテーブルクロスの上に、二つのワイングラスが準備されていた。メイドの恰好をした女性が二人のグラスにワインを注ぐ。
目元に晒しをまき、視界を閉ざした状態でのテイスティングだ。一見ゆかいな光景なのに、様になって見えるのが不思議だ。
「えっと…、Bがドレスにぶっかけるにふさわしいワインだと思います……。味わいや匂いはAの方が奥深いんですけど、Bの方が甘みが強く感じたんです。なのでドレスにかけたときにべたべたするのは、Bじゃないかなと。舞踏会で私がかけられたのは、Bのようなワインでした…。」
「結論から言うと正解はBね。こちらの方がぶっかけるにはふさわしいわ。Aは味も香りも申し分ない。間違いなく一級品よ。憎いメス豚にかけるにはもったいないわ。」
二人ともBを選択。私は思わず息を呑んだ。
もし自分が彼女たちと同じようにワインを見極める舌を持っていたら、迷わずAを選択してしまうだろう。高級なワインの方が舞踏会で飲むにはふさわしいと考えるからだ。しかし、ヒロインたちからすれば、それではなろうワインの本質をついていない。ドレスにかける、という観点から考察しなければならないテーマだからだ。
予想外にも奥深い問題に、私は思わず舌を巻いた。流石トップヒロインである。結果は言うまでもない。
「それでは正解の発表です!!ドレスにぶっかけるにふさわしい赤ワインは、ーーずばりB!!イザベラ・オルモンドさま、ジュリアナ・フォン・アナスタシアさま、お二人とも見事に正解です!!」
「よかった…。義理の妹には感謝ですね。もうこの世にはいませんけど…。」
「ふん!当然の結果よ。」
なにやら不穏な台詞が聞こえたがきっと気のせいだ。うん、きっと気のせい。ひな壇の椅子に戻る二人を会場の熱い拍手が見送る。次いでステージのスクリーン表示がパッと切り替わった。
《デレン!!》
【ヒーローにだけ気づかれるヒロインの男装】
「二つ目のお題は容姿に関する問題です!!家族のため、自分自身のため、時に男装を迫られる皆さんですが、ヒーローにだけ正体がばれるクオリティの男装がどれかをジャッジしていただきます!!」
待て待て待て。男装って宝塚じゃあるまいし。
私は思わず頭を抱えた。そもそも状況設定が特殊すぎる。ヒーローに”だけ”気づかれるというのはどんな判断基準だ。そんなもの個人の観察力と置かれた状況によって異なるじゃないか。ずいぶんと意地悪な問題である。
「わぁ、フィオナこれ、ずっとやってみたいなって思ってたんですぅ。」
「私の専門領域だな。間違える気がしない。」
「あっ、このテーマ巷の小説ですごく流行っていて…。大好物です…。」
「美しさのベクトルが違うだけね。表層に表れる性別なんて些細な問題よ。」
じゃなかった。
むしろすっごい乗り気だった。しかもなんか一人専門家がいるし。なろうヒロインってどんな世界線を生きているんだ。イザベラさんの巷の小説は正直ちょっと気になるな。
「挑戦者は二名です!『地味子と呼ばれた私が伯爵様の番ですか⁉タチの悪い冗談はやめてください!』より、フィオナ・ラピスラズリさま!!そして『tactic blue~あなたに捧げる蒼き剣~』より、アイリス・エルツェガートさま!!お二人とも前のショーケースの前へお越しください。」
ステージの前には二つのガラスケースが並んだ。どちらも中には騎士服のトルソーが置かれている。かつら、剣、ブーツまで揃った全身コーデだ。Aは青が基調で、Bは赤が基調になっている。細部までは見えないが、他にも細かなデザインの違いがあるのだろう。
二人とも食い入るようにトルソーを観察しながら、口元は楽しそうに笑っていた。
「正解はAだと思いますぅ。色合いとかデザインはBの方が派手で女性っぽいんですけどぉ。フィオナが本気で男装しようと思ったら、できるだけバレないようにすると思うんですぅ。なのであえてリスクが高いBは選ばないかなぁ。」
「間違いなくAだな。Aの方が布の材質が柔らかく着心地がよさそうに見える。ウィッグの長さも短い方が首元の細さが強調出来るんだ。Bを着たらメインヒーロー以外の男にも、簡単に女だとバレてしまうだろうよ。逆ハーエンドがお望みならそれでもいいがな。」
またしても回答がかぶった。二人ともAを選択だ。
私は思わずうなり声をあげた。仮に私が男装を迫られたとして、これほどまで真摯に男装と向き合えただろうか。きっと素人コスプレの程度で満足してそれで終わりだ。SNSで稼げる閲覧数と「いいね」しか気にしない。
彼女たちのように自分や家族の人生を守るため、男装をする心意気は私にはない。彼女たちがそれで唯一の男性にだけ気づいてもらえるのなら、私は喜んで祝福しよう。男装万歳だ。
「それでは正解を発表しましょう!!ヒーローにだけ気づかれるヒロインの男装は、ーーずばり、Aのトルソーです!!フィオナ・ラピスラズリさま、アイリス・エルツェガートさま、お二人とも突破となります!!」
「やったぁ!今度男装する機会があったら参考にしますぅ。あ、でもあのサイズじゃちょっと胸が苦しいかなぁ。」
「ぐ…。べ、別に私はダメージなど受けていないぞ。さらしがなくても着こなせるのは、むしろ利点なのだからな…。」
なにやら一人胸を押さえながら戻っていったが大丈夫だろうか。相当な心理的ダメージを受けたようだ。ご冥福をお祈りする。
二人が座席に戻るのと同時に、正面のスクリーンが切り替わった。これで三つ目のお題だ。ここまで勝負がついていないが、果たして今夜トップオブヒロインは決まるのだろうか。
《デレン!》
【真実の愛に目覚めている王子】
「格付けの最後を飾るのは、なろう異世界恋愛界隈において最も登場するキャラクターのジャッジです!!二人の王子に登場していただき、それぞれが考えた断罪のセリフを言っていただきます!!一人は真実の愛に目覚めている王子で、もう一人はまだ目覚めていない王子です。なろうヒロインと言えば、断罪・復讐・ざまぁ!!ヒロインの皆さまの真価が試される問題です!!」
訳が分からん。私は思わず天井を仰いだ。
なんだよ真実の愛って。ウォルトディズニーじゃあるまいし。目覚めるのは姉妹だけにしとけよ。思考を諦めた脳みそでは陳腐なツッコミしか思い浮かばない。ヒロインたちの方はと言うと、これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべていた。もはや恐怖だ。
「あはっ!真実の愛ぃ?その言葉を聞くだけではらわたが煮えくり返りますぅ!」
「真の愚者を見極めればいいだけだろう?簡単な話だな。」
「あの時の感情をもう一度味わえと…?いえ、別に構わないんですけどね…?」
「最初に謝っておくわ。思わず手が出たら赦して頂戴ね。」
どうやら四人とも経験者のようだ。目がすわっている。なろう異世界でヒロインをやるには、強靭なメンタルが必要なことだけは理解した。断罪・復讐・ざまぁ!!
「さ、最後の格付けは四人全員でのジャッジとなります!それでは王子たちに登場してもらいましょう!!ステージ中央のゲートをご覧ください!!」
プシューッと白い煙が噴き出され、その向こうから二人の青年が姿を現した。どちらも相当なイケメンだ。
Aは金髪碧眼の男性。白い騎士服を身にまとい、鮮やかな青のマントが目に眩しい。The王子という出で立ちである。パチン、とウィンクをすれば会場の女性から黄色い悲鳴が上がった。なんとなくチャラそうだ。
もう一方のBは黒髪に隻眼の男性だ。全身を真っ黒で統一しており威圧感が半端ない。唯一露出した首元からは、抑えきれない色気を感じる。鋭く怜悧な眼差しに、会場の男性の背筋が伸びるのが分かった。
「まずはAの王子からの婚約破棄、断罪となります。それではどうぞお願いします。」
「うん、じゃあ始めるね。」
青年はそう言うと四人のヒロインの前に立った。彼女たちが客席に背中を見せる構図だ。表情はうかがえない。
「…フィオナ、アイリス、イザベラ、ジュリアナ。僕はもう、君を愛していない。いや、本当に君を愛したことなど、きっと一度もなかったのだろうな。僕の心にはね、今、エリーゼしかいないんだ。エリーゼはほんとに愛らしくってね。彼女のためなら王子を辞めたって構わないくらいだ、嘘じゃないよ?彼女との真実の愛を知った時、僕はこれまでの生き方が間違っていたのだと気づいた。…あーあ、君と婚約をしてしまったことが僕の人生唯一の汚点だね――婚約は、ここで終わりだ。さようなら、婚約者どの。」
しん、と会場が静まり返る。
Aの王子が口を開くのと同時に空気が一変した。彼の柔らかな声質からは想像もつかないほどの冷ややかな感情、それらが乗った言葉。”エリーゼ”という単語を紡ぐときの、蕩けそうな笑顔。最後のセリフでの汚物を見るような蔑んだ眼差し。
この男の人間性を、心から疑いたくなるようなセリフだった。どんな気持ちで話したのだろう。そしてそれをヒロインたちはどんな気持ちで受け止めたのだろう。四人の背中からは何も分からない。
「続いてBの王子からの婚約破棄、断罪となります。お願いします。」
「ああ。」
Bの青年も同じようにヒロインたちの前に立った。すぅ、と息を吸う音がマイクに乗る。
「フィオナ、アイリス、イザベラ、ジュリアナ。貴方との婚約をここで破棄する。理由はその胸に問うてみればいい。俺は貴方が行った悪行の数々を許すつもりはない。…すべては、アイリーンが俺に教えてくれたんだ。彼女に出会えなければ、俺は貴方の手のひらで転がされるだけの傀儡王と化していただろうな。金輪際、もう俺の前には姿を現さないでくれ。ずっと言えなかったが、その甘ったるい香水の匂い、本当は大っ嫌いなんだ。」
私は「ほぉ、」と息をついた。最終問題にしては、なかなか簡単ではなかろうか。
Bの王子のセリフは、全体的に淡々としていて抑揚がなかった。よく言えば冷淡、悪く言えば感情がほとんど乗っていない。表情も変わらず、まっすぐに前だけを見つめていた。真実の愛に目覚めているのであれば、もっとオーバーな動きをするものだろう。
これはヒロインでなくとも分かる。真実の愛に目覚めているのは間違いなくAの王子だ。
「それではヒロインの皆さまに一斉にジャッジ札を上げて頂きましょう!!正解だと思う王子のアルファベットが書かれた札を上げてください!!いきますよー!せーのっ!!」
【B】【B】【B】【B】
スクリーンに表示されたのは、四つの【B】。
私は目をしばたかせた。見間違いではない。何度見ても、そこには【B】と表示されている。これは一体どういうことだ。振り向いたヒロインたちを見れば、真顔で札を掲げていた。ちょっと怖いよー。
「よりはらわたが煮えくり返った方を選んだまでですぅ。あの虚無な眼差しには見覚えがありましたからぁ。」
「理由は色々あるが。”アイリーン”という名前の響きがすでに香しかったな。」
「Aの方はあまりにも言い回しが上手すぎたんです…。却って嘘っぽかったですね…。」
「少し悩んだのだわ。婚約破棄をする男っていうのはそもそも根底が馬鹿なのよ。人の立場に立って物事を考えられないクズね。Aの男にはもっと別の属性を感じたわ。だから消去法でB。」
なんて多角的な視点だろう。やはり経験者は違う。
私は心の中でスタンディングオベーションを送った。表面的な内容だけでなく、眼差し、名前、言葉遣い、思考からの総合評価。一般人には持てない観察眼だ。
件のBの王子に視線を移せば、心なしか表情が青ざめている。Aの王子はというと、意外そうな表情で口元には笑みを浮かべていた。これは分かりやすい。
「それでは結果発表と参りましょう!!四人のヒロインの総意は果たして正しいのか!!真実の愛に目覚めている王子は、ーーずばり、【B】の王子です!!!」
会場から拍手の嵐が巻き起こる。ヒロインたちも満足げにうなずいている。四人全員、文句なしに一流のヒロインだ。金のテープが舞うステージを、Bの王子がそそくさと退場していく。先ほどまでの威圧感が嘘のようだ。あれが真実の愛に目覚めた人間の末路か。私は細い目で見送った。
大きな拍手を送りながら、ふとあることに気づく。
今夜の格付けではトップオブヒロインを決めるはずだ。四人同点の場合どうすればいいのだろう。同率一位ということだろうか。
司会者の男性が頭を下げながらヒロインたちの前に移動した。会場が暗転し、司会者だけにスポットライトが当たる。一体何が始まるのか。
「さて、ここで突然ですが皆さんにお知らせです!!今から追加の格付けチェックを行いたいと思います!!本日の格付けで我々はなろうの一流ヒロインを一名選出しなければなりません!四名が同率一位の今、特別枠でジャッジを行う必要があります!!」
うおおおおっ…!!!
これは今夜一番の盛り上がりだ。観客席は狂喜乱舞である。こほんっ、と咳ばらいをして司会者の男が続ける。
「このジャッジは特別枠として、ヒロインの皆さまにはジャッジ”される側”として挑戦していただきます。審査員はさきほどの格付けで登場の【A】の王子です!!」
スポットライトが新たに落ちる。照らされた王子はまた器用にウィンクをしてみせた。観客席から黄色い悲鳴が上がる。隣の男性客まで「いやぁあぁぁっ!」と崩れ落ちていた。大丈夫かこいつ。
「こちらの王子に、婚約を申し込みたいと思うヒロインを一名選出していただきます!!選出方法は彼の独断と偏見になりますが、その点は悪しからず!!これこそなろうの恋愛を語るにふさわしい展開でしょう!!それでは、ジャッジの前に。ヒロインの皆さまは一言ずつメッセージをお願いします!!王子に向けた自己アピールでも、観客席の方々へでも構いません!!」
マイクがヒロインたちの手に渡る。
泣いても笑っても、これが最後の発言機会だ。一体どんな言葉を紡ぐのか、会場中の注目がヒロインたちに集まる。トップバッターのフィオナーが両手でマイクを握った。
「フィオナはですねぇ、義理の妹との扱いが雲泥の差でぇ。顔立ちもぱっとしないのでずっと馬鹿にされてたんですぅ。でも好きに生き始めたら途端にモテ期が到来してぇ。なので皆さんには、周囲の目なんて気にせずにやりたいことをやってみて欲しいですぅ。」
続くアイリス。
「私は幼いころから家庭の事情で男装を強いられていてな。それで嫌な思いをしたこともあったが、今は結構楽しく生活している。ジュリアナ殿が話していたように見た目なんて関係ない。裸の自分と向き合ってくれる人にいつかきっと出会えるだろうさ。」
そしてイザベラ。
「私、ずっと自分に自信が持てなくて、卑下することばかり上手くなっていたんです…。でも、家を追放されて他国に移住してみたら実力を認めてもらえるようになって…。時には環境を変えることも大事かもしれません…。」
最後にジュリアナ。
「誰からも愛されないことってね、きっとそんなに珍しいことじゃないと思うの。世の中にはわたくしの価値が理解できない馬鹿どもがたくさんいるから。…でも、だからこそ。自分だけは自分のことを大好きでいてあげて。それが、わたくしが悪役令嬢ジュリアナ・フォン・アナスタシアであるための秘訣よ。」
私は思わず胸を押さえた。
心臓発作ではない。感動したからだ。なんて、なんて立派な少女たちだろう。
過酷ななろう異世界をメインヒロインとして生き抜き、さらに熾烈なランキング戦で上位に君臨しながら、こうして他者を思いやる気持ちも兼ね備えているなんて。
きっとその心はシンプルなものだ。当たり前なことなのだ。しかしそれができない人間が、この世にどれほどいることか。
創作物の中でも、彼女たちの志は確かに生きている。なんだか涙がこぼれそうだった。
「ーーそれでは、名残惜しいですが今夜の格付けは次が最後です。王子、準備はよろしいですか?」
「うん、決まったよ。」
王子の手には一本の赤いバラ。ヒロイン四人が王子の前に一列に並ぶ。目を閉じ、開いたときに王子が目の前に立っていればトップオブヒロインだ。
会場を再び静寂が包む。観客席の人間も自然と目を閉じた。王子の歩くコツ、コツという足音だけが響く。
その時間は一瞬にも、永遠にも感じられた。
「そ、それでは、目を開けてください。」
司会者の男性のやや困惑した声。観客席からざわめきが広がっていく。ゆっくりと瞼を開け、次の瞬間私は驚愕した。
なぜか私の目の前に王子がいる。膝をついて跪き、赤いバラを私へと掲げている。頭がじわじわと混乱していく。
「僕の名前はジュード・ヴィラ・バレンタイン。一目見た時から、君に心惹かれていた。君以外のヒロインは考えられない。どうか僕と結婚して、ともになろう異世界を生きてくれないか?」
真っ青な瞳がまっすぐに私を射抜く。見つめ返せばなんだか足元がふわふわして、自分が自分じゃないみたいだ。頬が熱く呼吸が荒くなる。異世界転移なら願ったり叶ったりだ。
「はい、喜んで。」と言おうとしたその時。椅子の下のカバンの中から、ピロリン♪と軽快な電子音が鳴った。
「あ。」
「あ?」
途端に我に返った。今のはゲーム端末の起動音だ。
急いでカバンからスマホを取り出し今の時間を確認すれば、夜の9時を回るところ。10時から素材集めのためにダンジョンに潜る予定がある。こうしちゃいられない。
「すみません王子。私この後マイスイートダーリンと狩りの約束をしていて。」
「…は?」
「なので貴方の婚約者にはなれません。私にはすでにゲーム内結婚を約束したダーリンがいるんです。」
「…はあ。」
「という訳で、失礼します。」
「あっ、ちょっと!」
伸ばされた腕をかいくぐり、観客席を走り出す。遠くからヤジが聞こえるが全部無視だ。どうして忘れていたのだろう。私には大好きな旦那様が待っている。王子なんかに構っている暇なんてない。
◆◆◆
こうして騒然となった格付け会場。訳が分からない理由で断られた王子の周りを、ヒロインたちが取り囲んだ。その顔には失笑と憐憫が浮かんでいた。
「残念だが、ジュード殿。彼女は畑違いだな。」
「あはっ!あれは異世界じゃなくて現実世界ですねぇ。」
「なろうにも色んなタイプのヒロインがいますから…。」
「彼女の属性思い出したわ。あれは、」
「「「「ネトゲの嫁。」」」」
おしまい
すべてのなろうヒロインに、敬意と感謝と愛を込めて。