表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第8話 王牙団長の威圧感

 奇流は町の外れで二人の門番と対峙する。

「貴様……やはりドクターワタライの居場所を知っているのか」

 屈強な体格の男達にすごまれても、奇流は臆せず留まった。ヘブンズヒルの北東に存在するマリベル村へ行くには、ルートは一本しかない。辺りは湿地帯で占められており、わざわざ何本も道の開拓を必要としない選択を国はしたのだ。神霊樹が眠るマリベル村へ続く道には無論厳重な警備が常に敷かれているのも承知の上で、彼は正面きってやって来た。

「居場所は知らない。けど俺も捜しに行きたいから出して欲しい」

 奇流の言葉に男の一人は激昂した。すると重く鈍い音が奇流の左わき腹から響く。奇流の軽い体は数メートル吹っ飛び、自身が蹴りを食らったと理解した同時にやって来たあまりの激痛に顔を歪めた。

「ふざけるな! 出して欲しい? そうやってすんなり通す訳があるか!」

 もっともな男の言い分に、奇流は思わず鼻で笑う。するとそれが癇に障ったもう一人の男から、背中を踏まれた。全身が石畳にめり込み、ごふっと胃から空気が漏れた。

 そのままの姿勢で、今度は頭に男の足が容赦なく落とされる。頭を庇う間もなく奇流は悶えた。

「お前らワタライの人間は全て極刑にするべきだったんだよ……王妃様の計らいで生かしてやってるのに、何を勘違いしている……! 人間の屑がっ……」

 男が剣に手をかける。奇流からは見えなかったが、空気が裂かれる音を聞いた。

 死ぬ。そう一瞬感じた時、彼の体が熱くなった。時間にして一秒もないだろう。体から何かが飛び出した時、奇流の頭が軽くなった。

 訝し気にゆっくりと顔を上げる。すぐ傍に兵士が携帯する剣が落ちていた。そしてその横に、二人の兵士が奇流と同じ目線にある。何が起こったのかわからない。奇流は頭をさすりながら、痛む体をごまかしゆっくりと立ち上がった。

 兵士の体を恐る恐る揺さぶる。ぴくりとも動かない様子に思わずぞっとしたが、そっと兵士の口元に耳を近づける。すうすうと小さな呼吸音を確認した時、奇流は心底ほっとした。

「生きていますよ」

 急に背後から声がして固まった。恐々と振り返ると、そこには目に眩しい金髪の少年がいた。

色白で細身の体。年や背丈は奇流と同じくらいか。整った顔立ちは一見して美少年の様相だったが、儚げな雰囲気と相反してその目は鋭く光っている。少年は警戒する奇流に顔を向けると、舐めるように視線を這わす。

「スイと申します」

 スイと名乗る少年を、奇流は呆気にとられて眺めた。しかしすぐに倒れた兵士に視線を移すと、「これ……お前がやったのか」と尋ねた。

「打撃を与えて、気を失わせただけですよ」

 表情一つ変えずスイは答える。

「もしかして一から説明しないといけないです?」

 これまた心底うんざりと言った様子で、スイは大袈裟に溜息をついた。奇流は「説明って」と口を開いたが、すぐに何者かが叫んだ。

「何をしている!」

 今度は誰だと奇流が声の主に顔を向ける。そこには男の姿があった。百九十センチはある身長。筋骨隆々。全身から漂う威圧感。思わず奇流は顔をしかめる。

 ――いつも背負ってるおっきな剣が、威圧感抜群よね。

 いつかの空乃の言葉が脳裏をよぎる。奇流の視線の先には、男の肩越しに太い剣の持ち手が見えた。「王牙の団長」奇流は言った。けれど名前が思い出せない。ただこの状況で会ってはいけない人間だと、奇流は瞬時に悟った。

「いや、何も」

 人差し指で首をかく。困った時の奇流の癖だ。一方のスイは表情を変えず、黙って男を見ていた。

「何もしていないとは思えんが」

 倒れている兵士二人を一瞥し、男は静かに言った。奇流はいよいよ返答に困る。張本人であるスイは相変わらずの様子だし、自分でどうにかこの場を切り抜けるしかない。奇流は腹をくくって話し出した。

「ドクターを捜しにここを通して欲しいとお願いしたんだ。でもそれはできないって言われて、思わずかっとなって殴り飛ばして……すみません」

 素直が一番だと思った。見え透いた嘘はこの男には通じない。直感でそう悟ったのだ。

 全身から湧き出る雰囲気は、奇流が出会った人間の中で群を抜いて力強い。

「兵士達は日頃から厳しい訓練を受けている。例え不意打ちにしても、二人同時に気絶させるのは並大抵ではない。それを君がやったと?」

 男の言い分はもっともだった。奇流は何も言い返せずに冷や汗をかいた。思わず自然とスイに目が動く。

「簡単な話ですよ」

 聞き逃しそうな程小さくスイは漏らした。その刹那――ひゅんと風が巻き起こると、奇流が捉えたのは男の剣に手刀をめり込ませるスイの姿だった。

 何が起きたのかまたしてもわからない。しかし今の状況から察するに、駆け出したスイが手刀で男の首を狙い、男は瞬時に手にした大剣でそれを防いだと言う事だ。スイはそれでも表情を崩さず冷静に後退する。その姿を見て奇流はぎょっとした。

「……浮いてる」

 そう、スイの足は僅かに地面と接していない。やっと気が付いたかと言わんばかりにスイは呆れた様子で奇流を一瞥し、大きな息を一つ吐いた。

「さすがに王牙の団長ともなると、打撃では難しいか」

 スイは指をこきこき鳴らし自身を納得させた。男は大剣を構えたまま微動だにしない。

 奇流だけが取り残された状況に、どうするべきかと必死に対応策を練る。

「どうやらこの人は、ここを通して欲しいそうです。守衛がやられましたので、問題ありませんよね」

「え!」何という言い分だろうか。奇流は思わず声を出した。

「無理と言うならこの二人は殺します。僕達がここを抜けた所で、あなたは何も見なかった事にすればいい。あくまで部下の失態にすれば問題ないはず」

 一個人として兵士を助けるのか、王牙として兵士を犠牲にしても奇流達を止めるか。どちらを選ぶか奇流には予想がついていた。無論それはスイも同じである。この男が放つ圧倒的な威圧感と眼光の鋭さ。生半可な気持ちでは、王族を護衛する精鋭部隊の団長は務まらない。わかっていてスイはあえて選択の機会を与えた。男の出方を探っている。

 男は二人ににじり寄る。奇流は咄嗟に一歩下がった。

「人質にでもとったつもりか」

 男はそう言って含み笑いをすると、地面を蹴ってあっという間に奇流の横を通り抜けた。スイの時と同様、目が追い付かない速さに言葉を出す間もなく、気が付いた時には視界が赤く染まった。それが兵士の体から噴き出す血液だと理解したのは、自身の頬に飛沫がぶつかった数秒後だ。奇流は声にならない声を出す。

「……っ!」

 驚きを隠せない奇流を無視するかのように、男は剣を鞘に納め血の海を眺める。そう、一切の躊躇もなく気絶した兵士の息の根を止めたのだ。まさか自分で。奇流の頭は思いがけない出来事に破裂寸前だ。いくら何でも殺すかよ! 奇流は男の行動に内心悪態をついた。

「勘違いしているようだが」

 男は二人に向き直る。辺りにたちこめる血生臭さに、奇流は咄嗟に口を塞いだ。しかし男はなれているのだろう。全く臆さずに力強くそこに立っていた。

「俺は王族を護衛する立場の者。お前達がこいつらをどうしようと、関係がない」

 歪んだ表情に奇流は動けなかった。鳥肌が全身を波打つ。この感覚に覚えがある。そうだ。

 奇流はカキザキの顔を思い浮かべた。カキザキもまた、奇流を簡単に恐怖させる何かがあった。王牙の恐ろしさに、目の前の男を見ながら震えた。

「まず聞きたい。君はなぜこのルートを通りたい?」

 男が言うルートの一つ。マリベル村へ続く道を指差し男は奇流に問う。マリベル村へ定期的に品物を運ぶ商人しかメーベの森を抜ける者はいない。そもそも獣も数多く存在する物騒な森だ。なれた者でさえ厳重な装備をし、傭兵ギルドを利用するのがほとんどだ。そんな森があるルートを選択した奇流に、男が疑問を持つのも無理はなかった。

「……深い意味は、ない」

 奇流は唇を噛んだ。自らの失態に眩暈がする。マリベル村へ向かう事はこの道を通る段階で知られるも同然。ましてやドクターが失踪し、その孫である奇流が町を出たいと申し出るのは、居場所に見当がついていると言ったも同然ではないか。

「……そうか」

 男の言葉に奇流は拍子抜けした。それ以上追及するわけでもなく、男はしばらく何か考える様子を二人に見せた。一方のスイはそんな男を見据えたまま、こちらも何か考え込む仕草をする。奇流は黙る両者を交互に見比べて、どちらが最初に動き出すか成り行きを見守った。

「この場は見逃そう」

 男は横たわる屍を見下して呟いた。奇流は食い下がろうとしたが、スイが手でそれを制す。

「ここは引き下がるべきです」

 スイの言葉に、奇流は数秒の沈黙の後頷き返す。振り返らずとも二人の背中に突き刺さる視線を、奇流は痛い程感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ