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第3話 王宮専属護衛団・王牙

 ドクターの家で過ごしていると、時計が午後三時を指していた。

「そろそろ学校が終わるね。柚ちゃんを迎えに行く時間だ」

 穏やかな口調でそう促すと、奇流は素直に頷いた。

「明日はこの続きだ」

 奇流が指差したのは開きかけの一冊の本。栞をはさみ閉じると、表紙に『魔法使いの歴史』とあった。表紙は真っ赤な革張りで、幾度となく捲られた形跡があり酷く傷んでいる。それでも所々補修し、決してこの本を手放さない強い意志が見て取れる。かく言う奇流もそれを愛読していた。

 奇流はそれを眺めながら、先程の自身を思い浮かべた。魔法に対しての憧れが強かった彼は、そこに綴られた魔法使いの歴史と、魔法の一覧に胸を躍らせる。いや、奇流だけではない。この世界の子供達は、自分ももしかしたらと淡い期待を抱いて魔法学を勉強していた。それは五十年前の大戦を知らないからとも言える。当時あの惨状を目の当たりにした大人達は、口を揃って言った。「魔法は絶対に、使ってはいけない」と。

 現在は使用が許されない魔法と言う存在。それでも奇流は自然と関心を寄せたのだ。この本に紡がれる魔法の数々は、奇流に多大な興味を抱かせた。

「また明日」

 ドクターは微笑んで言う。

 歩を進めると、賑やかな声が戻る。学校が終わり生徒が校門をくぐっていた。その中から柚の姿を見つけると、向こうも奇流に気が付いた。柚は晴れやかな顔つきになり、小走りで駆ける。

「いつもありがと、奇流」

 柚は申し訳なさそうに言った。

「でも、毎日商店街に来るの辛いよね。……本当にごめんなさい」

 俯き小さく吐き出す。まだまだ活気が出る店が並んでいた。夕食の支度の買い出しで客が溢れるからだ。商店街を抜けた先が住宅街のため、この通りを歩く子供は多い。そんな中奇流を認めると、途端に声を潜めて何やら話し込む大人の姿があった。子供達もそれを見て、こちらに目線を移動させる。

「大丈夫だよ。俺は辛くない。柚を見送るのもこうやって迎えに来るのも、俺がやりたいからやっているだけだ」

 奇流は笑顔を向けた。「でも」柚は素早く続ける。

「お父さんとお母さんに頼まれたからでしょ」

 奇流は立ち止まった。首の後ろをかきながらしばらく何か考え込み、ふっと横を向く。

「確かに頼まれた。けどそれをやろうと思ったのは俺だ。だから柚は、何も気にしないでいいんだよ」

 奇流の優しい微笑みに、柚の心は軽くなる。いつもそうだった。生まれながらにして辛い環境でありながら、それを嘆かずいつも明るい奇流に柚は憧れた。柚が悩みを口にすれば黙って聞き、彼なりの解決案を出す。そしていつも最後には、大丈夫だと笑ってくれる奇流に、それだけで柚はいつも救われた。

「またおめえかあ」

 聞き覚えのある声が二人の背中を捉えた。この商店街の喧騒の中でもはっきり聞こえる程、周囲を巻き込む強い悪意が滲む声。振り返らずとも声の主はわかった。

「ワタライさんとこの坊ちゃんのお出ましだぞー」

 この男はワタライの名を必ず出す。その名に周囲は一斉に注目した。「学校は終わったのかい」声の主はべたついた髭を撫でまわし、二人の前に回り込む。やはり今朝魚屋で会った男だった。

「あ、そうか。おめえは学校に通えないんだよなあ」

 わかって言っている。剥き出しの悪意と、ワタライに対する圧倒的な敵意。今まで奇流は嫌と言う程感じてきた物だ。無意識に拳に力が入る。そんな奇流の様子に構わず、男は執拗に視線で舐めまわした。

「おめえさんは可愛い顔してるから、学校に行ったらさぞやモテモテだっただろうよ。残念だったな通えなくて。ぜーんぶじいちゃんのせいなのになあ」

 奇流の目が大きく開いたと同時に、柚が大きな声を出した。

「いい加減にしてください!」

 すると男は一瞬目を丸くしたが、すぐに「嬢ちゃん、大人しそうに見えて強気じゃねえか」と口角を上げて、柚の腕を掴もうとした。いつも耐えてきた奇流だったが、柚に危害が及ぶのは絶対に許せない。ありったけの力を込めた右手を振り上げた時、「どいてどいてどいてー!」辺りにこれまた聞き覚えがある少女の声が響いた。奇流は柚の手を取りさっと身を引くと、物凄い勢いでその少女は突進して迫る。

「ぶつかるー! どいてどいてどいてー!」「空乃(そらの)ちゃんおよしよーー」空乃と呼ばれた少女の後ろから、同じく猛スピードで追いかける少年の姿。何事かと皆が振り返った時、どおんと鈍い音がして、空乃と少年はようやく止まった。

「奇流ちゃん、柚ちゃん、こんにちは!」

 空乃は右手を真っ直ぐ上に伸ばした。先程までの緊迫した空気をいとも簡単に破裂させた二人に、奇流と柚は思わず苦笑いをして挨拶を返す。

「よお、空乃。風丸(かぜまる)

 すると空乃は、両手を合わせて目を輝かせて言った。

「さっすが奇流ちゃん。あたちのスピードに負けない速さで柚ちゃんを守るなんて、見込んだだけの事はあるわ」

「そりゃどうも」

 二人は、奇流の腰程の低い身長だった。空乃は栗色の髪を高い位置で一本に結っている。一方の風丸は、丸い瞳と茶色いふわふわしたくせ毛が幼さを増幅させる。二人はまるでマスコットキャラクターの外見で、妙な出で立ちでもあった。空乃いわくニンジャと呼ばれる物で、遥か昔のニッポンと言う国に存在した者の格好らしい。黒に近い暗い色合いの服を着て、にこにこと笑っている。

「あ! そうだ空乃ちゃん。ああ……おじさん、泡ふいて倒れてるよお……」

 風丸は口に手を当て、男を足でつんつんと突きながら困り顔になる。

 見ると、先程まで奇流に絡んでいた男が大の字に寝そべっていた。空乃は「あら?」と白々しく首を傾げると、「風丸君! 気にしない気にしない!」と大笑いをしながら背中を叩いた。そしてすぐに倒れた男のポケットをまさぐる。

「ちょっと空乃ちゃん、およしよーー」「けっ、大した金額じゃないわ」空乃は苦虫を噛み潰したように吐き捨てると、大した事がない金額を自身の腰に巻いた巾着に素早く突っ込んだ。

「風丸君がくれたこの袋すんごくいいわ! デザインもあたち好み!」

 風丸は「ありがとう、でもお金返し」と言いかけたが、すぐに空乃は奇流と柚に向き直った。

「ところで奇流ちゃんと柚ちゃん。明日の式典に行くの?」

 風丸は諦めた様子で溜息をついたが、空乃の言葉にはっとして続けた。

「そうだ。明日は国王即位式だね。僕達は見に行きたいなって思うけど、二人も一緒に行こうよ」

 空乃と風丸は、顔を見合わせて微笑んだ。気が付くといつのまにか、四人を取り囲む無数の視線はなくなっている。面倒事に関わりたくない本音が見えた。四人は話を続ける。

「国王即位式」

 奇流は思い出した。

「そうか、明日か」

 呑気に指を鳴らした奇流に、空乃は驚いた表情を見せて言った。

「もう奇流ちゃんってば驚かさないでよお。やっと国王が決まるのよ。前国王が死んじゃってから、二十五年間国王不在だったもんね」

 風丸は奇流の表情を窺った。空乃は直球な少女だ。前国王が死亡した経緯に奇流の祖父が関わるのは知っているが、話題から避けずに会話する。風丸の心配をよそに、奇流はさして気にしない様子で尋ねた。

「ところで誰が新しい国王になるんだ?」

 奇流の疑問に柚が口を開く。

「サイガさんじゃないの?」

 その言葉に空乃と風丸も頷いた。それを見て柚は話を続ける。

「きっとそうだよね。王族じゃないけど経歴は抜群だし、皆も納得じゃないかなあ。お母さんもお父さんもサイガさんで決まりでしょって言ってたもん。王牙(おうが)は国民のヒーローだもんね」

「サイガって」

 奇流がまたもや不思議な顔をして漏らしたのを、空乃は聞き逃さなかった。

「もお奇流ちゃんってばわかってないなあ! サイガってのは王宮専属護衛団・王牙の団長でしょ。サイガ国雅(くにまさ)。おっさんだけど中々渋いイケメンってやつで、あたちの好みじゃないけど人気はあるみたいよ。いつも背負ってるおっきな剣が、威圧感抜群よね」

 風丸に顔を向けると、彼は大きく首を縦に振った。「でも」と、思い出した柚が割って入る。

「普通は俊成(としなり)さんよ、ねえ」

 皆の同意を得るように語尾を上げて言う柚に、奇流以外が大きく頷いた。今度は奇流が尋ねる前に空乃が続ける。

「俊成は、前国王の一人息子のツヅキ俊成の事。当然王位継承権の一番手なんだけど、引きこもりって言うか、ほとんど城の行事に顔を出さないみたい。そんなやつに国王なんて務まらないから、随分長い間揉めたらしいよ」

 風丸が何度も頷き、「僕もほとんど顔見ないもの。学校の関係でたまに城に行くんだけど、大体対応してくれるのはキリハラさんだしね」

 今度はキリハラの説明になるかと思いきや、空乃は別の言葉に食いついた。

「学校の関係って?」

 風丸は瞬時に顔を引きつらす。「どうして城に行くの?」空乃の声が一段低くなると、観念した風丸は首をすくめて説明した。

「定期テストで上位の生徒が、城内で特別授業を受けるんだよ。将来城内の仕事に就きやすくなるんだ。で、その授業が終わったら、いつもキリハラさんが城内を案内しながら色々な仕事を説明してくれるんだよ」

 奇流は感心した。今の説明では、風丸は常に成績が上位だからだ。二人と知り合った当初から成績優秀なのは知っていたが、毎回ともなると並大抵の努力ではないだろう。それも空乃がやらかす不祥事の尻拭いをしながらだ。学校きっての問題児である空乃と、学校有数の頭脳の持ち主である風丸。二人の仲を繋ぐ物は何か、学校の七不思議の一つであると、奇流は柚から聞いた事がある。

「あたちにはそんな話こないわ」

 ふてくされた空乃に、奇流はあっさりと返した。

「定期テストの上位の生徒なんだろう? それなら空乃には無縁じゃんか」

 なあ、と同意を促された柚と風丸は、言葉を詰まらせて困り顔をする。二人の目が泳いでいるのを見た空乃は、その場に寝転んで叫んだ。

「酷い! 無縁なんて酷すぎる!」

 風丸は慌てて「ごめんよ空乃ちゃんっ。暴れるのはおよしよーー」と地面から空乃を引き剥がそうとした。再び周囲の注目を浴びた事に気が付いた風丸は、慌てて空乃を脇に抱え込み道の端へ小走りで移動する。奇流と柚もそれに続いた。

「空乃ちゃんはもう少し勉強を頑張ろう! ほら、今は学年ビリだけど、一日二十時間勉強すれば、ビリからは脱出できると思うんだ」

 目を輝かせて話す風丸に、奇流は思わず噴き出した。無縁と言った己の予想通りだったからだ。たまらず柚も口元を手で押さえる。風丸はしまったといった様子で、空乃の肩を掴む。

「いや、テストなんかじゃ空乃ちゃんの凄さはわからないよ! 空乃ちゃんの凄さは僕が一番わかっているから! 空乃ちゃん凄い! 空乃ちゃん万歳! 空乃ちゃん最高!」

 最早何を言っているのか、風丸自身もわかっていない。とにかく今にも怒りを爆発させそうな空乃をなだめるのに必死だった。奇流はそんな風丸の苦労をよそに「ビリって……」と何度も漏らし、込み上げる笑いを堪える。「奇流、やめなって」と言う柚の表情もまた今にも噴き出しそうである。

「そうね、風丸君の言う通り、あたちの能力はあんなテストで測れる物じゃないわね」

 風丸の熱弁に押されたのであろうか。空乃はなぜか満足気に鼻息を荒くした。

「そうそう、話が逸れたけど明日四人で即位式に行きましょうよ。柚ちゃんちで十時に待ち合わせね」

 奇流も柚も同意した。そこで二人と別れ、奇流は柚を家まで送り届けた。


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