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第11話 狂歌の号外

「我が名はスイ。ワタライ奇流を主として主従の契約を、今結ばん――」

 神々しい眩さが辺りを包んだ。奇流とスイは両手を取り、光がおさまるまでそのままの姿勢でいた。やがていつもと同じ景色になった時、スイが口を開いた。

「これで契約は終了です」

 空乃は目を丸くして言った。

「何だかあっけない。もっとずかーんとばこーんとしたのを想像してたわ」

 奇流が苦笑いをすると、スイは眉根を寄せて空乃に目を向ける。

「何がずかーんとばこーんですか。何を想像していたかわかりませんが、何か文句ありますか?」

 奇流が二人を断ち切るように尋ねた。

「ごめん、前に説明してくれたのを、もう一回教えてくれないか? 俺、突然すぎて混乱してて、話が頭に入ってこなかったんだ」

 結局あれから三人は再度空乃の家に戻っていた。周りの目を気にせず話せる場所は、もはやここしかなかったからだ。マリベル村へ行く方法を議論し、簡単な昼食を済ませ話し込むと、時刻は午後三時を回っていた。

「契約をしたので、様々な魔法を詠唱するだけです。しかしそれには使い手であるあなた自身の努力が不可欠になります。ただなぞるだけでは発動しません。魔法一つ一つに意思があります。それに寄り添い、理解し、その力を借りる心を持って何度も練習するしかありませんね」

 スイは腕組みをして説明をした。

「例えばかすり傷を治す程度の魔法は簡単です。何度かやればあなたにも使えますよ。しかし光魔法はそれだけじゃない。死にかけの人間を治癒する魔法は上級ですから、並大抵の鍛錬じゃ使いこなせません。それに闇に対抗する攻撃魔法だってありますからね。光は癒すだけではない。闇を切り裂く防衛策も講じる必要もありますから」

 スイの言葉に奇流は頷いて返す。

「じゃあ魔法使いって言っても、簡単にすげえ力を手に入れる訳じゃないのか」

 スイは呆れて大袈裟に項垂れた。

「そんな簡単に何でもできたら、この世は魔法使いの暴走を招きますよ。力を手にした者がその力に溺れないように、ある意味鍵をかけているのです。特に闇魔法はね」

 空乃は「闇魔法がどうしたの?」と説明を求める。スイは暗い表情で続きを話した。

「破滅の闇は、それこそ強大な力です。この世界を滅ぼす事も容易にできます。だからこそ光より厳重に扱われるべきだ。だから闇の魔法は、魔法使い自身に多大な魔力を必要とします。大抵の魔法使いでは、契約を交わせこそ闇魔法を扱うのは難儀するんです。そうやって闇の力をむやみに使用できないようにしている」

 スイの言葉に、奇流は瞬間的に言った。

「闇魔法が悪人に渡ったら、それこそこの世の終わり」

 スイは忌々し気に表情を歪め仰ぐ。

「やつは主人を主人と思っていない。自分が大暴れするための存在としか思っていないんです。そう、ガーベルジュがいい例だ。今でこそほぼ復興を遂げているものの、あの大戦で町は惨状と化した。使い手は未熟だったのにも関わらず、それでも一国を壊滅状態にさせたと聞いたら、その破壊力は想像できますよね?」

 少しの沈黙の後、スイは話したくなさそうな様子を見せたが、息を吐いて口を開いた。

「あの日やつと対抗した僕でしたが、無念にも敗れた――。当時の僕の主人は、闇が暴れる最前線に出るのを嫌がったんですよ。光の攻撃魔法を発動する必要があるにも関わらず、それを頑なに拒否した。……まあ、今思えば無理もないか。皆が皆、この力を望む訳じゃないから。しかし闇の暴走は、対の存在である光が食い止めなくてはいけないんです。それは光にしかできない」

 スイは自身の拳を壁に叩きつける。苛立ちが止まらない様子に、奇流は息をのんだ。

「……あれから魔法が禁止されて、徐々に魔法の存在が薄まり、僕はあなたに辿り着いた。もしやつもこの世に復活していたら、主人を利用してどんな暴走を招くかわからない。ただ今は――魔法を使いたくても使えないんです。それはやつも同じはずですが、それでもやつは何をしでかすかわからない」

「魔法を使えない?」

 首を縦に振ってスイは続けた。

「この大陸は、魔法を禁じているでしょう。ある方法で、物理的に魔法を不可能にしているんです。理由はまた今度話すとして」

 スイは奇流に目を向けた。

「もしいつか……来るべき闇との戦いに、あなたは立ち向かえますか?」

 奇流はしばらく何も言わなかったが、大きく頷いた。スイはどこかほっとしたような表情を浮かべる。

「結局当時の大戦は、闇の暴走が被害を拡大させた訳か」

 奇流が漏らした言葉に、スイは返答した。

「ガーベルジュは心の拠り所である神霊樹を、未来永劫守っていく使命を携えていました。しかしそれを狙う者は必ず現れる。そこでガーベルジュは闇の力を手にしたのですよ。大切な物を守るために、闇の力に頼った。もちろん実際にそれを使って周りを滅ぼそうとしたんじゃない。あくまでも周囲へのけん制の意味だった。戦後闇魔法の禁止を声高に主張したのも、私利私欲で保持していた訳ではない証拠でしょう。闇魔法があるのを知った上で、王牙を含めて王国軍を総動員して攻め込んだヘブンズヒルの王族は、本当に救いようがないですがね」

 奇流は真剣な面持ちでスイの説明を聞いていた。

「国を守るための闇魔法が、まさか暴走して自国を滅ぼす。ガーベルジュの誰もが予想できなかったでしょう。闇の力を持つと言う事は、それだけのリスクがあるんですよ」

 その時だった。

「号外ー、号外だよおー」

 細い声が辺りに響いた。空乃は「号外だって!」と外に飛び出す。すぐに一枚の紙を持って戻ると、奇流とスイにも見えるようにちゃぶ台に広げた。

『国王即位式まさかの中止!』

「何だ、そんなのとっくにわかって――」そこまで言って奇流の口は止まった。空乃も驚愕の声を上げる。

『俊成氏、国王即位を表明! 国王選挙開催決定!』

 空乃はそこに写る青年を指差し「まじ?」と漏らす。黒い長髪を一本に結い、前髪も長く伏し目がちで、そこから覗く一重瞼。薄い唇は真っ直ぐ閉じられ、無表情であった。

「確か、亡くなった国王の息子だっけ」

 奇流は思い出した。空乃に聞いた限りでは、国王になる様子はなかったはずだ。

「そうよ、長年引きこもりで、ほとんど城の行事にも参加しないって聞いた。だから王位継承権の放棄をしたって、風丸君が言ってたよ」

 それなのに何故。恐らくこの号外を見た国民は皆疑問を持つだろう。

「ガセネタじゃないんですか」

 スイが冷めた表情を浮かべて言った。すると、ふんと鼻を鳴らして得意気にふんぞり返った空乃が、人差し指を左右に振って答える。

「ばっかねえあんた。この新聞を作ってるのは狂歌(きょうか)よ。ガセネタなんかあり得ないっての」

 空乃は新聞をばしばし叩いて胸を張る。「狂歌?」スイの言葉に奇流が言った。

「狂歌は真実を伝えるをモットーに活動する団体だよ。いや、多分団体、だよな?」

 空乃はしばらく黙ったが、「うーん……多分」と言うに留まった。

「多分って何ですか」

 あやふやな言葉にスイは苛立った様子で聞く。

「だから多分なのよお。狂歌の実態を掴む人は誰もいないんだから。この新聞だって、号外って声はしたじゃない? でもすぐに出て行っても、新聞がゆらゆら漂っているだけ。建物に貼ったり、こうやって声かけして配っているんだけど、誰も姿を見た事がないの。だからどんな人か、何人いるのか、拠点はどこか、誰もわからないんだから」

 奇流は「この俊成って人」と興味を記事に移動させる。

「どうしていきなり国王になるって言ったんだろうな。しかも継承権を放棄しているからすんなりいかないで選挙になるんだろ? サイガ相手に勝てる見込みはあるのかな」

 まじまじと新聞を見つめ考える。空乃も「うーん……」と唸って言った。

「確かにサイガ国雅の人気は凄いけど、やっぱり国王の息子って血筋には勝てないんじゃないかちら。でも……国を任せるってなるとサイガかなあ……」

 すると扉をノックする音がした。空乃はその叩き方で訪問者がわかるのだろう。「入っていいよー」と振り返りもせず声を上げると、扉はゆっくりと開かれた。

「あ、奇流君も一緒だ」

 ちょこんとした少年が笑顔を見せた。「風丸」奇流は右手を上げて笑顔を返す。

「どうしたの?」

 空乃の問いに風丸は背負っていたリュックを下して答える。

「空乃ちゃん学校休んだから、心配になって来たんじゃないか。今日はたくさん宿題のプリントが出たから、一緒にやろうと思って」

 差し出された優に十枚はある紙の束を見て、空乃は「うえっ」と顔をしかめた。

「奇流君どうしたの? あ、えっと……」

 風丸は奇流の横に腕組をする少年に気が付き、軽く会釈した。スイはそれを無視し視線を落とすと、風丸はむっとした表情になって言った。

「空乃ちゃん明日テストだし、きちんと勉強しないと」

 空乃はプリントを受け取らず湯呑に手を伸ばす。

「テスト受けないからいいの」

 茶葉を急須に移して鼻歌交じりで言う空乃に、風丸は驚いて声を上げた。

「どうして? 空乃ちゃんこれ以上成績下がると、留年しちゃうんだよ?」

 空乃は動じない。立ち上がり小さい食器棚からもう一つ湯呑を出すと、自分の分も含めてお茶を淹れる。それを風丸に差し出したが、風丸は見向きもせず続けた。

「奇流君、ごめんね。どうしても勉強しないと……」

 風丸は奇流に申し訳なさそうに言うと、スイにも視線を移した。

「そうだな、空乃。きちんと学校行かなきゃな。今日はごめん」

 奇流は腰を浮かすと、空乃はちゃぶ台を力強く叩いた。

「あたちは奇流ちゃんに協力するの!」

 奇流はもちろん風丸も、その勢いに驚いた。

「奇流ちゃんを助けたいの! 学校とか留年とか、それよりも奇流ちゃんを助けたいの!」

 奇流は空乃を見つめ、そして風丸を見た。風丸は目をぱちくりさせたが、すぐに問いただす。

「協力って何の話? 僕にも聞かせて?」

 空乃は奇流をちらりと見た。奇流は何度か頷くと、今までの経緯を説明し始めた。

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