4-25: またしてもの撮影タイムと、もうひとりの占い師
「はいはい、じゃあまずは――あ、せっかくだから優季も入ろ。記念だし」
「え?」
勝手に事が進んでいく。何となくこういう流れに慣れてきてしまっている感もある。
「……『結果を形にする』って、こういう意味で捉えてもいいのかな?」
咲妃に促された浄明寺が小さく肩を竦める。何となく日常モードの口調のような気がするのだが。
「良いじゃん」
「まぁ学祭ですしね……『今日の縁の記録』としては悪くないでしょう」
しっとりと頷く浄明寺。今度はきちんと占い師モードになっている。ということは、さっきのは一瞬気を抜いたということか。
それはさておき。
「ほらレンレン、そっち。あ、そっちだと影ができちゃうから、もうちょい寄って」
「寄るってお前、距離感ってモンが」
――ん?
っていうか、ちょっと待て。
今お前――。
「距離感なんていくらでも調整できるっしょ」
しかし咲妃は全く容赦が無い。
だからこそ、今の呼び方を指摘することもできなかった。
「……はーい、3人ともこっちに注目でー」
そんな流れを無視すると決めたらしい咲妃のクラスメイトは、慣れた手つきでスマートフォンを構える。いや、少しだけ手先がブレ気味なのは気のせいだろうか。スマホの本体で表情が概ね隠れているのでその真意は読めないが、本当に平常心なのだろうかという疑問が付き纏う。
だからこそスマホを構える彼女のその背後と、そのさらに周囲にあるはずの教室のざわめきが、少しだけ薄くなったような気がする。
――もちろん、俺の気のせいだろう。何も考えられなくなりかけているだけのことだ。
「じゃあいきますよ。目線こっちでー」
「はーい」
「……はい」
カシャ、と軽い音が響く。思わずといった感じの溜め息が漏れる。
「次。もう一枚」
――が、簡単には終わらせてくれないらしい。
「まだあるのかよ」
「あるの。……ほら、レンレンが形に弱いタイプなのも判ったことだし」
無茶苦茶言うな。
そんなことを口にしようとした、――その時。
教室の端。
ブースの外側、少し影になっている辺りに、黒髪が揺れた――気がした。
ローブでも何でもない。黒魔術師でもない。占い師でもない。
チラリとしか視界には入らなかったが、その黒髪を際立たせる純白のお召し物。
そして、ただ、こちらを見ている――ような、見ていないような。
俺はすぐにそちらからは視線を外す。
意識的に外したはずなのに、気持ちはそれを勝手に追いそうになる。
ああ、そうか。
さっき椅子が軋んだ音の正体は、たぶん。
「どした?」
「……いや、何でもない」
「ハイ、もう1枚行くよー。今度は笑ってー」
「ムリだっての」
「ムリじゃない。やればできる」
「理不尽」
――そんな理不尽の端っこで。
教室の端、影になっている辺りに黒髪が揺らされたのを、俺は見た。
揺れたというより、揺らしたのだと思う。
そこにいることを、たった一瞬だけこちらに伝えるために。
いや、そんな都合の良い解釈をしてしまうのは俺の悪い癖だ。
たぶん偶然。たぶん。
「――はい、終わり! おつかれ!」
咲妃が満足げに宣言する。まさに救いの言葉が俺の元にようやく――。
「では、次」
「次?」
俺が訊き返すより早く、咲妃が俺の背中を軽く押す。
おい、何も終わってないじゃないか。
「そなたは『形』をもう一個残しておくことと、約束を果たすことが必要なのデス」
「咲妃が言うところの形って何なんだよ……」
「気持ちの輪郭~?」
「うるさいな」
確実に浄明寺の受け売りなのは本人も解りきっているだろうに、敢えてわざとらしく言ってくるあたりが稲村咲妃らしさだった。
そんな光景を少し泳がせていた浄明寺が、ようやく小さく咳払いをする。
「咲妃ちゃん、あんまり脅迫にならない範囲でね」
「脅迫じゃないですぅ、導線づくりですぅ」
「行動付きだとほぼ脅迫なのよねー」
淡々とツッコミながらも、浄明寺は笑っていた。
この人、思ったより柔らかいところもあるらしい。典型的カタブツ委員長ではないようなので、やはりウチのクラスの店長と同類という認定をして良さそうだった。
――いや、今はそれより。
咲妃に押されるまま、教室の端へ向かう。飾り付けが濃いメインのフォトスペースから少し離れた場所。仕切りで区切られた、本当に小さな占い席がある。
そこに居たのは、二階堂菜那だった。
「……」
「……」
無音が交錯する。
最初からそこに居たのは間違いないはずなのだが、妙に『俺が見つけてしまった』感じがする。
当然ながら菜那もこのクラスのフォトスペース兼占いの館には相応しい、黒を基調にしたあくまでも控えめに魔法使いっぽい衣装に身を包んでいる。
控えめというのがミソな感じはある。咲妃のような黒魔術師っぽさはなく、彼女ほど振り切れてはいない。どうせやらされるのならば自分からそれなりのレベルのモノを選べば悪目立ちしなくて済む――と思っていたかどうかは定かでは無い。その辺りの本人の意図はわからない。
だけど、振り切れていないからこそ、やけにそれっぽいというか。
それはそもそも、二階堂菜那が持ち合わせているミステリアス性に因るモノなのかもしれなかった。
そんなミステリアスな彼女は淑やかに椅子に座って、机の上のタブレットを見ている。
タブレットの画面には文字が並んでいるようだが、どうやら事前知識に違わずに生成AIのチャット画面が映されているようだ。
俺が近づいたことに気づいているはずなのに、菜那は顔を上げない。上げないのに、空気だけが「待っている」感じになる。拒まれている感じは不思議としなかった。
「んっ! んんっ!!」
咲妃が、わざとらしく咳払いをした。
「はい、菜那。お客様ですよ」
「……いらっしゃい」
声がいつもより少し丸い気がするのは、学祭のせいか、気のせいか。
「お名前は」
「えっ、……と、深沢蓮です」
今更感のある自己紹介。
いや、違う。これはあくまでも雰囲気の演出として必要な手順――。
「知ってる」
「っんぐ」
菜那が言う。
――いや、待て。違うのかよ。そういう段取りじゃないのかよ。
そんなツッコミが一瞬で脳内を流れていく。
同時に変なところから声が出た。
だからなのか、彼女の視線が一瞬だけ上がって、とうとう俺の視線とぶつかった。
何だ。
いつもと同じようでいて、明らかに何かがいつもとは違って見えたが。
その違和感の正体に、俺は名前を付けることができなかった。
「では、そちらへどうぞ」
「そちら? ……あぁ」
いつの間にか俺のすぐ横には椅子が置かれていた。誰がどこから持って来たのかという疑問はすぐに晴れる。きっとあの黒魔術師が何らかの術式で召喚したのだろう。そういうことにしておく。
俺の動揺など知る由も無い菜那が、右手でしなやかにその椅子を示している。そういう所作がキレイなのはこんな場面でも変わらない。このミステリアスな感じの正体には確信が持てた。
言われるがままに座ってみる。
間に置かれているテーブルは実はきちんとしたテーブルなんかではなく、学校の備品にそれっぽい黒布を被せただけ。だから俺にとっては日常的に距離を掴みやすいモノ。そのはずだ。
だけど、今は菜那との物理的な距離が物凄く近く感じる。
さっきまでの写真撮影よりも、ずっと近く感じてしまう。
そんなわけはないのに。
こっちは、明らかに逃げ道がない感じがするからなのだろうか。
――というか、菜那が居るこのブース、めちゃめちゃ狭くないか?
まるで何か、そもそもこのブースではフェイス・トゥ・フェイスでの占いなんか企図していないくらいの狭さなのだが。




