4-24: ハイレベルな占いと逃げられない現実
ウチのクラスの喫茶店で言えばバックヤードを作るときと同じくらいの仕切り方で出来ている、占い師のためのブース。それくらいのはずなのだが、外の教室とは空気の温度がまるで違うように感じてしまうのは、この空間の作り方とそこにいる占い師のおかげだろう。
黒を基調とした布に囲まれた小さな空間。中央のテーブルには燭台風のライトと、年季の入ったように見えるカードの束。背後には星座図らしきものが掲げられている。まさかこれは私物だったりするのだろうか。
机はひとつ。椅子はふたつ。
その向こう側に座っていたのは、いかにも占い師――というより、魔法使いというか。いや違う、呪術師だ。あの感じだ。
彼女の名前は一応知っている。浄明寺優季。このクラスの学級委員長も任されている、比較的マジメなタイプだ――と俺は思っていた。他には、まぁ、一度聞いたら案外忘れそうにもないイカツい名前だ、とか。そんな感じ。
そんな彼女は、どうやらこんな一面を持ち合わせていたらしい。ウチのクラスの委員長と同じタイプなのだろう。
黒に近い深い色のローブは、安っぽいコスプレの布とは違って見える。
袖口がきっちりしているせいなのか、姿勢が良いせいなのか、単に目の光が落ち着いているせいなのか。
とにかく、堂に入っている。
「ようこそいらっしゃいました」
自動音声のようなリピート。言葉の温度が一定だった。
にこにこでもないし、かといって冷たいわけでもない。
けれど、ただのクラスメイトの声とは明らかに違う。
「……ホントにすごいな」
思わずポロリと言ってしまうほど。
咲妃がすぐ横で「でしょ?」と勝ち誇ったような顔をする。
「どうぞお座りください」
「はーい」
「咲妃ちゃんは違うでしょ」
――あ、通常モード風味。ちゃっかり隣に座ろうとした咲妃を窘めた。
「……では改めまして。ようこそいらっしゃいました」
3度目の落ち着いた声。教室のざわめきとは切り離されたような静かな音色。
「当たる当たらないより、『自分の気持ちの輪郭』が大事です。今日はそのお手伝いをしますね」
淡々としているのに、どこか説得力がある。学祭仕様の軽いノリではない。
「はいはーい、ガチめでお願いしまーす」
「ちょ、待て」
「待たない」
横から即座に逃げ道を封鎖する声。もちろん声の主は咲妃だ。即答だった。
浄明寺はわずかに微笑む。
「では、……まずは手始めにということで、軽く星座から行きましょうか」
そう言いながら占い師は小さなメモ帳を机の下から取り出した。
「一応個人情報なのでこちらに書いていただければ。あ、生まれ年は要らないです」
そりゃそうか。同級生だ、たしかに彼女が俺に訊く必要は無い。
何となく咲妃にも見えないように書き、ひとつ折って浄明寺に手渡した。そもそもブース自体が薄暗いからあまり見えないとは思うが、念には念を入れた格好だ。
「ケチ」
「誕プレくれるんなら教えるわ」
咲妃もそれくらいは解っていたらしい。
「ありがとうございます。……――……ふむ」
「え、もう?」
「ふふふ、ウチの優季をなめてもらっちゃあ困るのよ」
いちいちうるさい案内役は放っておくとして、それにしても堂に入った感じがすごい。
「ではどうぞ」
「ええ。落ち着いて見えるけれど、意外と頑固なところもあるのかしら。自分で決めた一線は簡単には越えないタイプですね」
――――何だそれ。
「どーお? 当たってるぅ?」
咲妃が横から覗き込んでくる。
「んー……」
何というか。
あっさりと肯定したくないのだが、かといって否定もしづらいところだった。
つまりは、結構言い当てられている気がする――という証拠でもあるのだが。
そもそも咲妃の口ぶりとか表情とかから察する限りは、恐らく咲妃は『当たっている』と思っているのだろう。それは、ちょっと癪に障ったりはするけれども。
怖いな、この人。直接的な絡みは無いはずなのだが。さすがに何らかの情報漏れ――つまりはプライバシーの侵害は無いと思うし。
「……自分で決めた線を越えない人は越えたいときに越えられなくて苦労しますので、その辺りは考えておくと良いかもしれませんね」
「っ。……なるほど」
その一言が妙に刺さった。
それと同時に、教室の端の方で誰かの椅子が小さく軋んだ音がした気がする。
「さて。本題に入りましょうか」
浄明寺は何やらカードの束を差し出してきた。この手のモノに詳しいわけではないが、存在くらいは知っている。タロットカードだ。
「少し触ってみてください。あなたの結果を導きやすくなります」
「シャッフルする感じ、ですか?」
「そうです」
何が本式かもさっぱり解らないが、とりあえず本式っぽさを感じる。その雰囲気に呑まれた俺は観念するしかない。
両手で受け取り、言われるままにシャッフルする。だが、トランプゲームのようにはやらない方が良いことくらいは解った。
――何かコレ、高そう。よく他人に触らせるなぁ。長年使っている感じは確かにするけれど、それよりも高そうな手触りをひしひしと感じる。紙の擦れ合う音がやけに大きく聞こえた。
だいたい良さそうな頃合いで浄明寺に渡す。彼女は彼女で何かをやっている。良く解らないままにその光景をただ見つめているだけ。
「では3枚。左から、現状・障害・助言です」
始まるらしい。
まずめくられた1枚目。
「カップの2。向き合っている関係。すでに縁はあります」
咲妃が「ほぉ」と小さく声を漏らす。
2枚目。
「ソードの2。言葉にしない。選ばない。保留している状態」
――なるほど。
ラスト、3枚目。
「ペンタクルのペイジ。大きなことじゃなくていい。小さな行動を、形にすること」
浄明寺は視線を上げた。そのまま俺の目をじっと見つめてくる。
何だか、吸い込まれそうな、感覚。
「……そうですねえ。せっかくなので、恋愛で見てみましょうか?」
何故か思わず『うん』と言ってしまいそうになる。
「見るに決まってるでしょ」
しかし俺が言い淀んでいる間に咲妃が逃げ道を華麗に封鎖していった。素晴らしいディフェンス力だと思う。もはやオフェンスだ。攻撃は最大の防御。
「……はい」
ここで拒んでも興醒めするだけだし。
そう、今は学校祭だ。その空気感に中てられただけだ。
むりやり自分を納得させる。
「気になる方はいらっしゃいますか?」
直球に差し込まれた。視界の端に、黒髪が揺れた気がした。
「ごっ、……ご想像にお任せします」
「ぷっ」
言い淀むどころではない噛み方を披露した瞬間、笑いどころを逃さないという咲妃の意地を見た気がした。
「ん?」
その様子が引っかかったようで、浄明寺は咲妃の方を見上げた。
「こっちの話、こっちの話。(ちなみに、当事者そこにいるから)」
「……おい」
ちょっと待て。小声だからこの3人の間にしか聞こえてないとは思うが、それでもそういうことをさらっと暴露するな。
思わず語気だけは強まってしまったが、それでも浄明寺は驚かなかった。
「聞こえていても構いません。言葉は届くものですから」
――プロか。
「現状は、すでに向き合っている。障害は、言葉にしないこと。助言としては、小さな行動を形にすること」
そう淡々と告げられる。説得力のかたまり。
しかし、今度は咲妃が少しばかりのひっかかりを覚えたらしい。
「告白とかじゃなくて?」
「そこまで大きなことは出ていません。写真でも、隣に立つでも。形に残ることが吉――と言ったところでしょうかね」
そんなことを言った浄明寺は、占い師の仮面を放り捨てたように笑む。
それを受けた咲妃がにやりと笑う。
「はい決まりー」
「ん? 何がだ?」
「記念撮影」
「……あ、何。まさか形に残ることって、そういう……?」
まさかこの教室の有効活用方法としての占い……。
そんなバカな。
呆気に取られそうにはなるが、それすらも問屋は卸さない。
逃げられない流れが出来上がっていた。




