4-23: 謎のモテ期と突発的撮影会と
扉が閉まっている教室に入るというのは何となく緊張する。
が、こういう風にオープンになっていたとしても、結局は緊張してしまうらしい。
余所の空間特有の余所余所しさみたいなモノだったりするのだろうか。
「あっ、来たぁ!」
だが、そんなアウェイムードが、ちょっとだけビジターっぽい感じになる。稲村咲妃のお出迎えだった。いきなり『レンレン』と呼ばれたらどうしようかと思っていたが、その辺は配慮できるヤツだ。
「何でだろ。ウチに来るとそれも何かコスプレみが増すねー」
「さすがにココにウェイターはミスマッチだからじゃないか? あと、そっちの方が良く出来てるからって感じもするし」
「マジ? ありがとぉ」
何でも彼女らのテーマは『フォトスペース兼占いの館』。映えを意識した教室内装飾は明らかに凝っている。凝りまくっている。チラチラといろんなクラスのモノを覗いてはみたが、ウチの学年の中ではトップクラスによく出来ていると思う。
「……黒魔術とかの使い手?」
「お、正解」
「合ってるんだ」
失礼な! ――などと言われ怒られるかと思ったが、正しかったらしい。
ヴィラン系魔法使いのようなローブ姿の咲妃は、思いのほか堂に入った雰囲気を醸し出している。軽くお芝居をさせるとなかなかの演技力を発揮してきそうな感じもあるので、余計に似合っている。
「『ひっひっひっ……、今日はどんな幼子を素材にしようかねえ……』って感じでしょ?」
「あ、人食い魔女なんだ」
「雑食ね。イケメンも可」
「ヤベえヤツだった」
ガチのヴィランがモチーフらしい。どんなだよ。子供も来るかもしれない学校祭に合ってるのか? 秋田のなまはげと同じくらいに泣かれそうじゃないか――などという余計な心配をしてしまった。
「ねえねえ……!」
「うん?」
入ってきていきなりしょうもない会話を繰り広げてしまったせいか、咲妃のクラスメイトたちが少し遠巻きに見ているなぁと思っていたのだが、いつの間にかその中の数人がこちらに寄ってきていた。それぞれがいろんなタイプの魔法使いっぽさを出している。が、まとまってこられると。
「なんでしょうか……」
面白いけどなかなかのインパクトがある。ちょっと怖い。
「もしかしなくても、隣のクラスの深沢くん?」
「え」
よもや名前と顔を一致させられているとは思っていなかった。
悪目立ちだけはしないようにとこの学校では過ごしてきたはずだったのに。
何故だ。――いやまさか。
「スゴいスゴい!」
「やっぱり似合ってる!」
「話題になってるだけある!」
「『話題』……?」
なにそれ、怖い。
何やら俺の知らないところで何かが盛大に動いているらしい。なにそれ怖い。
「またまたぁ。宣伝活動で目立ってたって話、結構広まってるけど?」
「……マジか」
「まさかウチに降臨するとは思ってなかったよね。しかもこのままで」
さっきまでの不特定多数の視線に晒され続けていたのももちろん結構な恐怖感を煽ってきていたとは思うが、一応顔自体は何度か見たことがなくもない同級生たちの間で俺のことについて勝手に何かしらのことが語られ囁かれていたと考えるのも結構な怖さがある。
与り知らないところで展開される自分のこと。これがもしかすると世界でいちばん恐ろしいモノなのかもしれない。高校2年生の学校祭でこんなことを思い知らされるとは、完全に想定外。
「モテ期、来てんね?」
「モテ期なのか、コレは」
「間違いないでしょ。……男子が丁度居なくて良かったわね」
「え?」
咲妃に言われて教室内を見渡してみたが、本当に居るのは女子だけ。男子の姿は影も形もない。
「何で?」
「……ここだけの話、そんなにやる気が」
「あぁ……」
把握した。
このクラスの展示テーマ的には、たしかに男子があまり参加しなさそうな感じはある。占いなんて、みたいな感じで斜に構えた男子達が「だったら俺たちは行燈でも作ってるわ」――みたいな流れ。良い言い方をするならば『棲み分けが成された』ということなのだろうけど。
「ね、ね。写真ってOKなの? ツーショットとかでも?」
そんなことを考えていたら、妙な質問をされた。
「写真?」
「無許可はダメって書いているから、だったら許可をもらえたらいいの? ……的な」
「あぁ~……」
困った。
実際に許可を取ろうとする人が居たときにどうするべきか、考えていなかった。
「……ちょっと待ってね」
俺だけの判断で勝手に撮らせてもあんまりよろしくないのではないか。真っ先にそんなことを思ったので、俺は直ぐさまスマホをタップする。すぐ隣の教室に居るならそのまま話を付けに行けば良かったのだが、そのままシフトに回されるのも困るのでこんな手段になった次第だ。
『はいはいー。どしたの?』
通話の相手は隣の教室で喫茶室の店長を務める岩瀬莉々歌。今はどうやら少しくらいの余裕があるらしい。
俺はシンプルに説明をする。『この制服姿の写真を撮りたいという許可取りをされたが、どうしたらいいか』。これ以上でも以下でもない。
岩瀬は小さく唸って『ちょっと待って』と言った。岩瀬によるトップダウンの判断でどうにもなるような気がしたのだが、何かあったのだろうか。
――待つこと10秒ほど。
『んーっとね、結論としては、店仕舞いの後でウチのクラスのみんなと撮るならおっけー、って感じ』
「ほぉ……?」
まさかの要求。
「ツーショットとかも?」
『それも、私たちと後で撮ってくれるなら』
「なるほど、ありがとう」
把握した。納得した。
通話が切れる直前に『こんなことなら先に撮らせてもらっておけば良かった』などと聞こえたのは、ちょっとすぐには飲み込めなかったけれども。
まぁ、とりあえずは。
「良いらしい」
「やった!」
「いぇーい!」
解答を告げた途端にノリノリである。
魔法使いとカフェ店員とかいうまるでしっくり来ない組み合わせなのだが、それで良かったのだろうか。――どのみち非現実的な空間だから、気にするだけ損か。そんなもんか。
まずは集まってきた全員に囲まれて連写。その後はそれぞれのスマホを使って、さながら即席撮影会。で、最後にもう一度全員で。……2回目の全員集合は距離が明らかに近かった。
いきなり完全に想定外の展開になってしまった。
それに思い至ったときには、少し遅かったらしい。
明らかに不満気なお顔の女子生徒がひとり、俺の目の前に居る。
もちろんそれは、稲村咲妃だ。
「も・ち・ろ・ん、私も良いのよね?」
「あぁ、まぁ……」
「何よその歯切れの悪さは」
「いやいや」
明らかに圧が強い。最初に会話を交わして間もなくだった頃のことを思い出す。
「少なくとも、菜那とは絶対に撮ってあげなさいよ?」
「え、菜那と?」
「何かご不満でも?」
「いやそうじゃなくて」
不満なんてあるわけがない。
ただ、懸念というか、心配というか。
俺の勘違いを押しつけるような気がして。
「そういう感じじゃない気がして」
「……なぁんにも解ってないのね、女心が」
深く深く溜め息を吐かれた。
「女心っていうか、菜那心か」
「随分狭い範囲なんだな」
「でも日本海溝くらいは深いと思うわよ」
「……確かにな」
菜那のことをよく知っているだろう――少なくともこの学校にいる生徒・教員を含め全員で比べてみても一番よく知っているはずの咲妃が、確信を持って俺にそういうのだから、きっとこれは信用しても良いのだろう。
だけど結局、それを俺自身が確信出来るところに居ないのだ。
「少なくとも今までの菜那の人生の中で、一番近しい男子はアナタよ」
「……っ」
それは――……いや、どうなんだろうか。
少なくとも経験済みだった彼女にとって、俺はそこまでの立ち位置に居られているのだろうか。
とどのつまり、結局は『自信』という一言に帰着する話なんだろうな。
「……わかった」
「ん」
一応の納得はしてくれたらしい。
「ところで、何で俺たちはこんなところでこんな長々と立ち話が出来てるんだ?」
「ふたりだけの空間を作った者勝ちって言葉を知らないの?」
「初めて聞いたなぁ……」
横目にチラリと見てみれば、さっきまであんなに騒いでいた女子陣はすっかり店員さんモード――いや、違う。完全に俺と咲妃の関係性を疑っている構図だ。
「まぁ、あの子たちには後で説明しておくから、安心して」
「……りょ」
了解――という声が乾いて、最後まで言葉にはならなかった。
○
「まぁまぁとりあえず、まずは一応占ってもらったら? ガチなヤツで」
「あぁ、そう言えばガチ勢が居るって話だったか」
ようやくここの教室での本題に移れるらしい。
トリックアートめいたイラストが描かれている部分を撮影しながら咲妃に引き摺られるように連れ込まれたブースには――。
「……すげえ」
「ようこそいらっしゃいました」
――完全無欠な占い師が居た。




