4-22: まるでいつも通りの会話のようで
「まぁまぁ、とりあえずレンレンも食べちゃいなさいよ」
「おうよ」
腹は減ってるし、喉も渇いている。そしてすでに『いただきます』をしている状態。
さすがに日頃から店内を歩き回っているので足腰への疲れは出ていないけれど、ここまで衆目に晒されることもないので精神的には疲れているのかもしれない。ただの冷たいお茶が今日はやたらと美味しいと思えた。
それにしても、やたらと両サイドからの視線を感じる。ずぞぞと蕎麦を啜りながら横を見れば、それはしっかりと菜那と咲妃からの視線だった。
名前も知らない本校生徒とか他校の生徒とか完全なる他人の視線を浴びすぎていたので、このふたりになら今はどれだけ見つめられても苦にならない。
――いや、別に『俺を見ろ!』ってわけではないのだけれど。
少なくとも。知らんヤツに見られるのよりは、幾分もマシだった。
「……レンレンってさぁ」
「ぅん?」
俺と視線が合ったのを確認してから、咲妃が何かを訊きたそうにしてきた。
「なに?」
「結構、よく食べるよね」
「それは私も思ってた」
菜那にも同意される。
明らかに小食な菜那に言われるのは致し方ないとして、咲妃にもそう思われていたとは
「……まぁ一応は食べ盛りとされる年齢だけども。え、そんなに意外?」
「意外ってこともないけれど。なんつーの。ガチの体育会系って感じでもないからさ」
「ああ、そういうこと」
もごもごとしたまま答えるのもアレなので、一度お茶で口の中をリセットする。
「他の人が思っているよりも日頃から動き回ってるってことかな」
「ふぁしかにねー」
納得してくれたらしく、咲妃は蕎麦を啜りながら答えた。……もう少しこっちに注目して聞いてくれると思っていたのだけれど。いや、無反応じゃないから良いか。
「はしたない。……でも、そうよね。さっきも、私たちがいる間ずっと動いてた感じだし、……その、いつものところでも、ね」
そんな咲妃を菜那はいつもの調子で窘めてから、俺についても評してくれた。オマケ感は極力出さないようにと気を遣ってくれているのだろうか。
あとは、俺のバイトのことについてもオブラートに包むように言ってくれたのも助かる。今はこの状況だ。俺たちの会話に耳を傾けようとしている不届き者が居ないという保証もない。
実際のところ咲妃は、声量を気にしているのかもしれないが、その分俺に対して少し身体を寄せるような感じで話すので、そのタイミングでやたらと攻撃的な意志のある視線を感じやすい。
さすがにイヤになる。
でも、だからと言って、このふたりから離れるために急いで蕎麦を平らげるようなつもりもないのだけれど。
――だって、ようやくありつけた休憩時間なんだから。少しでも、身体くらいは休めたい。そう思っても罰は当たらないはずだ。
「それで言ったら、今のシチュエーションなんて、レンレンが伯父さまの賄い食べてるときに似てるわね。今もユニフォームなわけだし……うへへ」
「最後のその笑い方何なん」
ぐへへ、と言わなかっただけマシだろうか。いや、そんなこともない。完全にだらしがない顔で、何ならよだれを口の端から垂らそうかという雰囲気でぐへぐへと笑われても困る。
俺にやたらと攻撃的な視線を向けてる男子諸君よ、コレでも良いのか。そう訊いてやりたい気分だった。
「まぁ、蕎麦が出てくる事は無いけどな」
「ミートスパとかピッツァが基本だもんねえ……あー、また食べたい。何なら今食べたい」
蕎麦啜りながらイタリアン食いたいなどという咲妃の方が、余程俺よりもよく食べるという印象があるのだが。そこら辺フラットな立場から見るとどうなんだろうか。俺がそんなことを言ったところで咲妃は確実に否定するどころか、数箇所の殴打をしてこようとするはずなので、俺からは何も言わないが。
「ぜひぜひ、今後ともご贔屓に」
「もちろんよ。……レンレンの制服姿を拝むためにもね」
「そこまでか? 俺は別にそんなポイントにはならないだろ」
「なるわよ。ねえ菜那」
「私に振らないで」
咲妃が流れるように菜那へと話を振るが、菜那がそれをあっさりと受け流す。いつもの流れだ。完全に見慣れた光景。
「菜那ってばねえ、さっきからずっとレンレンのエプロン姿にグッと来てるのに、全然表に出してくれないからさー」
「……普段からぐへへぐへへ言ってるのは咲妃だけなのでは?」
俺の中ではカフェ制服フェチを隠そうともしない咲妃に対して、とくに同じような趣味趣向は持ち合わせていないという認識しかないのだが。
「……はぁ。甘いわね、甘すぎるわねレンレン」
「ふぅん」
「もう少し反応ちょうだい」
ワガママなヤツだ。あと、ぐへへと笑っているという部分は否定しないのか。自覚があるのか。……なかなかに面倒なタイプだ。
「案外むっつりだから、菜那」
「ちょっと。余計なこと言わない」
「ツッコミが早いってことは、そういうことよ」
ダメだ、こいつ。ほぼ無敵の人だ。
「まぁ、でも、……似合ってるわよ。それも」
「え」
「何よ。ご不満?」
「いやいや」
違う。全然そんなことはない。
あまりにも意外だったから。意表を突かれたから。
まさか菜那が俺に対してそんなことを言ってくるとは思っていなかったから。
だから、そんな反応になってしまっただけだ。
「……嬉しいよ、そりゃあ」
「そう」
短い反応を残し、お茶を口に含み、大向こうの方へと視線を向ける菜那。
こちらからは彼女の表情をしっかりと見る事はできないが、……何となくだが、色白な耳全体がピンクを通り越して赤くなっているように見えた。
が、そんな俺の視線を感じ取ったのか、今までずっと咲妃がやってきたように、菜那が不意に俺の耳元に顔を寄せてきた。
――え。
いや、ちょっと。
待って。
「……咲妃を黙らせるにはああいうのが必要なのよ」
――ああ、なるほど。そういうこと。
何でちょっと残念だと思ってしまったのだろうか。
いや、思うか。そりゃ思うよな。
「なるほどね。把握」
だったらとばかりに、俺も直ぐさま菜那に耳打ちをする。
思い返せば、耳元で囁くのも囁かれるのも、これが初めてなんてことは無いのに。
もっとアレなシチュエーションで同じようなことをしていたというのに。
「あー、あっついあっつい。もう少し冷房効かせてくれても良いのに」
「……調理場も近いから難しいんじゃないかしら」
「そういうことを言えってわけじゃないのよ、菜那」
菜那のツッコミが咲妃の良いところに刺さったらしい。
○
午後からの準備もあるということで、食べ終わるとすぐに菜那と咲妃は席を立った。
俺もとくに用事は無かったのだが、ココに居座り続けて座席を無碍に埋めたままにするのも気が引けてしまったので、適当に立つことにした。さながら職業病のようなモノだろう。
――さて。
「……やることがないぞ」
案内図やら催事やらが書かれたしおりを手に、ぼんやりと立ち尽くす俺。
自分の教室に戻っても良いのだが、それをすると確実に午後の部もシフトに立たされること請け合い。頼まれて戻るならイイとして(いや、あまり良くはないのだが)自発的に戻って手伝わさせられるのは、まさに飛んで火に入る夏の虫。それだけはさすがにイヤだ。
「まぁ、適当に歩いていれば良いか」
立ち止まるとすぐに囲まれてしまいそうな雰囲気は、さっきからひしひしと感じている。
クラスメイトたちが言っていたように、女子達の視線は結構な数こちらに向けられていることは、図らずも確認出来てしまっている。俺ひとりしかいないのに、確実に俺に向かって指を向けられたのも数回あるので恐らくは間違いないのだろう。
視線を向けられたり、指を差されたり。
もちろんそういうことをされる機会が今までの人生で多かったわけでもない。
在りがたいことだとは思う。でも、やっぱり居心地は良くない。せっかくの学校祭なのだからもう少し自分なりに過ごしやすい環境には居ておきたい。
結局は文化系部活のようにそこまで大人数が集まらない場所か、あるいは吹奏楽部や合唱部の発表など明らかに注目されるべき対象が居てそこに大勢が集まる場所をうろうろとすることになった。
全く対照的ではあるのだが、案外それぞれで落ち着いた時間を過ごせたから面白い。木を隠すならば森であり、また孤立することによって平穏を手に入れることができる――というわけだった。
「ふぅ」
そんなこんなでやってきたのは、自分の教室の隣だ。
一体何が待ち受けているのやら。
意を決して、ひとつ深呼吸をして、――殴り込みだ。




