4-18: 遭遇、そしてすれ違い
「ではでは、行って参りますぅ」
「行ってきまーす」
「……行ってきますー」
「深沢くんはもうちょっと声張って!」
「えー……」
面倒なことを任された挙げ句さらに面倒くさい要求をされて、よしやってやるぞと気持ちを切り替えられるほど俺の精神状態はオトナになっていない。このノリについて行くのがやっとな状態なのだから、それをさらに上げていこうというのはかなりの無理難題だった。
我らがクラスの『昭和レトロ風喫茶室』の宣伝役を仰せつかってしまった俺は、名乗りを上げてくれた女子たち――岡本美玲と坂下夏菜海のふたりとともに自分たちの店番時間まで校内をうろつくことになった。
もちろんクラス展示の宣伝なので、衣装着用の上である。
「はぁ……」
「そんなにイヤ?」
「イヤっていうか、……いろいろあるんだよ、いろいろ」
いくら学校祭とはいえさすがに目立ちすぎるこの感じとか、この後控えている店番での対応とか。考えることはいろいろだ。少なくとも、気は少しばかり重くなる。
「お、訳アリだ。相談乗るよ?」
「遠慮しとく」
一応の心配はしてくれているらしいのだが、その優しさのようなモノをしっかりと覆い隠して余りある元気さが岡本と坂下にはあるらしい。そもそも女子との会話自体多くないので細かいキャラクター性も解らなかったが、話をしてみると案外取っ付きやすさはある。
そして同時に『学校祭マジック』とかいうワードも脳裏を過る。
精神安定剤のようなモノだ。冷静になるには破壊力充分。
いずれにしても、この時間は自分のクラスの宣伝のために費やされるべきだろう。俺たちが教室に帰ったときにしっかりとお客さんがいれば最高だ。
――もちろん、普段の放課後とか週末とかと、同じ心境になれればの話である。
「見られてるねぇ」
「ね。正直意外」
ふたりも思っているらしいが、俺も物凄く『衆目に曝されている』という感覚がある。
――いや、そういう感覚にならないと宣伝の意味が無いということになるのだが。
他のクラスもコスプレチックなことをしながら廊下に出たりしているので、全体的に見ればそこまで目立っている方ではないはずだ。とくに階段踊り場近くに居る美少女戦士的な3年生女子グループには、派手さだけで考えれば到底敵わないと思う。
ただ、誰かしらが通り過ぎるたびに、こちらに視線を送ってくるのはやたらと解る。対向から来る生徒の黒目がしっかりと俺たちを覗き込むように動いているのだ。
もちろんその視線を集めているのは両サイドの女子ふたりだとは思う。たしかに似合っているので納得だ。ふたりでお揃いにしたという話なので余計にそうなるのだろう。デニム地のシャツはコックジャケットのような雰囲気があるし、エプロンはブラウンのストライプでこれが良いアクセントになっている。たぶんだが、ウチの伯母さんも『これは良いわね』と言いそうなコーディネートだった。
なるほど、「男子の視線って解りやすい」などと言われるのが理解できた。――こんなタイミングで理解したくはなかったが。
いずれにしても好き好んでやり始めたことではないので、こればかりはやはり居心地は良くない。肩身が狭いというか、場違いであるような感覚というか。首筋がぞわぞわとするのだ。
「何か結構言われてる感あるよね」
岡本がこちらを見ながら言ってくる。恐らくは俺の肩越しの坂下に言ったのだろうけれど。……いや、視線はこっちを見てる? どうなんだ? あれか、アイドルのコンサートで「あ、コッチ見てくれた!」っていう勘違いを生み出す心境というヤツか。
「そりゃあやっぱりふたりが……」
「え?」「ん?」
「……え?」
俺は至って冷静に現実を直視して、それを見たままに伝えようとしたはずなのだが。
岡本と坂下のふたりは何故か突然立ち止まり、目をまん丸にして俺を見てきた。
「……ん? 俺なんか変なこと言った?」
「いや、深沢くんってふつーに自己評価低くね? 明らかに女子じゃん、何か言ってたの」
「え」
「聞いてなかったんかーい」
坂下からゆるふわなツッコミを頂戴してしまった。
「すまん、そこまで聞こうとしてなかった」
「正直すぎる」
「余裕が無いからね、メンタル的に」
「一昨日とかの安心感はどこ行っちゃったのよ」
岡本からもご指摘いただく。
「いや、ほら。なんつーの。こういうときって女子ってどっちも見るかもしれんだろ。……男子は女子しか見てないモンだから」
「『あの彼良くね?』って言ってたけどね」
「うんうん」
「あっ、そっすか……」
言い逃れは出来なかった。
マジか、完全に聞き逃していた。何でだ。どうして俺の耳はそんな言葉をスルーしてしまったんだ。言われて嬉しいワードのはずではないのか。――あんまり言われない言葉だから自分への言葉だと脳が判断出来なかったってことか。あーなるほどな、ツラいわ。
「あと、そこで女子観語られるとも思わなかったわ」
「ね。しかも男子ってやっぱそうなんだ」
「……ほら、それは、あくまでも一般論としてさ」
そしてさらに哀しいことはは、両サイドから女子に指摘されそれらに対してしどろもどろになりながら言い訳をする男子という構図の情けなさ。
そう、飽くまでもそれは一般論。よく居そうな高校生男子像を言ってみたまでだ。――たぶん。
「ちなみに蓮くんは?」
「ん?」
「実際のところ、良さげな雰囲気の男子がいたら見る?」
「……まぁ、着る物の参考にはするかもね。…………――はい、ウソですごめんなさい、そこら辺の野郎の恰好にそこまで興味ねえッス」
「あっはは! 正直すぎるわ」
「そこまであっさり言われると清々しさすら感じるっていう」
ふたりとも豪快に笑い飛ばしてくれたので、一応は乗り切れたのかもしれない。
ああ、良かった。
会話が無いままただただ校内をうろつくだけの、まさに地獄のような時間を心配する必要はもう無さそうだ。もちろんコレはあくまでも岡本と坂下のおかげではあるだろうけれど。
「(……うわっ)」
そんなことを思っていたら、真正面から歩いてくる見覚えしか無い女子ふたり。
――二階堂菜那と稲村咲妃。
明らかに彼女たちふたりにはたくさんの視線が注がれている。もちろんその視線に対していちいち相手をするようなふたりではないことくらいは知っている。今日もあまりにも自然、向けられたモノの届くことはなかった視線の屍が転がっているようだった。
「……」「……」
「……っ」
無言ですれ違う。すれ違い様に何となく視線がこっちに向けられたようにも感じたが、俺は知らない顔をするしかない。ふたりがこちらに気付く前くらいのタイミングで俺は窓の外へと視線を外しているので、周りから見ればとくにおかしなことはないはずだ。
ふたりの姿を確認したい気持ちをぐっと堪えて、もう一度真正面を見る。
どうにかやり過ごせたとは思う。ほっと息を――
「やっぱあのふたりかわいすぎるよね」
「嫉妬もできないわ」
残念なことにほっと息を吐くことはできないらしい。
ふたりの話題が菜那と咲妃に切り替わってしまった。
いくらなんでも、この話に俺が首を突っ込むことはできない。どう足掻いても厄介な展開になること請け合いだ。ただでさえ店番前にメンタルにボディーブローを喰らっているような状態。ここにさらにアッパーなどを食らってしまったら、俺は早くもダウン1回目を奪われたボクサーのようになる。
そう思っていたのだが。
岡本と坂下は一旦俺を見つめ、一度振り返って通り過ぎていったあのふたりに視線を送り、再び俺を見てきたあとで互いに見つめ合った。
何だ、そのアイコンタクトは。目だけで意思疎通をしないでくれ。ただでさえ場違いだと思っているのに、さらに疎外感を与えないでくれ。
もう、本当に嫌な予感しかしない。
絶対に何かしらの尋問が飛んでくるに決まっているじゃないか、この雰囲気は――。
「……え。今さ」
「明らかにさ」
「蓮くんを見てたよね?」
――ほら、来た。
っていうか、マジで見られてたのか俺。視線浴びていた感覚はあったけど、あの感覚は嘘じゃ無かったのか。
人間の視線って、もしかして本当に物理的な何かが飛んでたりするのか?
「ちょーっとお訊きしますけれども」
「……なぁんでございましょう」
無駄に口調を合わせてみた。もちろん余裕ぶっているだけだ。冷や汗ダラダラだ。
「そこら辺はどーなんですか?」
「今度こそ気のせいだと思うけどな」
本来であれば、俺とあのふたりは交わるはずがないくらいの距離感なのだ。
こうして自分のクラスの女子に奇異の目を向けられる程度には。
「いやいやいやいや。今度こそ言い逃れはできないでしょー、さすがに」
「さっきの件も含めてねぇ……」
宣伝活動なんかそっちのけ。ふたりの興味は俺にしか向いていない。
数ヶ月前の俺だったら、こんなシチュエーションでもある程度悦んでいたのだろうか。
だが、そんな想像なんて出来ないほどに、俺のメンタルは猛烈なラッシュを受けることになるのだった。




