4-12: いちばん
「……あのさ、レンレン」
「何だよ」
どうしようもないダジャレをカマしてきた咲妃のことはとりあえず無視して5秒。耐えられないとばかりに口を開いたのはその張本人。どうやら沈黙には耐えられないらしかった。
「せめて拾ってくれないと」
「骨は拾ってやるから安心しろ」
「違うぅ! ボケの状態で拾って! まだ新鮮!」
「……生鯖みたいなモンだろ。すまん、早いうちに〆ておいて」
「それを菜那に頼まないで!」
「咲妃、覚悟しておいて」
「ほらもー! これだもーん!」
――うん、若干俺たちも疲れがピークに達しそうなのか、いつもとは明らかに違うテンションになっている。少なくとも俺はちょっとふわふわとした、浮ついている感覚があった。
このままでは良くない。いくら明日は大きな仕事が無いと言えども、適当なことをするわけにはいかない。
「……ちょっと落ち着くか。何だかんだで疲れたもんな」
「そうね」「ええ」
「深夜テンションみたいでヤバい」
「たしかに」「ええ」
クールダウンを通り越してさすがに冷めすぎてしまった感じもする。
が、とりあえずはこれでイイはずだ。きっと咲妃が調子を取り戻してくるはずだ。菜那に対しては、そこまで期待してない。ニンゲン誰しも得手不得手というモノがある。
「しかし、推し活団扇作るとか、スゲえな。甥っ子としてもそれは予想外過ぎだ」
「私たちもそんなの思ってなかったわよ」
「もしかしてレンレン、『俺のはなかったのに』って嫉妬してる?」
「まさか」
そういう悪目立ちだけは勘弁してほしい。来年、味を占めて俺の分まで作ってくることが無いように目を光らせておくべきだろうか。いや、きっとその時期になるまでには忘れていそうだ。
そんな何とも広げづらい話から始まった道中だったが、その後は至って平和だった。
ウチのクラスの行燈のクオリティやその準備の話を妙に事細かく訊かれたのでそれについて語ってみたり、だったらそっちのはどうなんだと水を向けてみるが私たちが知ってるとでも言うのかとばかりのリアクションを返されてしまったり。
――平和か? まぁ、平和か。日常の風景とも言えるだろう。そもそも行燈制作の方に女子が来てること自体が稀だからな。こればかりは仕方ない。
「レンレンってさ」
「……ん?」
即座に話が続くかと思っていたがその次の矢が飛んで来ず、俺は思わず訊いた。
「後夜祭のときどーすんの?」
「あー……」
「その感じだと予定無しね」
「やかましーわ」
――後夜祭。
名称としてはそういうことにはなっているが、そこまで大がかりなものではない。
行燈行列出発前と同じように全校生徒が夜のグラウンドに集合し、今年のすべての発表や制作物の人気投票結果を発表しながら最終的なチャンピオンを決めるという、よくあるタイプのモノだ。
派手なことはとくにない。キャンプファイアとかを囲んでフォークダンスなどということもない。あんなものはもはやフィクションの世界のお話であって、安全面やら昨今特有の事情をやらを考えたら簡単にできるモノではないのだ。
個人的なことを言うのならば、何かいろいろと交友の部分で面倒くさそうな催しには尻込みしてしまうので、無いのであればそれに越したことはないと思っていた。
そりゃあ、な。興味が無いわけではない。
だけど、その興味だけを原動力にして突っ走っていけなくなる程度には、俺はコドモを卒業してしまっているのだ。
「……そういえば、この辺からだと家近いのはどっちだ?」
だから俺は、これ以上この話題を続ける気はないという態度を示す上でも、完全に違う話をすることにした。
稲村や二階堂の家はこの辺りだということをふんわりと認識していたので、このタイミングは好都合だった。
「咲妃じゃない?」
「そうね、私だけど……」
そういう稲村の声ははっきりしない。何か問題でもあるのだろうか。
「この辺でーって思ったけど。……何、送ってくれるとか?」
「別に、……咲妃が良いんなら良いけど」
そもそもふたりともをしっかりと送り届けるつもりではいる。咲妃に対してそうは言ったが、実際固辞されたからといってあっさりと引き下がる気はなかった。
少なくとも菜那か咲妃のどちらかがひとりになることは避けたかった。俺だけが単独になるのは問題はないのだが、女子ふたりだけというのももちろん不安はあった。
「まー、せっかくレンレンがそう言ってくれたわけだし、お言葉に甘えさせてもらおうかな。……あと、ちょっと詰まったけどしっかり言えたのは合格」
「だから、やかましいっての」
しっかりとバレていた。『咲妃』と発するのに澱んだのは一瞬だったと思っていたのだが、言われた側はしっかりと分かっていた。ちょっと恥ずかしい。少しくらいはカッコつけさせてくれてもいいじゃないか。
○
「じゃあ私はこの辺で大丈夫だから」
5分程度歩いたところで迎えた小さな交差点。咲妃がするりと住宅街側へと曲がろうとする。
「家の前までじゃなくて良いのか?」
「……おやおやぁ? レンレン、私ん家にも興味ありなの?」
「だからさぁ、そういうことじゃなくてさぁ……」
いちいち俺をからかわないでいないと気が済まないのだろうか、コイツは。
「っていうか、誰かの家に興味津々なのはどっちかと言えば咲妃の方だろうが」
「バレたか」
「そりゃバレるわ。ってか、あからさますぎるんだよ」
俺ん家に散々来たがっていたのを棚に上げようとするのはかなり甘い話だ。
「まぁでも、実際大丈夫だと思うわよ」
「そうか?」
「だって、すぐそこのそれだもの」
「え?」「あ、コラっ」
そう言いながら菜那が指差すのは角地にある家の隣。菜那の家ほどではないものの、わりとしっかりと大きな邸宅だった。
「そういうことか、なるほどな」
「菜那さぁ。そんなにあっさりバラしちゃうことなくない?」
「良いでしょ別に。……咲妃も別に絶対に知られたくなかったわけじゃないでしょ」
咲妃は、俺たちからするっと視線を逸らした。――考えていることは何となく分かった。
黙っていても良かったのだろうが、菜那も何かしら思うところがあった――のかもしれない。そこまでイジワルをしてやろうという腹づもりではなかったと思うけれど。
「ってことは、やっぱりレンレンも自宅の場所を私たちにカミングアウトするべきよね」「何でだよ」
「不公平だから」
スパッと言い切られる。理解は一応してやろうと思う。
たしかに、咲妃の言うとおりではある。菜那の家は咲妃も俺も知っている。咲妃の家は菜那も俺も知っている。俺の家は、咲妃も菜那も知らないはずだった。
だからと言って納得することもないのだが。
「まぁ、じゃあ、機会があったらな」
「それ、『行けたら行く』理論じゃん?」
「バレたか」
いずれは――なんて。そんな機会は本当にあるのだろうか。
「ほら、あんまり遅くなるとアレだろ?」
「そうね、ふたりの時間が短くなっちゃうもんネ」
「早よ行け」
全く油断も隙も無い。
「ハイハイ。あとはきっちり真摯なレンレンに免じて、ってことで」
「おう。気を付けてな」
「そこまで気にしてくれるんなら、私が家の中入るまで見送ってて」
「言われなくてもそのつもりだったわ」
「……ふぅん」
そこで冗談が返って来ないと、俺が無駄に恥ずかしくなるから止めてほしい。
「じゃあね、咲妃。また明日」
「うん、バイバイ」
そんな妙な雰囲気を、菜那はキレイに断ち切ってくれた。助かる。
小さく手を振りながら俺たちに背を向ける咲妃。門扉を潜ったところでこちらをもう一度確認する。俺たちがいることをしっかりと確かめるようにもう一度手を振って、無事に帰宅と相成ったようだ。
「じゃあ、俺らも行くか」
「そうね」
小さく頷く菜那と、不意に向き合ってしまった。
同時に過っていくのは、咲妃に言われた言葉。
思わず、下から上へと視線を動かしてしまう。
「その……あのさ」
「なに?」
何となく飛び出していった言葉を、菜那はしっかりと追いかけてくれた。
――スマン。改めて見てしまうと、長文なんか出て来ない。
「……菜那のが、イチバン良かったと思うから」
「…………そう」
――沈黙。
「行くか」
「ん」
そこから俺たちは無言で歩いた。




