4-11: さながら浮気を疑われるカレシのような様相
週刊誌の記者が図々しくも盗撮してきた写真を事務所に送りつけられたタレントというのは、こういう気持ちになるのだろうか。同じ目に遭って初めて理解できるとかいろいろなところで言われているが、その気持ちのカケラくらいには触れることが出来てしまったのだろう。出来たら一生涯経験したくなかったが。
たった今送られてきた画像は、まさにそんな感じの雰囲気。
親密そうに女の子ふたりと話している男がひとり。この男というのが俺ではない誰かであればまさに知らない顔をすることが出来たというのに。
「あー……」
さて、どうするべきか。
これは一体どういう状況だろうか。俺は一体どういう返答をするべきなのだろうか。
まぁ、ありのままを伝えるだけでイイとは思う。疚しいことなど何も無いのだ。
そもそも俺を盗撮してんじゃねーよ――という筋で反論をすることもできるとは思うが、そっちは後々面倒なことに発展しそうなので自衛策として放置することにした。
「これはただ、ウチのクラスの女子が来てちょっと話してただけだ」
「そんなもんだとは思ってたわよ? シンプルに『何か良い雰囲気じゃね?』って撮っただけだし」
「……ああ、そうかい」
だったらこれは何の時間なんだよ。
「でも何かレンレン楽しそうだねーって、浴衣女子にへらへらしてるねーって、ふたりで言ってたのよ」
「へらへらって、人聞き悪いな」
「でも浴衣女子が好きなのは事実でしょ?」
「……まぁ、うん。そうな」
何だか『さっさと認めちまった方が楽になれるんだぜ』と、高圧的な刑事から繰り返し言われているような感覚だった。実際、嫌いな男子なんてそうそう居ないと思うし、ここは認めておく。
「こういうのを見せつけられた菜那が妬いてたから。その報告ってことよ」
「……ん~?」
ホントかぁ?
咲妃のことは信頼できる存在にはなりつつあるが、菜那に関する部分では話を盛ることが多い。ここは話半分程度で受け取れば良いだろう――なんてことを思いながらも一応菜那の表情を覗ってみる。
――が。
「そういうのじゃ、無いから」
「……ぉ、おぅ」
何だよ。それ。
わずかに視線を俺から逸らしながら、ぽつり。
もうすっかり夜の帳に隠されたその表情こそハッキリとは見えない。
だが、ちょっとだけ照れ隠しのような態度に見えるのは、気のせいだろうか。
何なんだよ、それ。
それじゃあ、咲妃の言うとおりに、ちょっと妬いてるみたいじゃんか。
こっちまで恥ずかしくなってくるじゃんか。
「まぁ、そんなわけでさ。明日ってレンレンはどんな感じ?」
「あ? どんな感じって言われても、ステージ発表だろ?」
まるで俺たちの反応に満足したかのように、咲妃は話題を切り替えに来た。
これ以上続けられても俺たちはどんどん咲妃の思う壺にハマりそうだったので、まさに渡りに船だった。――この後、海に突き落とされる可能性も否定はできないが。
「役割的な話よ。ステージ立って何かやるとか、そういう感じの」
なるほど、そういうことか。
ステージ発表とは、白陽潮陵高校の学校祭の2日目、土曜日に行われる、簡単に言ってしまえばクラス毎の出し物だ。ダンスするも良し、大道芸をするも良し、本格的な演劇に走るも良し――何でもござれなイベントタイムだ。
「俺は裏方専念組だな。照明とかやらされる系の」
学校の体育館裏にある器材室とか設備は昔から見るのが好きだし機会があれば触りたいタイプだったので、内心嬉しかったりはする。
「演者の方ではないのね」
「さすがにな。そっちは丁重にお断りした」
まさかこの発言が菜那の方から出てくるとは思わなかった。至ってナチュラルに答えられたが少し奇跡だった。
「そもそもバイトで居なくなってるタイミングが多かったし、作業に参加しても行燈の方がメインだったからな。そっちの役に立てるタイミング無かったから裏方に行った感じだな」
「なぁんだ、レンレンもうまくやってんじゃん。だったら私たちと同じ感じね」
感心したように言う咲妃。
「ああ、前に言ってたのって、そういうことか」
「そうそう。私たちの場合はそれっぽいタイミングを見計らって別の作業を入れてたわね」
「教室の飾り付けとかか?」
ふたりから訊いた話に依れば、かなり凝った内装になっているとか居ないとか。
たしかに作業人員は極力確保したいところだろう。
「それもやったけれどね」
「私たちはむしろ学外への連絡というか、そういう調達をするための交渉係みたいな」
「……ああ、なるほどな。その役回り有ったわ」
そして地味に重要なヤツ。しっかりとした礼儀正しい受け答えが出来ているとより良いヤツ。
「ふたりならたしかに適任だな。ハキハキしゃべれるし、礼儀も弁えてるし」
「ありがと」
「あら、レンレンがデレた」
「デレてはいねえよ」
普段からツンでもねえし。
「ってことは、本番は明後日ってことねー。たのしみぃ」
「……咲妃、ずっとこんな感じだから気にしないで」
見るからにワクワクが止まらないような顔をする咲妃に、完全に置いてけぼりで呆れるしかない菜那。この構図、たしかにここ最近ずっと見ている気はする。普段からそういうイメージはあるが、今日はとくにハイテンションモードのようだった。
そんなにイイかねえ。
結局は学校祭の模擬店でしかない喫茶室。高校生だけでやるモノにそこまでの魅力も無かろう――と思ってしまうのはさすがにひねくれすぎだろうか。
ここで敢えて咲妃の気持ちを折るようなことは言いたくないし、そんな必要も無いと思うので、何も言わないでおくけれども。
それにしてもマジで楽しそうだな。明日もこのままのテンションをキープしそうな予感しかしない。菜那も何となく疲れているような顔をしているのは、それをある程度ハッキリと予知しているのだろう。付き合いが長いから分かるのだろう。ご愁傷さまだ。
と、そこまで話していてふと気が付く。
俺たちもそろそろしっかりと家路に就かないとマズい。
周りの生徒もだいぶ減ってきている。
「ちなみに今日はこのまま帰るのか?」
「私はそのままだけど」
「私も」
「そっか」
考えてみれば当然だった。どこで着替えるのだという話だった。
「……」
「……」
「……」
――謎のサイレントタイム到来。
4つの瞳にガッツリと見つめられる。
咲妃だけじゃなくて、菜那にもしっかりと見つめられる。
明らかに、何かを期待しているような視線。
それくらいは、俺でも分かった。
「……じゃあ、行こうか」
「3秒遅いわね」
「うるさいなぁ」
流れ的にはそうだろうと思ったよ。
慣れてないんだよ。こういうことには。
○
俺たちもまったりと帰路に就く。ペースはゆっくり。鼻緒で足を痛めていたり、俺の速さに付いてこさせてそこで余計な傷を作ってしまいたくは無かった。
ちなみにだが、咲妃があまりにも強く言ってくるので、結局俺は法被を着たままの帰り道だ。まぁ、横を浴衣の女子が歩いているのでそこまで浮きはしないし、時間もずれたので周囲の人はかなり少なくなっている。気にすることはなかった。
「そういえば……」
菜那が話を振ってきた。
「ん?」
「さっきの行列のときに、伯父さまが」
「そうそう! レンレンにその話訊かないといけなかったんだ」
「ああ、見つけた?」
ウチのクラスとふたりのクラスは連続だったから、伯父さん側から見つけやすかっただろう。
「見つけたわ。アレって伯父さまとお客さんかしら?」
「ああ」
「何かアイドル向けみたいな団扇用意してたわよ」
「推し団扇ってヤツ」
「は?」
どういうことだ、それは――と訊けば、伯父さんとお客さんが、ふたりの名前をデザインした団扇を振っていたとか。
手先が器用で推し活も熱心な方がお客様にいたはずなので、恐らくは実際に作ったのはあの人だろうと目星は付いているが。そのことをふたりにも教えてあげたところ、ひとまず納得はしてくれた。
しかし、そんな物をいつ用意していたんだろうか。っていうか、発起人は誰だ?
いや、まさか――伯母さんだったりしないよな?
「他のヤツらは気付いてた?」
「たぶん気付いてないと思う」
「私たちと目が合った瞬間にパッと出してきた感じだったわ」
「なるほどな……」
じゃあ、セーフか? ふたりの普段の人気具合からすれば騒ぎになってないということは気付かれていないということだろうけど。
「まぁ、あれだ。かわいがってくれてると思ってくれ」
「それはわかるわよ、さすがに」
「わざわざ作ってくれたってことでしょ」
菜那も咲妃も納得してくれているようなら、それでイイ。じゃあこの話はこれで――
「パッと見ても分かるくらいにセンス良かったしね。団扇なのにセンスが良い、ってね」
――サイレントタイム、再び。