4-10: 法被と浴衣と嫉妬
「おつかれー」
「おー、おつかれさーん」
誰かしらと目が合えば自然と出てくるのが労いの言葉たち。だが、そのトーンはどれも一様にしっかりと疲れ切っていた。
今年度の行燈行列も無事に終了した。とはいえ『家に帰るまでが遠足だ』というフレーズを借りて厳密に言うのならば、まだ終わりではない。
行燈自体は3学年全クラス分である21基が所定の箇所に置かれていて、今はトラックによる搬出を待っている状態だ。深夜までには再度学校内に送られ、後夜祭での点灯式と結果発表を待つことになる。
俺たち生徒はどうなるかと言えば、現地解散だ。ここならばこの街の主要駅である白陽駅にもまぁまぁの距離ではあるし、バスターミナルもある。各々が家路に就くには最適だった。
もちろん俺も多分に漏れず帰り支度を済ませたところだ。さっさと散っていく生徒も多い中、俺は少し周りから離れたところで汗のケアなどをしている内に大きな流れからは無事に置いて行かれることができた。
「……しかし、コレはどうしたもんか」
大きな列から外れるとなると、逆に処遇に困るのがこの法被だった。大勢でまとまって同じ恰好をしているのであれば恥ずかしさのようなモノは最小限に抑えられるが、単独でこれを来たまま帰るとなると難易度は格段に跳ね上がる。
いっそのことを脱いでしまった方が――。
「ぃよっす、お疲れさまぁ」
「お疲れさま」
「ん?」
そんなことを思っていると、もはや聞き慣れた声が、ふたつ。
振り向いて、その瞬間思わず小さく「ぉお……」と唸ってしまった。
そこに居たのは二階堂菜那と稲村咲妃。
ふたりとも――ある意味当然というか何というか、浴衣姿だった。
そしてこれもまた当然というか何というか、ふたりのその浴衣姿に思わず唸ったというわけだ。
今だったら確信を持って言える。このふたりは間違いなくウチの高校のツートップ。他学年の現状については知らないから、少なくともウチの高校の2年生のという注釈を挟む必要はあるのかもしれないが、そんなことは些末なことだ。
「お疲れさま」
「あっ、ちょちょちょ! 何で脱ぐのよそれ」
「へ? いや、別に……」
汗もまあまあ染み込んでいそうなコイツを着たままでこのふたりに相対するというのもさすがに気が引けるので脱ごうとしたところ、何故か稲村――じゃなかった、咲妃が急反応を見せる。
――まさか、コイツ。
「着てて」
「おぅ」
「っていうか、ちょっとピシッとして」
「は?」
「イイから」
いつも通りの、有無を言わせない感じ。
釈然としないが言われるがままに襟元などをちょっとだけ直してみる。
「こうか?」
――カシャッ!
「あ、コラ」
気付けばガッツリとレンズを向けられていて、あっさりと1枚撮られる。
「はい、もう1枚~。今度はコッチしっかり見てー、何かポーズ!」
「はぁ?」
「さん、にぃ、いち!」
――カシャッ!
「何そのポーズ。中途半端な、ガッツポーズなんだかピースサインなんだかもよくわからない感じの」
「撮られ慣れてないんだからそういうのは勘弁してくれや。……っつーか、そういうことを言うんなら、そっちがポーズ指定してみたらいかがですかね、撮影監督さんよぉ」
ふつうそういうのってカメラマンサイドから指示を出すもんだろう。なんでこっち依存なんだよ。――いや、そういうのもあるのか? 知らん。お目にかかったことがなければ然して興味がある分野でもない。知らん、知らん。マジメに考えていたらそれこそ咲妃の思う壺だ。
「……はい、送信完了~」
「は?」
俺だけがよくわからないままに事が進んでいく。スマホは相変わらず賢くしっかりと任務を遂行しているようで、小さな振動で咲妃からの着信を告げた。
「写真送ったから」
「コレの?」
「そ」
「別に自分の法被姿なんて見たところでしゃーない……って、おい、何だこれ。いつ撮った?」
送られてきたのはこの2枚だけだろうと思っていたがとんだ油断だった。送られてきたのは合計5枚。今撮られた2枚はもちろんだったが、完全に出先不明の写真があと3枚あった。
「出発前に決まってるでしょうよ」
「そりゃあな。そりゃそうだろうな。明らかにウチのクラスのがいるからな」
ならば撮影時間は全員が外に出て行列出発待機をしていたタイミングしかあるまい。ウチのクラスは明らかに他よりも集まりが良かったおかげか全員で長々と駄弁っていた時間は多かったが、その最中だろう。だったら気が付くわけもない。さすがに屋外で話しているときに遠目から聞こえてきたスマホのシャッター音に気付けるほど、俺の神経は過敏じゃないはずだ。
「でも、結構似合ってるじゃんね、その法被。普段から着てるんじゃないかって思う位にフィットしてるけど、普段とのギャップが良いわよ」
「そうか? まぁ素直に受け取っておくよ」
「何でそこでひねくれるのよ。こういうときにウソは言わないわよ」
そこまで言われると返ってむず痒さを覚えるのだが。その辺りの機微はコイツにはわからないのかもしれない。
「デザインも結構良いわよね。色味がレンレンに合ってるというか。……ねえ菜那、聞いてる?」
「……そうね、センスは悪くないと思うわ」
二階堂――菜那は、咲妃が問いかけたところでようやく気付いたが、何となく上の空のような、ちょっと疲れているような雰囲気があった。
疲れてないわけはないだろう。行燈を担いだかどうかは各クラスでの事情もあるので知らない――尤も5組の連中が菜那や咲妃の意向に関係なく彼女たちに持たせるかと考えれば、その可能性は無さそうだった。
「……」
「……ん?」
そんなことを思っていたが、不意に訪れた沈黙。
大抵こういうときは咲妃がどうにかしてくれるのだが、コイツもコイツで黙っている。
――いや、違う。
咲妃の目が何かを訴えてきている。間違いなく、この俺に、何かを訴えかけている。
これは明らかに、『今はお前のターンだよ。早くしろ』の目だ。
「何だ?」
だが、何を要求されているか察することが出来るのなら、こんな沈黙は生まれないという話でもある。俺はシンプルに訊いてみることにした。
「褒めてもらったら褒め返す。これ、常識だから」
「ああ、……ぉう」
そういうことかよ。
難易度の高いことを要求しやがって。
「……似合ってるぞ」
「全然ダメ。もっと具体的に」
そうなるとは思っていた。
「まずは私からね。ハイどーぞ」
「……稲村のは」
「ダメダメ」
「今度は何だよ」
「名前、名前。忘れてる」
「ぉお」
意識が完全にそっちに流されていた。難易度が高い物をふたつ同時に要求されているせいだろう。
一度咳払いを挟んで思考回路も整え直す。
「……咲妃のは、そうだな。差し色のオレンジとか黄色がいつもの雰囲気に合ってるし、でもきっちりキレイめな感じも出ていて、似合ってるぞ」
間違いではなさそうな褒め言葉を必死に繋いでみたが、あまりにも言い慣れていない言葉の羅列になっていて、文章的にも印象的にも正しいモノになっている気がしない。女の子の恰好を見た瞬間に、何に力を入れていてどこを見てほしいと思っているのかを察して褒めてあげられるようなスキルがあるらしいが、それを少しでも分けてほしかった。
「……ん」
咲妃の反応ではそれが正解だったかもよく感じ取れなかった。
「じゃあ、菜那にはもっと長文で言ってあげるようにっ」
「難易度上げないでくれマジで……」
現代文の記述式回答より難しいぞ、これは。
「っていうかレンレン、浴衣好きなんでしょ?」
薄っぺらい俺の脳内国語事典を引こうと思う間もなく話題がスイッチされた。菜那への称賛は後で勝手にやってろということならば、とりあえずそれでイイ。
――いや、良くないぞ。何かとんでもないことを訊かれているぞ。
「何でそんな話になる? ……まぁ、別に、その、嫌いなわけじゃないが……」
「ふぅん……」
何となく不満気な吐息は、菜那の方から漏れてきた。
え? なんで?
そんな風な反応される原因って何かありましたかね。
「囲まれて嬉しそうだったもんねえ。菜那ね、今妬いてるのよ」
「は?」
「そういうんじゃないから」
何のことだかさっぱり分からない。何も取っかかりが見つからない。
だが、菜那と咲妃の間ではいつも通りに通じている――というのだろうか。少なくとも菜那は納得していないようだが。
「ちょい待ち」
咲妃がまたしてもスマホを操作する。間もなくして俺のスマホが反応する。
また画像か何かが送られてくるのか――。
「あっ」
なるほど、アレは前座だったということか。
俺に送られてきた新画像はさっきの続き。クラスの男子で駄弁っていたところに浴衣に着替えた女子陣が合流してきて、俺のところには岡本美玲と坂下夏菜海のふたりがやってきたところだった。




