4-9: 行列道中、異常もありやなしや
白陽潮陵高校の学校祭における行燈行列の順路は実にシンプル。
正門から出て真っ直ぐに海を目指し、ゴールはその海岸沿いにある広場。それだけ。
言葉にすれば確かにそれだけなのだが、ここは海の街でもあり坂の街でもある。幸いにして急傾斜になっている箇所は少ないのだが、それでもこの巨大な構造物を担ぎながら坂道を下り続けるというのは負荷がかかる。そしてあくまでも急傾斜になっている箇所が他のエリアと違って少ないだけであって、無いわけでは無い。
去年はその過酷さを言葉でしか知らなかったために、死屍累々で阿鼻叫喚という1年生が大量発生したわけで。
「要するに、舐めてかかると確実に痛い目に遭うってわけなんだよな」
「そうだな。しかも、たぶんだけど、去年作ったヤツよりちょっとデカいし、中もパーツが混んでるから重さは増えてるはずだ」
「……なるほどな」「確かにな。……はぁ」
「ちなみにだけど、本家の学祭のはもうちょっとデカいらしいぞ」
「……マジかよ」
翔太と亮平が早くもゲンナリしている。余計な一言だったかもしれないが、その辺の覚悟は予めしておかないと、海に辿り着く前に心が折れてしまいかねない。きっとこれは必要経費だ。
「はい、では次出発してください!」
そんなことを言っている間に、ウチのクラスの出発時間がやってきたらしい。
「っしゃあ! 行くぞぉ!!」
「おー!」
威勢良く決めていた持ち場についていく。俺は全体的なところを見渡せるようにということで歩道側の中央部を担当するハメになった。こういう言い方をする理由はたったひとつ、ココがイチバン重いからだ。
ずっしりと肩にのしかかる重み。ああ、これだこれだ。この感触。丁度1年前にも感じたこの重量感。今後確実にやってくる疲労感を考えるとまだまだ全然テンションは上がってこない。
だからこそ――。
「わっしょーーーい!」
「わっしょーーーい!」
必死になって大きな声を出すことで、強制的に気持ちと顔を前に上にと向けて行くのだ。
公道に出てからはいよいよ本番。沿道にはこの辺りに住んでいる人が応援してくれている。片側2車線の通りの片方を占拠しているのだが、その車道側からも応援が飛んでくる。
そうなってくると、徐々に本当にテンションが上がってくるモノで――。
「らっせーらー! らっせーらー!」
「らっせーらっせーらっせーらー!」
だからこそ急に青森県風味が強い謎の文化に染まり始めたとしても、誰ひとり違和感を抱くこともなかった。不思議な空間がそれぞれの行燈の周囲に形成されていく。それはどこのクラスの行燈でも同じようなモノだった。
大きめの通りをひとつ横切ったくらいでようやく道半ば。
「これで半分くらいだよー!」
沿道からも逐一報告が飛んでくる。たとえ学校祭初参加の1年生であっても、周りの人たちからの助けがある分、いくらか精神的なサポートが得られるというわけだ。
「おー、今年のも立派だなぁ! 蓮?、がんばれ?!」
急に聞き覚えしかない声が聞こえてきた。そちらを確認すれば案の定声の主である伯父さんを確認できたし、その横には常連のお客さんたちの姿も見えたので、一応は手を振って応えておく。
去年は声こそ辛うじて聞き取れたものの、どこで叫んでいるかは確認できなかった。だから何の反応も返してあげられなかったのだが、その点から見ればどうにか1年分の成長はあったらしい。良しとしておこう。
「え、今の誰? お父さんとか?」
俺に向かって団扇をばたばたさせながら岡本が訊いてきた。こうなることも予想通りではある。とはいえ、喫茶店だのの周辺の話は伏せておいたが。
「へー! そうなんだ!」
意外にも大きめの反応が返ってきた。
「何か……イケオジ的な感じ?」
「あ、わかる! ダンディな感じあった!」
「じゃあ、ウチのクラスの子から褒められてたぞ、って報告しとく」
「よろしくー」
この反応にデジャヴュ感があると思ったが、その正体はあっさりと判明する。どこからどう考えても稲村咲妃だ。ああいう感じのが刺さるタイプはウチのクラスにも居たようだ。こんな話はしたことがないので紛れもなく新事実だった。
「30年くらい経ったら深沢くんもあんな感じになりそう」
ただ、この話の流れのままで岡本がこんなことを言ってくるから、若干反応に困ってしまう。重たいモノを担いでいる状態だから余計に困る。
「それは……褒められてるのか?」
「褒めてるよ?」
「お、あ、……ありがと」
ド直球に返されてもまた困る上に、そういう言われ方をした記憶が今までの経験では一切無かったのだが、まぁいい。褒めてくれているということならば素直に受け取っておかないとダメだということは最近学んだことのひとつだった。
そんな不慣れなことも経験しつつ、行燈の行進も残り2割ほどになった頃合いだった。
「あ……!」
「ん? どうかした?」
「何か、照明チラついている……感じがするんだけど?」
「え」
「あと、腕パーツ! 何かすごい揺れてる!」
「え」
不穏な声が、外から見ている女子陣から飛んで来た。
「ちょっと確認するぞ!」
「おー!」
予め決めていた緊急フォーメーションを敷く。行燈に何らかの問題が発生したときは俺が一旦持ち場を離れてその箇所を確認し、その間はそれぞれの持ち場を少しずつ移動して全体のバランスを採るというモノになっていた。
そもそも俺はそんな役目を拝命する気は一切無かったのだが、翔太を始めとする連中から一様に推されてしまっては断る理由はさすがに無かった。序盤戦はクラス活動にあまり参加出来ていなかったのでせめてもの罪滅ぼしが出来たらとは思っていたので、その意味ではありがたい提案でもあった。
もちろんこんな事態は出来るだけ発生してほしくはなかったが、起きてしまったのだから仕方が無い。少しだけ離れたところに移動して確認をする。
揺れの大きい場所というのは幸いにして問題箇所はすぐに特定できた。今度は中央部に潜り込んで確認する。丁度躯体の真ん中辺り。実際に担いで運んでという動作をするときに最も揺れる場所だった。
「おっけー、わかった!」
「早いな!」
「すぐ直す!」
「マジか! イケるか!?」
「イケる、ひとりで大丈夫だ!」
幸い土台部分に結わえているワイヤーが緩んでいて、それでグラついているように見えているだけだった。実際少し浮かせるようにして配置しているパーツなのでそれくらいの揺れは想定内ではあったが、ここまで揺れているのは明らかにワイヤー同士を固定させている部分の止めが甘い。そこを修正すれば――。
「どうだ!?」
「大丈夫そう!」
照明がチラついていたのはパーツ同士の動揺で陰が出来たり出来なかったりを繰り返していたせいらしい。助かった。電飾系の接続が甘いなどの要因が絡むと、一旦バッテリー本体との導線を外したりする事になる可能性があった。
「フォーメーション解除で良いぞ!」
「おっけ! 緊急フォーメーション解除!」
翔太に作業完了を告げれば修理ミッションはコンプリート。
「やれやれ……」
俺の代わりに真ん中に入ってくれていたヤツと場所を変わって完全に任務完了。
遂行不可能なヤツじゃなくて良かった。もし不完全なままでゴールに向かってしまっては最終的な行燈審査のときに大きな減点を喰らいかねなかった。
「また大活躍じゃん!」
「すごいすごい!」
「どもどもー」
岡本と坂下から労いの団扇風を浴びる。そしてばしばしと肩や背中を叩かれる。普段のテンションも比較的高い方のふたりではあるが、これは学校祭の空気に中てられているのかもしれない。俺も若干よくわからない感じになっている。
だけど、こういうのはやはり悪くない。
そう感じられることがとても有り難く思えた。




