4-8: 浴衣女子は正義
とうとう金曜日になった。つまり、学校祭本番の1日目だ。
1日目とは言うが、祭りが開幕するのは夕方。もはや夜も始まったというような時間帯。
そこで始まるのが行燈行列ということで、さながら青森名物・ねぶた祭りをきゅっとお手軽サイズにしたようなモノを担ぎながら校外を出て、さらには海岸通りまで練り歩くというものだ。
しかもきっちりと交通規制もするという本格仕様なものだから、なかなかに気合いが入った連中も多いのが通例だ。
それはもちろん俺たちのクラスも多分に漏れることはない。
つい先ほどまでは担任と副担任が差し入れとして持って来てくれたハンバーガーを全員でいただいていたが、今や教室はテンションが上がってきた男子連中の更衣室になっていた。
「だいぶイイ感じじゃね?」
「去年のより全然良いわこれ」
「あー、何か……ヤバかったもんな、おまえんとこのクラスの」
目の前でしこたま面倒くさい小芝居をしている翔太と亮平、そしてもちろん俺もではあるが、ウチのクラスの男子全員が揃いの法被に身を包んだところだ。
学級ごとにオリジナルのシャツを作ることはどこもやるとは思うが、ウチの学校はこの手の作業のときに使うツナギだったり、この行燈行列のためだけに使う法被や着流しを揃えたりすることが多い。行燈審査にはとくに関係は無いと言われては居るモノのやはり有る程度心象に作用するのではないかという説があったり、いつもと違う恰好をみんなでするという高揚感も得られたりと、そんな付加価値もあるらしい。
ウチのクラスの場合はある程度の実用性も考えつつ、Tシャツに法被を合わせるというコーディネートだった。Tシャツがスカイブルーで、法被がネイビーブルー基調。海街にはよく映えると個人的にも思っていたりはする。――個人的に似合ってるかどうかは別問題だ。
武装が終わったところで何故か円陣を組んでから、全員で待機場所へと向かう。たしかに出陣感はあるな、とこっそり思ってみてしまったあたり、俺も一応は気分が上がってきているらしかった。
「それにしても似合ってんなぁ、亮平さんよぉ……」
「よせよ……、そういう翔太さんの方こそ似合ってんじゃねえかよぉ」
俺の前で面倒くさい空間が作り上げられていた。あまりにもこれ見よがしな予感はするが、何がしたいのか分からないので生暖かい眼差しでも送っておこう――。
「……でもまぁ、蓮には負けるな」
「そうだな」
「は?」
半ば案の定、おかしな風向きになったらしい。気圧の谷間か、あるいは竜巻にでも遭遇したのかもしれない。何かに巻き込まれてしまったのは確定だった。
「いきなりどうした。どういうイジり方だ」
「いや、事実を言ったまでよ」
「大抵こういうのって体育会系が似合うって相場はあるだろ。何で蓮は似合うんだよ」
「そんなん知らんし」
法被なんて羽織ればいいだけのこと。いちいち鏡を見ながら着たわけでもないし、その様を自分で確認したわけでもない。だからこそ本当に知らないわけで。
「だから、実質蓮は体育会系ってことよ。つまり――」
「部活はやらんて、今更」
「クソっ、マジでガードカタいなお前」
そんなことだろうと思った。散々言われ続けていれば回避力も防御力も勝手に上がるという話だった。
○
そんなくだらない話をしているうちに持ち場に到着した。
全体的な集まり具合はまだまだ良くない印象はある。2年生ではまだウチを含めても2クラスしか来ていないらしい。
そもそも通りすがりのテントではまだてんやわんやだったところもある。大抵のクラスでは土壇場まで作業を続けている、いわゆるデスマーチ状態で、こういう着替えをしている余裕もあまり無いということらしい。今も「もう時間ねえぞ!」とかいう叫びとか「うあああああ!」とかいう断末魔が聞こえてきている。ただただ恐ろしい。
「こうしてられるのも蓮のおかげってわけだからな」
「……何も出ねえぞ」
「照れんな照れんな」
時折こういうど真ん中直球の言い回しをしてくるから反応に困る。
ただ、翔太は学祭準備の話になると必ずこうして俺を立てるような言い方をするので、どうやら本当に感謝してくれているらしい。
「さて……うちのクラスはそろそろだろ」
チラチラと通用口の方を気にする男子諸氏。
その期待はすぐに叶うことになった。
「お、来た来たぁ!」
「イイねえ!」
元々結構テンションが高めだったはずなのだが、ここに来て殊更にぶち上がる。
理由はシンプル。
――浴衣に着替えた女子陣がやってきたからだ。
「うんうん、やっぱ女子の浴衣はええのう……」
「これのために行燈作業やってたみたいなところあるもんな」
不純な動機を抱えながら学校祭準備に勤しんでいた輩も居るらしい。一定の理解はしてやろうと思う。
「……で、誰がナンバーワンよ」
「俺? ……岡本かな」
「マジか。へえ……」
「あ、ズルいぞ。お前も言うのが礼儀ってモンだろうが」
「……坂下」
「ほほう……」
まだ聞かれる距離感ではないのを良いことに好き勝手に感想を曰っていく。
――まぁ、一定の理解はしてやろうと思う。
出てくる名前が時々翔太や亮平の話にも上がってくることがある女子の名前なことを鑑みれば、下品な言い方にはなるがやはり上位層ということのようだ。
「みんなお疲れさま!」
「イイじゃんイイじゃん! やっぱ統一感ある方が良いわ」
やってきた女子陣もわりかしテンションが高めだった。これは学園祭効果か、あるいはこの法被効果なのか。そこら辺は俺程度の女子的思想の理解度では分かるはずもなかった。
「はい、じゃあ男子、みんながんばってねー」
「団扇もハンディファンもあるから安心してね」
「ありがてえありがてえ……」
何百キロあるかもよくわからない――おそらく誰も計測したことはないし、いろんな意味で計測する気もないだろう行燈の重さを考えても、さすがに女子に担がせるわけにはいかないというのがまさしく総意。
もちろん担いでみたいという場合はそれに反対することもないし、体力的に無理という場合もそれを強制することはないのだが、行燈を担ぐのは男子諸君の仕事で、それを補佐するのは女子。そういう構図になるのが基本だった。
したがってウチのクラスも多分に漏れることなく、男子が行燈を担ぎ、その男子ひとりに対して最低ひとりは団扇で扇いだり水をあげたりするという役割分担ができているというわけだった。
「……ん?」
そんなことを思っていた俺の近くには、いつのまにやら女子がふたり。さっきもチラッと男子の中で話に上がっていた岡本美玲と坂下夏菜海だった。
「お疲れさまー」
「まだもうちょっとがんばってもらうけどね」
「あ、俺に?」
「そうだよ?」
「何でそこで意外みたいな反応?」
男子連中から微妙な視線を向けられているからです――とはさすがに言えず。
嫉妬心の塊をぶつけられるような感じじゃないだけまだ良心的なのかもしれないが、それでも何となく据わりの悪さはあった。
「聞いたよ~? 今年のMVPなんでしょ?」
「そんなこともな」
「そんなことあるんだよなー」
そんな言われ方をされると荷が重いと固辞しようとしたが、それは翔太にガッチリと肩を抱かれながら阻止されてしまう。
「イイから役得だと思っておけよぉ?」
そして小声でそんなことを言い残して、翔太は去って行った。
あれだけ合コンにお熱だったヤツにそういうことを言われると逆に怖さすら感じてしまうのだが、いろいろとここで否定を重ねても面倒なことになりそうな予感もあった。
翔太の言うとおり、たしかに役得であることは否定しない。カワイイ子にサポートをされて喜ばない高校生男子が果たしているのだろうか――いや、居るはずがない。反語を使ってでも強調をしたくなるところだった。
「……じゃあ、その、もうちょっとがんばらせてもらうわ」
「おっけー」
「まかせときぃ」
ふんわりとした色香にあてられそうになりながら、これから待ち構えている重労働に向けて気合いを入れることにした。




