4-6: 慣れないことをしこたま要求されるの巻
そんなこんなで学校祭前日、木曜日。
わりとしっかりとした疲労感に溺れそうだった。
祭り本番前だとにこんなに疲れることになるとは思わなかったが、それも仕方ないとも言える。ウェイターのバイトをしているものの、力仕事への耐性は今ひとつだった部分が災いしたようだ。
今日までの3日間、翔太にも言った手前もあるのでしっかりと朝作業に参加することにした。
火曜日は7時45分に着くようにしてみたが、クラスメイトたちは既にしっかりと作業を始めていた。しかも結構集まりが良い。「よく来てくれた!」とみんなが歓迎してくれたのは嬉しいのだが、どうにもしっくり来ない。なぜか気まずさのようなモノが勝ってしまったせいだろう。
それならばと水曜日は7時30分に到着するように調整したが、それでも集まり具合は変わらず。マジかよと愕然としたものの、よくよく考えてみれば運動部の朝練習がそれよりも早く始まっているから校門もそれなりに早く解放されているので、家が近い連中はそれと同じくらいに来ているという話。
そうした流れの中にあった今日、少しばかりカッとなった俺は6時50分に来てしまった。おかげで日中ずっと眠かった。
もちろん眠かったのは俺だけではなかった。結局今日の授業中はクラスの半分くらいが夢の中だった気がする。ある意味優しい先生はそれを静かに見逃してくれてはいた。
――ちなみに、一部の連中は帰宅後すぐに寝て、夜な夜な登校してくるらしい。とんでもないやる気だ。
俺にはさすがにそこまでの気力が無いものの、それでもいつもより早く寝た上で、朝6時半には着くようにするつもりだった。
「じゃあ明日また」
「倒れんなよー」
「お前もなぁ」
明らかに全員に疲れの色が見えている。どこの作業用テントの近くでもどことなくふわふわとした感じのセリフが飛び交っていた。
校舎裏から駐輪場の脇を通って正面玄関方面へ向かう。だいたいの生徒の帰り道ではあるが、作業の締めが他のクラスより遅かった上にその後帰りの支度に少々時間を喰ったせいで、すでにそこまで人口密度が下がっていた。
――だからこそ、だろう。
「あっ!」
「……おぉ」
校舎から丁度出てきたところらしい二階堂と稲村に見つかった。
「おつかれさぁん」
「そっちもお疲れー」
いつもと比べれば少し気怠い感じはあるものの、そこまで疲れてはいなさそうなテンション感の稲村。そして――いつもと変わらないような気がする二階堂。……いや、気のせいか? あまり自信がない。
「せっかくだし、途中まで一緒に帰ろうではないか」
「おー」
断る理由はとくにない。さながら集団下校にも思えるようなラッシュのタイミングから少しでもズレてくれていて助かった――などとこっそり思っておく。
「とりあえずレンレンには訊きたかったことあるからねぇ」
……やっぱり断っておけば良かったか?
「念のため、何を訊きたいのかだけは聞いておこう」
そういえば、このふたり――というよりは主に稲村が気にしていたのは、俺たちのクラスが学祭でやる喫茶室の詳細だった。今日はその学校祭前日という事で学校祭の演目などが書かれている枝折――通称『ガイドブック』が生徒に配布されたところだ。その辺のことでも訊きたいのだろうか。
「この前見せたウチらの部屋着。アレってどーよ? レンレン的には刺さるん?」
――全然違った。違いすぎてビックリした。学祭なんて関係なかった。
「ガチで訊いてんの?」
「うん」
即答だった。しかもけっこう本気の目つきをしている。
ネタとかじゃなくて、しっかりと意見を頂戴しようとしている感じがビシビシ伝わってきた。
「菜那も気になるって」
「わ、たしは別に」
だが、一筋縄では行かせないのがこの稲村咲妃というヤツだった。
――それよりも、一瞬だけど、二階堂が動揺したように見えたのだが。
いや、やっぱり気のせいか。
でもなぁ。
ほのかに漂う違和感のようなモノが無いわけではなかった。一瞬だけ声が突っかかったような感じはした。いつもは淀み無く話すようなタイプの二階堂には珍しいとは思った。
もう一度、少しだけ二階堂の表情を伺ってみる。視線を送っていることがバレない程度の時間だけ。本当に少しだけ見てみる。が、当然わかるわけもない。パッと見てわかるほどに表情をコロコロと変えるようなタイプではないことくらい重々承知しているが、何かしらを掴めたらラッキーだと思ったから見てみただけのことだった。
「それで? 感想は?」
全然違うところに思考を飛ばしている内に稲村からの催促が来た。当然のように黙っていることは許されないらしい。
「本音で?」
「本音で」
逃げることも許さないらしい。
じゃあ、もう。言うしかない。
「………………刺さる」
「ハイ、よく言えましたぁ」
「何だよそれ」
満足そうなので解答選択肢を間違えたわけではないのだろうけど。
「ふふふ~、やっぱりレンレンもああいうのが好きかぁ」
「そりゃあ、まぁ」
何かが吹っ切れたか、もう夕方を過ぎたというのに続いている暑さのせいか。
「っつーかさぁ。前に自分らが言ってただろ。『我が校のツートップ』とか『二大巨頭』だとか」
「まぁねえ」
「私は言ってないわよ?」
「ああ、そうな」
実際に言ってたのは稲村だけではあるが。
「そのふたりが、ってことを考えてもその時点で――……って、いや、スマン。暑さと疲れで逆上せてるかもしれねえ」
明らかに余計なことを口走った――と思ったときには遅かった。
「ふふ~ん。……ねえねえ、菜那。今の聴いた? レンレン、今弱ってるって」
「……それで?」
「男は弱ってるときに本音を口にするのよ?」
「……ふぅん」
「知ってるくせに」
何がだ。
「それはそうと、ガイドブック見たよ。ふたりでね」
「お、おう」
話題の変化に付いていけない。部屋着トークから解放されたのならそれで全然構わないし大歓迎ではあるが、どうにかして食らいついていかないとまた話を蒸し返されかねない。
「『昭和レトロ』ね、アレの意味は分かったわ」
「それは良かった。……あの次の日だったから、俺も全容をしっかり把握できたのは」
結局のところ、昭和期によく着用されていたモノであれば何でも良いが、いくつかのグループに分けてある程度雰囲気は統一するということになっていた。
それもそうで、昭和初期ならば戦前も含まれるが、昭和後期であれば30年前程度。そのふたつの期間の服装が同じであるわけがない。
「レンレンの衣装ってどうなるの?」
「俺は伯父さんから借りることになってる」
「ほほう、あのマスターの私物と……」
「それなら外れなさそうね」
何故かちょっと嬉しそうな稲村と、どこか納得したような二階堂。
借りられそうな宛てがあるヒトは極力家族や親戚からということだったので、詳細を把握してすぐに相談したところ直ぐさま合わせを行った上、翌日には写真付きで報告。模擬店担当から即断許可という高速処理だった。
「たしかに、それだと衣装費用が圧縮できそうね」
「うわぁ、リアルみ強い言い方」
ぽろりと漏れた二階堂の反応に稲村が苦笑いを浮かべた。
「でも実際その通りで、『大正ロマン』とかまで遡ったら衣装代がバカにならない可能性もあるとは思うしな」
「レンタルするのも作るとしても限界はありそう」
二階堂らしい冷静な意見だった。
「私としては、それも見たかったけど」
俺のバイトの制服に反応する稲村らしい意見だった。
その辺も加味していたかどうかは分からないが、俺としては助かったかもしれない。
「それでいくと、そっちのクラスのも見たぞ」
「あ、やっぱ気になっちゃった?」
「そりゃまぁ」
あれだけ言われて気にしないほど無神経ではない。
「でも、あれは……何だ? 何かすげえってのは分かったけど」
とりあえずそっちのクラスは強い。絵力がとにかく強すぎた。
占いの館みたいな映え意識の空間とは聞いていたが、クオリティが高い。そっちのクラスに美術スタッフ志望みたいなヤツがいるとしか思えない。とりあえず公立高校のクオリティではなさそうな予感はあった。
「稲村はブースには入るのか?」
「……」
――ん?
至って自然な質問をしたはずだったのだが。
「え、なんで無反応」
「名前で呼ばないからでしょ」
――まさか。
あの時のあの流れも、ガチだったのか?
「あと、なんで私だけに訊いた?」
「ってことは二階堂も?」
「……はぁ~あ」
二階堂の反応が、稲村の深い深い溜め息で塗りつぶされた。
「だからさぁ。言ったじゃん、『せっかくだから呼んであげて』って。なんで名前で呼んであげないのよ」
何だか予想外のところから予想外の方向性で退路を塞がれたらしい。
――え、ホントに、名前呼びしないとダメなの?




