4-5: 名前呼びとかいう当社比最高難度の注文
さすがは二階堂というか、何と言うか。学年トップも獲れる才女らしく、なかなか芯を食った質問を飛ばしてくる。
『そうね、たしかに。レンレンが喫茶店でバイト経験があるから喫茶系ってことだと、いろいろと話は変わってくるけど。その辺は?』
妙なところにアクセントを置いて訊いてきたのは稲村。こちらもさすがと表現するべきだろう。普段から楽しいヤツではあるが、二階堂と連むほぼ唯一と言っていい存在なだけはある。
そして俺も一応そこまで鈍感ではないつもりだ。ふたりが言おうとしていることの意味はだいたいわかる。
「大丈夫、そういうことではないから。二階堂と稲村以外は本当にまだ誰も知らない」
『単純に、偶然、喫茶をやることになったってだけなのね?』
「そういうこと」
そもそも喫茶系の模擬店は人気がある。とはいえ全クラスで喫茶店をやるわけにもいかないので各学年で2から3クラスまでに絞り込むため、希望が集中すれば生徒会主催のくじ引き大会が行われることになっている。
ちなみにだが、このくじ引き大会は公平と公正を期すために、またテスト期間終わりのフラストレーションを晴らすために、さらには学校祭準備開始を盛り上げるために、学校祭準備開始の初日に第一体育館で執り行われることになっている。
要するに、ウチのクラスはこのくじ引き大会で『当たり』を引き当てたということだった。
『てっきり全部バレちゃったのかと思ったから』
『それが私らのせいだったら、……ちょっとね』
「大丈夫大丈夫、マジでそういうことは無いから」
『なら良かったわ』
口調からも表情からもふたりが心配してくれていることは分かったので、俺も出来る限り優しく応えた。
『んじゃまぁとりあえず、レンレンの接客には期待できるってことよね?』
「ん?」
何か、いきなり潮目が変わったというか――嫌な予感しかしないんだけど。
『ハイ! とりあえず指名は出来ますか?』
「やめれ、マジでやめれ。それだけはやめてくれ」
さっきまでの空気はどこへやら。あっという間に稲村はいつも通りになったし、その横で二階堂は呆れていた。
っていうか、本当に心配してたのか? まさか表情だけだったか? だとしたら怖いぞ。前言撤回余裕だぞ。
いずれにしても、学校祭の模擬店如きで指名できるかどうかは知らないが、少なくともその流れにだけはしたくない。何せ、油断や隙を見せたら、本当に稲村ならウチのクラスに突入してきて何の前触れもなくいきなり俺を指名しかねない。
『じゃあ、何系?』
まだあるのか、訊きたいこと。
しかもまぁまぁめんどくさいところに踏み込んで来やがって。
「……いや、喫茶系」
『あ、そうなんだ』
『ちょ、ちょっと待って』
不意のつぶやきに、稲村も思わずリズムが崩されたらしい。
『菜那、アンタそれすら知らなかったんだ?』
『他のクラスまで意識回らないし。っていうかそこまで興味無い』
それはあまりにも二階堂らしい。
『……まぁ、今はそこは置いといて。レンレンさぁ、私はそこを訊いてんのよぉ? せっかくレンレンもお店番やるんでしょ?』
「じゃあ……、詳しいことは言えない系かもしくは自分の目で確かめてみろ系」
『何それ』
ちょっとウケているようだ。だが、今はそういう問題ではない。
「どのみちウチのクラスに来るんなら同じ事だし、そもそも一応木曜日にはガイドブックが出るんだからそれまで待てよ」
『ヤだ、待てない』
「ワガママお嬢様か、お前は」
どうしても訊きたいらしいが、めんどくさいヤツだな。
在校生には学校祭初日直前の木曜日に配布される学校祭の枝折。通称・ガイドブック。綺麗な装飾がされた本になっているというわけではないが、気分の問題ということで代々そういう呼び名が付けられている。
各クラス一応はサプライズを意識していて、このガイドブックの配布前までは実際に何をやるかということは黙っている生徒が多いし、その状況下でわざわざ他クラス状況を盗み見ようという動きもあまり無さそうだ(水面下でどうなっているかは知らないが)。
「そっちも教えてくれるんなら別に喋っても良いけどさ」
『え、良いの!? っていうか、レンレンはウチのに興味ありなん?』
「何で稲村はそんなに前のめりなんだよ」
というか、自分のところの手の内バラす気満々っていうのも如何なモノかと。
――あ。
ああ、そうか。
「いや、たしかにそうだ」
『そういうレンレンは何をいきなり納得してるのよ』
「うん? 前に稲村が言ってたことを思い出したから」
『何かあったっけ?』
おいおい、忘れないでくれよ。せっかくこのふたりを信用しようと思えた理由のひとつなんだからさ。
「『私、菜那以外には言わないし』ってヤツ」
『そうよー? 咲妃さんの口の堅さ舐めんな~?』
「うん。だから別にこの状況なら言っても良いわなぁ、って」
だからこそ、それに報いるためにも、俺もここで訊いたことを他言する気は無い。
『ってか、レンレン。今たぶん初めてのことシたよね?』
「ぁん? 何かあったか?」
初めてのこと。
そんな物が今の流れで何か存在していただろうか。
『もしかしたら、盛り上がっちゃったときにもう解禁してるかもしれないけど』
「何だよ」
その言い回しだと、そういう行為のとき――ってこと……か。
――――ん?
『今、菜那って言ったじゃん?』
「………………ぁ」
静寂はまるで放送事故。
ラジオ番組とかでコレくらいの無音になったらアウトとかって訊いたことがある。
しかし、今はそういうことではない。
たしかに事故みたいなことは起こしたけど!
「いや! 待て、それはコトバの綾っつーか、ほら。稲村の口調を真似しただけっていう話で。名前呼びとかそういうことじゃなくてさ」
『はいはい、そういうことにしておくから』
「だからさぁ……!」
ダメだ。こういうときの稲村に話が通じるわけがない。
『……あれ? ホントに初?』
『そうだと思うけど』
俺が声を発する気力も無くなっていると判断したのか、稲村は二階堂にインタビュー。
――二階堂は二階堂でいつもの調子、何の気無しで答えているので、いよいよ俺には諦めるという選択肢しか残されていないような気がしてきた。
『菜那は名前で呼ばれたいみたいよねー』
『……別にそういうことは特にないけれど』
『…………あら』
ちょっと待て。
何だ、その反応。
二階堂のではない。稲村の反応だ。
何か重大な機微に気が付いたときにしかしないような言い方だろ。
何だよそれ。めっちゃ気になるじゃねえか。
『とにかくレンレン、にかいどうって言うより短いし、せっかくだから呼んであげてねー』
「え、ホントにそういう流れになるの?」
『じゃあ咲妃もついでに咲妃って呼んでもらいなよ』
『あ。それ採用。じゃあレンレン、それで決定ね』
ちょ、っとぉ、待ってくれ。
二階堂さん、今のは完全に墓穴なのでは?
っていうか、俺だけ罰ゲーム風味なことになってない?
これ、リアルで遭遇したときにも、ってことだよな。
――もういいや。
そういうことになったのなら、現実逃避しよう。
「……なぁ。学祭の出店の話はどーなった?」
『あ! そうだ!』
忘れてたんかい。
『結局深沢くんのクラスって何喫茶なの?』
「聞いた話によれば、コンセプトは『昭和レトロ』らしい」
訊いてきたのが意外にも二階堂だったこともあり、思わず流れで答えてしまった。
『……何でレンレンまで伝聞形式なのよ』
「ちょうどその時バイトで居なかったんだよ」
喫茶室をやるところまでは決まっていたのだが、その後の放課後の集まりには『家庭の用事がある』の一点張りで抜け出たので知らなかったのだ。
『なるほどねー。……んで、昭和レトロって何?』
「いや、知らん。だから詳しいことは言えないんだって」
『そういう意味だったのね』
理解を示してくれたのは二階堂。こういうときに進行役をしてくれるので助かる。
「じゃあ、そっちは? 何か展示系っぽいウワサは聞いたけど」
『ウチは占いの館的な感じ』
「へぇ」
誰かそういうのが好きな子とかが居るのだろうか。
『でもどっちかというと見た目重視って言うか、フォトスペースみたいな仕立てよね』
『……まぁ、そうね』
妙にニヤニヤとしている稲村に、素っ気ない雰囲気を醸し出す二階堂。
わりといつも通りの構図のはずなのだが。
――何だろう。
わずかに違う雰囲気が漂っている気がした。




