4-4: 互いの夕餉とふたりの部屋着
『えー、菜那きびしぃ』
『変なことを言う咲妃が悪いの』
二階堂と稲村の軽いコントのような戯れ合いで話の流れが一瞬だけ落ち着きそうになった。このタイミングは見逃さないし聞き逃さない。
「それで? 話題はそれくらいか?」
実はひとつだけ流し台近辺で残してしまっていた作業があったことを思い出していた。若干は申し訳無い気持ちはあるが、一応スマホは持ちつつそちらへと向かう。
『えー、せっかくだからもう少しお話しようぜい』
「それくらいは吝かじゃないけども」
俺としてもメシを食いながらすることと言えばテキトーに動画を流し見する程度なので、コレと言った問題は何もない。わざわざ理由を付けてまで断る理由は無かった。
『ん? 何してんの?』
「あとで布巾の除菌しとこうと思ってて、ちょっと準備中」
『へえ』
『おわあ、何か予想外のような予想通りのような』
どことなく感心したような二階堂の声に、思いっきり上被せになった稲村の苦笑い。俺のプライベートというには微妙なところではあるが、放課後帰り道に俺がどこへ向かうことが多いかなどを既に知っているふたりにだからこそのリアクションにも思えた。
「っつーか、そっちって夕飯は? ふたりで何か作ったりすんの?」
『……あのさぁ、レンレン?』
「うん?」
何気ないことを何気なく訊いたつもりだったのだが、返ってきた稲村の声は浮かない。
まるで触れてはいけないところに触れてしまったような――。
――まさか。
『今から君の伯父さまのカフェバーに行こうかっていう話もしていたふたりが、今から予定変更してご飯作ると思う?』
「……」
どこで切り返せばいいのかも、どう落ち着けたらいいのかも分からない。
わりと難しい質問だった。
『無言は何か失礼な応答の準備だと見做すけど?』
あっさりとお堀は埋め固められたらしい。
別に失礼なことを言うつもりもないし、さっさと返しておこう。イチバン無難なところ、過度なジョークは不要だろう。
「……何かしらは作れそうだとは思うけど」
一応、コレは本音。一緒のクラスになって調理実習の様子を見たことがないので全く適当なことを言っているのには違いないが。
「レシピ系のアプリだってあるんだし、細かいことは家庭科の教科書でも見りゃわかるだろうし」
『かーっ、おひとりさま男子は言うことが違うねえ』
「そこはせめて『ひとり暮らし男子』にしてくれよ」
俺の中のイメージの問題だが、そっちだとより孤独感が強くて嫌だ。
『咲妃? たぶん深沢くんもおなか空いてると思うから』
『あー、まぁそうねー。私らもまぁまぁおなか空いてきたし』
「……私ら?」
『何か言ったぁ?』
「いえ、何も」
普段の感じからすれば、空腹感に支配されているのは稲村の方だけだろうと。
いつもの食事量からすれば、その程度のことは分かるだろうと。
そういうことを言外に突っ込んだつもりだったが、あっさりとバレてしまったらしい。
『まぁ、いいや。せっかくだから伯父さまのところにお邪魔するわ』
「ぜひそうしてくれ。……あ、夜道には気を付けろよ」
『あら優しい』
「ほっとけ」
『褒めてるのよ。んじゃあ帰ってきたらまた連絡するからねー』
「え? あ、ちょ」
通話終了――――。
そこまで広くない部屋が、何故だか余裕のある空間に思えてしまう。
――っていうか。
「また連絡来るのか」
じゃあこっちもさっさとメシ食って、台所仕事も片付けておくべきだな。
○
再びの着信が来たのは諸々の私用を片付けた30分後くらいだった。積まれていたとも言えそうな細々とした日常の作業もいっしょに片付けられたのは良かった。明日以降になったら学祭準備で時間も削られてさらに手を付けられない状態になってしまいそうだ。
『ただいまー』
『……ただいま』
「おかえりー」
稲村がそういうことを言ってくるのは想定の範囲内だったが、まさか二階堂も乗ってくるとは思わなかった。危うく言い淀むところだったが、恐らくバレなかっただろう。
――本音を言えば、あの部屋着は初見だった。ふたりそろっていきなりそんな格好を見せてくるなんて。思わず変な鳴き声を上げそうになったけど、何とかこらえた。
まぁ、大丈夫だろう。恐らくきっと。
『やっぱりトマトソース美味しすぎるわぁ』
「愉しんでもらえたようで何より」
俺が作ったわけではないのだが、身内が褒められるというのはやっぱり嬉しい。
「ちなみに、何食べた?」
『私がドリア、菜那がナポリタン。で、今日はピッツァをシェアした』
「おお、ナイスチョイス」
しっかりピッツァと発音してくれたのもナイス。稲村の人柄が覗えるところかもしれない。
『きっちり半分こだったもんねー』
『……ちょっとおなかいっぱいだけど、美味しかったわ』
「ありがてえ、ありがてえ……」
あの『小食の権化』みたいな二階堂に、まさかそんな反応をしてもらえるとは。恐らく伯父さんもその姿は見ているはずで、きっと今日は嬉しくてなかなか寝付けないのではなかろうか。
「今後もぜひご愛顧のほど」
『もち、遠慮なく~』
そこまで高価格帯でやっているわけではないし、心配は要らないだろう。
――ああ、イヤ、ダメだ。何か集中できない。
画面越しに見える、恐らくは稲村チョイスの姉妹コーデ風味満載な部屋着に、すべてを持って行かれる。
上がTシャツなのはまだイイ。いや、ふたりともしっかりスタイルが良いから、本当はあんまり良くないけど、今は良い。
下がホットパンツだから本当に良くない。いろんな意味で。いわゆる『健康的な』とも表現されるそのふとももが。
「ところで、また後でとかそんな話だった気がするけど、何かあったっけか?」
だったらもう、話題を変えてしまった方が良いかもしれない。そもそも気にはなっていたところなので丁度良い。
まさかウチの店でメシ食う報告と食べて来た報告だけとも思えないが。だからと言って何か他の話題が思い付けるわけでもない。こちらからしてみればノーアイディアだが。
『いやさぁ。学祭で、レンレンのクラスって何やるんだっけ? っていう確認的な』
「……あぁ~」
そういうことか。
そっちに触れてくるのか。
出来ればそうであってほしくなかったのだが。
完全に墓穴を掘った感じ。
ん? いや――。
――まさか、コイツら。
『で? そっち何すんだっけ?』
明らかに何かを期待して訊いていることが丸わかりな稲村の表情。
そして、ある意味いつも通りではあるけれど、何となく呆れているようにも見える二階堂の表情。
「……喫茶系」
『ぅおっほぅ☆』
『はしゃぎすぎ』
観念して答えれば、完全に浮かれる稲村と完全に呆れる二階堂という、まるで太陰太極図くらいにハッキリくっきり分かれたふたりが俺のスマホに映し出された。
稲村、やっぱりある程度把握してやがったな。分かってて訊いてきやがったな。
『つまりは、本業の方に接客していただけるってことよね?』
本業って。
「たかが高校生のバイトウェイターだぞ」
『そうは言うけど、歴1年以上はあるんじゃないの?』
「歴だけはな」
そういうのを評価してもらえているのは嬉しいが、さすがに背中辺りがむず痒くなってくる。あまりこれを続けられると俺の精神が保たない。
『でも深沢くんなら安心って感じはするわね』
『あ! ほら! 菜那もこう言ってるんだから! レンレンはもっと自信持って!』
「……ぉう」
言質を取ったかのように稲村は大はしゃぎ。何がそこまで稲村を駆り立てるのかさっぱり理解ができないので、俺は完全に圧されていた。
『ちなみにだけど、訊いていいかしら?』
「……どーぞ」
この話題に乗り気ではないと思っていた二階堂からも何か質問があるらしい。稲村のよりは悪い予感はしないが、果たして――。
『クラスの人は深沢くんのことを知っていて喫茶系にしたの?』
俺は自分の唸り声がスマホのマイクに乗らないようにするのが精一杯だった。




