4-3: 突如として始まるビデオ通話
俺が返信しなかったことを咎めるような空気を稲村が纏っているわけではなさそうなのでひと安心だったが、待たせていたことは確実らしいので謝罪の言葉を少々のスタンプとともに送信しておく。
すぐさま返信が来る可能性も少しあったが、一人暮らし故にやらなければいけないことはそれなりにある。食事に関してはテキトーに帰り道にいつものスーパーで買ってきた惣菜とサラダをベースに炊いていた雑穀米とレトルトのお味噌汁で問題無いのだが、明日の朝に出さねばならないゴミの準備が不完全だった。晩飯のゴミも出るがある程度はまとめておいて損は無し。まずはそれを片付けておかなければいけなかった。
3分ほどで作業を片付けたものの、ついでに風呂のスタンバイもしたの結局10分くらいはかかっただろうか。まぁまぁ許容範囲だろう。
しかしながら、スマホの着信は俺の許容範囲外だった。
「……いや、早いし多いし」
何をそこまで俺と話したいことがあるのかと少しばかり疑問に思いつつもその内容を確認してみるが、要約するとこの1点。
――『次の出勤日っていつなの?』
コレだけだった。
暇なんかな、稲村。
大半がスタンプを送りつけたいだけだろという感じではあったが唯一マトモな中身がコレだったので、要約するも何もあったものではなかったのだが、結局はそういうことだった。
出勤日――というのは明らかに、俺がバイト先である伯父さんのカフェバーに居る日のことを訊いているのだろう。
「訊きたかったことって、そんなことなのか……?」
アイツの目的が何なのかは知らないが、何はともあれ質問には答えるのが義務。
――『今週はずっと休み貰ってる』
――『え』『そうなの?』
またしてもアプリを閉じる間もなく返されたので、こちらも直ぐさま返信をしていく。
――『もらってるっつーか』『正確には強制的に休みにさせられてる感じ』
伯父さん的には『学校祭の活動も学生としての義務なんだからしっかりとそっちを優先しなさい』ということらしく、学校祭が終わるまではウェイター業は停止させられている。より正確に言うならば、学校祭が終わりその後に割り当てられている振替休日分を含めて停止させられていた。
ここでワガママを通そうとすることは意味のないことだと俺自身も理解しているのでわざわざ文句は言わないが、せめて学祭終了翌日から勤務させてくれても良いじゃないかとは内心思ってはいる。
「ん?」
そんなことをヒトリゴトのように思っていたのだが、肝心の稲村からの返信が来ない。
「何だよその揺さぶりみたいな。……いや、知らんけど」
だったらこっちも何かしらの作業を片付けておくべきかと思ったが、腹の虫がグルグルと何かを訴えているので飯の準備をするのがベストだと気付いた。
炊飯器から米を粧い、ポットからは湯を注いで味噌汁を作り、買ってきた惣菜を並べたところで丁度良いぐらいに着信。
「ん?」
しかし、メッセージではない。音声通話でもない。
ビデオ通話。
しかもその送信者は――、二階堂。
「……何で?」
来るとしても稲村だろう、と。
っていうかそもそも、わざわざ映像付きで話すことも無かろうと。
これは、何かウラがある。
ある程度そんな確信を持ちながら、とりあえず食卓の準備をささっと整えたところで受信。
「もしもーし?」
『あ。レンレン出るの遅いぞー』
二階堂しか居ない場合の会話では一度もされたことのない呼ばれ方。
答え合わせはあまりにも簡単だった。
「稲村?」
『せーかい~』
「なるほどな、そういうことか」
『さすがレンレン、理解が早い』
そんなことだろうとは思っていたが、二階堂の家に稲村が遊びに来ているという状況のようだ。
今年度になってお招きいただき始めたような俺からすればそのあまりの格式の高さに尻込みしてしまうような二階堂邸ではあるが、稲村にとってはわりと勝手知ったる家のひとつなのかもしれない。
そして稲村からは何だか褒められたらしいので、ありがたく受け取っておくことにする。
『ごめんね深沢くん。夕食の時間とか?』
「まぁ丁度準備し終わったところ」
少しだけカメラを動かしてその様子を見えるようにしてみた。
『おー』
『作ったの?』
感心するような稲村の声に遅れて二階堂からは質問が飛んできた。
「いやいや、おかずはさすがに帰りに買ってきたよ。ご飯は炊いてあったヤツを」
『へぇ、パックご飯とかじゃないんだ』
「たまには炊いたりする感じ」
『なるほどねー。あ、どうぞ召し上がれ』
「いいよ、別に」
俺の食事事情がどんどん晒されている雰囲気なので、一旦話題を変えることにする。恐らくは稲村も食いつくであろう話題がイチバンだ。
「ところでさ、何でさっき勤務日訊いてきた?」
『あー、んーっとね。せっかくだったら晩ご飯をレンレンのところで食べるのってどうかな、って話をし
てて、一応居るかどうかを訊いてみたって感じ』
「ああ、そういうことだったのか」
稲村はウチのカフェバーに来るときに大抵俺が居るかどうかを訊いてくるが、今回もどうやらそのパターンらしい。
「悪いな、今週はフリーになってるけど、食べに行ってもらえると俺としては嬉しい」
『そうなの?』
「宣伝活動費ってことでちょっとだけイロが付く――ってことはないけど」
『いや無いんかいっ』
無い。そんなモノは無い。
そもそも高校の同学年である二階堂と稲村に、俺が自分の伯父さんの経営する喫茶店でウェイターのバイトをしているということを知られていて、時々食事やコーヒーを飲みに来るということ自体がイレギュラーだ。
できるだけ誰にも知られないようにしていたのだから、宣伝活動なんてするはずもない。
つまり宣伝活動費が支給されるはずもないのだ。
『ちなみにさー』
「ん?」
ここからは稲村のターンが始まるらしい。
『何で休みなの? 強制的にみたいなこと言ってたけど』
「ああ、それな」
これはとくに隠すようなことでもないので正直に言っておく。
学生の本分はあくまでも学業で、その中には学校での活動も含まれる。だからこそ学校祭の準備くらいはしっかりとやってこい――と言われていることをメインとして、あとはもう少しの付帯情報を添えておこう。
「あとは、伯父さんがウチの高校の行燈行列見るのが好きっていうのもある」
『あー、なるほどねそういうことね』
俺が進学する前からこの行事のファンだったらしいが、俺の進学以降さらに熱が入っているという具合だ。要するに『お前も一緒になって造った行燈が見たい』ということらしい。
『でも、良かったよ』
「何が?」
『今日さぁ、階段でレンレンに会ったからさ。てっきり学祭準備もやってそのままバイトも入ってたりするのかな、って思ってたから。……菜那が』
「え?」
『ちょっと』
されたことのない類いの心配の受け取り方を、俺はまだ知らない。
不意討ちのようなセリフに思わず驚くが、直ぐさま差し込まれた二階堂の制止で少しだけ冷静になれた。
まさか、さっきのウソに対する意趣返しだったりするのか?
『何よぉ、別にウソではないんだから良いでしょ』
『そういうことじゃなくて。……ごめんね、深沢くん。後で咲妃は叱っておくから』
まるで母親のようなコメントに軽く噴き出す。
――が、心と脳の双方はどこかしらで軽くパニックを起こしていた。
ウソではない。つまり、先ほどの稲村のセリフは概ね真実。
俺の健康面を心配しているということは、だいたい本当。
「……まぁ、何だ」
それが二階堂の発言によるものなのか、あるいはふたりの総意によるものなのか。俺が知り得た情報からはほとんど分からないが。
「とりあえず、額面通りに受け取らせてもらうわ」
いずれにしても素直になっておくべき状況であることだということは理解した。
「ありがと」
『なになに、良きに計らえ』
『咲妃はちょっと黙って』
そして案の定、稲村は二階堂に叱られた。




