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春越えて、君を想えるか ~好きとか恋愛とかよくわからなくてもカラダを重ねた曖昧なボクら~  作者: 御子柴 流歌
3rd Act: テスト本番と学校祭準備と

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III-I: はじめてのディナータイム


     ○     ○





 (ふか)(ざわ)くんの駆るバイクに再び跨がらせてもらうこと数分。徒歩でも問題がない距離ではあるが、短いツーリングを堪能させてもらいながら向かったのは、彼の伯父様が運営されているカフェバー。


 最近では私もよくお邪魔させてもらっているけれど、夜営業の時間帯に来るのは初めてだった。


 この時間帯に改めてオープンしていることは深沢くんの話でも聞いていたので当然知っている。だが、知っていたからと言って実際に足を運べるかといえば、そんなこともない。興味はもちろんあるのだが、その興味本位で顔を出せるだけの度胸なんてなかったのだ。


 でも今日は、いろんな意味で安心できる。


「……そんなに混んでなさそうかな」


「いつもはもっと?」


「だいたいこんな感じ。いっぱいになることはない、ってくらいかな」


 隠れた人気店――と言った感じの印象は、やはり正しかったようだ。


「別に、無理矢理酒飲ませようとしたりすることはないから、安心してよ」


「……そんな心配はしてないわよ」


 全く――ではないけれど、その辺については懸念していなかった。


 深沢くんの伯父様とは、まだ深沢くんがオシゴトをしていない時間帯に来たときに少しだけ会話を交わしたけれど、少なくとも深沢くんの伯父様がそういうことをしてきそうだとは思っていない。お昼の客層はともかくとしてこの時間帯のそれは全く分からないけれど、このお店の雰囲気からすれば変な人は来ないような感じはしていた。


 チラリと見えた店内では、いつもお昼に来るときに使わせてもらっているカウンター席の隅の方が空いていたし、ボックス型の席も区画には余裕がありそうだった。


 それに――。


「いざというときは、深沢くんに任せるから」


「ああ、まぁ、その辺は任せておいてもらえれば」


 私が何について言ってるのか彼は今ひとつ理解してくれてはいなさそうだが、何についても彼に任せてしまえば良いということならとくに問題は無い気はした。


 入り口の扉を開ける。聞き慣れたドアベルの音が鳴り、店内の伯父様がこちらを見た。


「……お?」


 いつもの穏やかな『いらっしゃいませ』は聞こえなかった。


「おじゃましますー」


 そして、少しわざとらしさのある深沢くんの挨拶が飛んで行く。


「この時間帯に来るなんて珍しいな。……働いてくか?」


「ウソにしか聞こえないフリは意味ないってば」


「ハハハ! たしかにな」


 オシゴトが関わらなければ、このふたりはこういう間柄らしい。極々ふつうの伯父さんと甥っ子さんという感じがした。


「あと、今日は俺だけじゃないからね」


「は? ……おおっ」


 暗がりにいたために気付かれていなかったらしいが、首を少し動かしながら私の姿を認めた伯父様がさらに破顔した。


「……なるほどな。どうする? カウンターがイイか? 別にソファ席でも全然構わないけど」


「……どっちが良い? ゆったり落ち着くならソファがオススメだけど」


「では、ソファで」


 オススメされたものに従うと決めているので、もちろん素直に従う。


 好きなところに座っててくれと言われたので、深沢くんに導かれるまま奥の席へと向かう。全く目立つような場所ではないのでとてもありがたい。カウンター席というのもひとりだと目立たないということでもないのでラッキーだった。


 壁を背にする側を譲ってもらいながら、メニュー表を彼から受け取る。


「ウチは基本的にはコーヒーと食事に重点置いてるから、昼と夜とであまり変わらないからそんなに違和感はないと思うけど……」


「そうね、たしかに」


 リキュールの項目がある分いつも見ているモノとは違うのだが、ある程度共通している部分もあるようだった。


「食事だと昼と違うのは……、()()()()かな」


 思わずメニューから顔を上げると、深沢くんは何とも形容し難い苦笑いを浮かべていた。何か思うところはあるらしいが、一応確認してみようかしら。


「……その言い方には、何かこだわりが?」


「伯父さんのな」


「なるほど」


 決して深沢くん本人の悪ふざけではないということらしい。


 たまにそういうお店があるというのは聞いたことがあるけれど、まさか極々身近なところにそんなタイプのお店があるなんて知らなかった。


 ――というか、話の本題を外れるところだった。


()()()()もあるのね」


 話は揃えておくことにした。


「昼で出しても別にイイらしいが、お酒を飲みながら気楽に食べやすいだろうってことで今は夜だけやってる。それに、()()()()()()()()を惜しみなく使えるからな」


「……なるほど」


 それを言われると少し魅かれるところはある。もちろんお酒を呑むわけでは無いけれど、気軽に食べられるというのは私としては嬉しい。


「どれくらい食べられそう?」


 まるでウエイターをしているときのような質問が飛んできた。口調が砕けているので普段の深沢くんなのだが、訊かれた内容はこのお店にいるときの彼で――。


「……ふふっ」


「え、今なんか笑いどころあった?」


「いえ、こっちの話」


 何とも言えないバランスに笑ってしまった――なんてことを言っても彼には伝わらないだろう。


「ふだん夜ってどれくらい食べてから寝るのかなって思ってさ。あっ……! いや、まぁその……、あんまり女子に訊くようなことじゃないとは思ってるからな」


「大丈夫。それくらいは理解しているから」


 邪な興味本位で訊いているわけではないことくらいは、私にも分かる。仕事柄注文を伺うときの判断材料として取材しているだけ。そのあまりにも普段着な雰囲気が分かってしまったからこそだ。


 さて、この質問には答える義務があるのだけれど。


「朝よりは食べるけれど、昼よりは食べないくらい……かしら」


 曖昧な言い方になってしまった。


「なるほどね」


「これで伝わるの?」


「充分」


 さすがというか、何というか。


「私のこと、分かってるのね」


「え!? あ! べ、別にそういうことじゃなくってだな……!」


 無駄に焦らせてしまったらしい。こういうときの深沢くんは年相応な印象に変わるから少し面白いと思う。


「じゃあ、深沢くんが考える『私へのオススメ』は」


「……そうだなぁ。せっかくだしここはピッツァで、マルゲリータとマリナーラかな。俺は一応カルボナーラも食べるけど。ドリンクはお好みで。食後にはガトーショコラあたりが良いな」


 アレだけ余計な話を振ってしまったけれど、オススメメニューが出てくるのは早かった。職業柄ということなのか、それとも勝手知ったる要素が多いからなのか。


「どっちもトマトソースを使ったピッツァだけど中身は全然違うからそれを愉しんでもらえたらいいかな、ってことで。食べたいだけ食べてもらえればいいし、シェアしやすいかなって思って」


「なるほど」


 専門分野なだけに視野が広い。


「ただ、マリナーラの方はガーリックが必須だからその辺は……って感じはするけど」


「そういうことね」


 明日以降のことを気にするかどうかということを、恐らく深沢くんは考えて言ってくれているのだろう。


 ここでの食事にガーリックが含まれているメニューを選ぶことは多い。それはシンプルに美味しいからだし、一応のケアはしているから構わないということもある。


 だけれど――ここは少しだけ。


「……だったら、深沢くんが選んでも良いんじゃないかしら」


「どうして?」


「ガーリックが入ってても気にしないのなら、私も気にしないし」


「……ん?」


 深沢くんの眉間に一瞬だけ皺が走り――駆け抜けていったところでその双眸が大きく開かれた。


「そ! そういうことを言ってるんじゃなくてだなぁ!」


「違うのかしら?」


「……いやまぁ、その」


 少しからかいすぎてしまったかもしれない。


 どうしてだろう。こんなことを言うつもりではなかったはずなのだけれど。


「ごめんなさい。マジメに答えるわ。これ以上は疲れさせてしまいそうだし」


「今日のところはぜひそうしてくれ。帰り道のこともあるんだから」


 ――今度は私が少しだけ返答に困ってしまった。


「……送ってくれるの?」


「そりゃそうだろ。さすがに遅くなるし。……夜のタンデムはマジでしたことないからな」


 照れ隠しなのだろうか、ほぼ注文が確定しているのに深沢くんはまたメニューに視線を落としている。


「じゃあ私もしっかりしないと」


「ああ、しっかり捕まっててくれれば」


「……分かったわ」


 彼は、自分が今何を言ったか分かっているのだろうか。


 そして彼は、私が今何と答えたか聞こえたのだろうか。


 それは、全くわからない。


 深沢くんは極々慣れた様子で、オーダーを伯父様へと告げた。




 

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