3-18※: シャワーでは邪念を洗い流せない
別荘地などにあるコテージとかだったら、これくらいのモノが完備されているだろうか。個人宅にこれほどのモノを装備するのもあまりないかもしれない。同時に数人入ってきても大丈夫な空間がこのバスルームにはある。もしかするとお風呂好きな方が多いのかもしれない。
「さっきからどうしたの」
――結局のところは、こんなことはただの現実逃避のようなものなんだけど。
「滝行みたいなことしてるけど」
「……まぁ、あの、払いたい雑念みたいなモノの所為かな」
「ふぅん」
平然と訊き、平然と納得していく二階堂菜那。
主にその雑念の元は、貴女にあるんですけどね。
完全に頭皮を刺激させるようなアングルで、俺はシャワーを浴び続ける。余計な雑念をさらに払い出すには、このお湯をいっそのこと水にしてしまった方が良いのだろうか。
ちなみにシャワーもいくつか壁面に並んでいる構造。こじんまりとした温泉旅館くらいの本数はある。これはさすがにお手伝いさんとかに来てもらわないと普段の掃除も大変だろうし、適宜メンテナンスにも来てもらわないといけないのだろう。いろいろと大変そうだ、などと余計なお世話としか思えないようなことを脳内でつらつらと考えて言ってしまう。
「ところで、二階堂は……」
「私も浴びようと思って」
「あぁ、うん」
するりと俺の隣に来る二階堂は、いつも通りの所作でシャワーを浴び始める。
一部のホテルにあるらしい全面ガラス張りのバスルームとは比べものになんてなるはずがない。俺と彼女の間にあるのは、ごくごくふつうの地球上の空気と互いに使っているシャワーヘッドから出てくるお湯とその湯気くらいだ。
自分も使うようにと二階堂が持って来ていた一式を借りてさっさと済ませる。何だか禊をしたような気分になる。
当然俺と二階堂では髪の長さが違うので、洗髪にかかる時間も違う。チラリとそちらを覗えば、丁度彼女の髪を包み込んでいた泡が流れ落ちていくところだった。
「……っ」
たまらなく綺麗で困る。
視線の向ける方向にも困る。
そして、一気に滾った欲望の行き場にも――。
「……あの」
「何?」
コンディショナーまでが終わったところを見計らって声を掛けてみる。
「一緒に入るにしても、その……何かあるかなと思って」
「お風呂でシたいとか?」
「……っ。いや、今はそういう話じゃなくてさ」
あまりにもダイレクトにぶっこまれた。こっちとしてはそういう反応を待っていたとしか思えないようなヒドい訊き方をしたと感じて、どうにかして取り消せないかと思ったくらいなのに。
「あんまり否定しなかったわね」
「ええ、まぁ、そりゃあそういうシーンを見たり聞いたりすればさ」
雑念まみれの願望を抱くことだってあるだろうよ。
「それで? 深沢くんは何を言いたかったの?」
「……何か、タオルとか水着とかそういうのがあるかと思ってたんだよ、って話だよ」
何かしら1枚で素肌と空気を隔てるモノが存在しているパターン。大抵はそういうのがあるという謎のイメージ。もはや初出不明の先入観みたいなモノでしか無いのだが。
「今更じゃない? どうせ全部見せてるでしょ。そもそも私もシャワーを浴びる目的があるんだし」
まさしく二階堂の言うとおり、俺たちは一通りの裸を見た者同士。そしてシャワーを浴びるのならばそのシャワーの下で裸になるのも極めて当然であり自然なことだ。
「そう言われたらそうなんだけどさ」
何かこう、あるんだよ、そういう趣きというか、わびさび的なヤツがさ。――いや、そんな侘び寂びが有ってたまるか。その道の人に怒られるわ。
「……それで?」
そして矛先を向け直される。
困った。二の矢を用意しているわけでは全く無かった。
無いか。何かそういうウマい感じの……――――。
「お、お背中流しましょうか」
そうしてひねり出されたのは、これまた理解不能なセリフだった。しかも咬んでいる。
「……緊張してる?」
二階堂にはすべてお見通しだった。
緊張は、そりゃあしている。何ならこの家に入った時点で緊張感はほぼ振り切っている。それでもなお俺の一部は勃ち上がろうとしているのだから世話が無い。
「いかがでございましょうか」
「それ、深沢くんが言うの?」
拒まれるでもなく、ただ疑問が飛んできた。
「何で?」
「俺が言わせるのも違うと思って??じゃなくて、ただの戯言です」
「さっきまで働いていた人に、ここまで送ってくれた人にそれをしてもらうのはちょっと違うんじゃない?」
「それでいったら二階堂だって、午前中は学校祭のシゴトしてただろ」
「……これってたぶん、平行線になるの確定ね」
「だな」
間違いなく、どこかでどちらかかもしくは双方が折れなくては千日手だ。
「じゃあ、その……、間を採るとか」
「間って?」
「お互いに、的な」
折衷案にしても雑すぎるだろうと思いつつ、咄嗟に考え出せたのがその程度だった。臨機応変さにかける思考能力が悲しい。
「なるほどね」
が、どこかに合点が行ったらしい。どこにその要素があったのだろうか。
というか、二階堂は何に納得したのだろうか。
「良いわよ」
「……えっ」
――良いの?
二階堂にそう訊く間もなく、彼女はさっさと風呂場から出て行く。その背中の美しさに思わず目を奪われる。扉を開けて出て行くのを引き留めてしまいたくなる。
が、そんな必要もなく彼女はすぐさま戻ってきてくれた。どこかに仕舞ってあったと思われるお風呂用の椅子を持って。
「座って。先にしてあげるから」
彼女は自分が使っていたシャワーの前にそれを置き、座面を何度か軽いて催促をする。
二階堂はたとえ俺が何を言おうともそれを無視する算段なのか、さっさとボディタオルとボディシャンプーの準備を始めた。もはやぼんやりと立っていては何も始まらないので大人しく座ることにした。
「何か、すごく申し訳無いんだけど」
「先に言ったのは深沢くんでしょう」
呆れたような声で言われる。全くその通りでしかないのだけども。
「俺がしてもらうとは思ってなかったから」
「そ」
あっさり。斬って捨てられる感こそ無かったが、緩衝材に包まれてどこかに放られたくらいの感覚はあった。
「じゃあ始めるわね」
「お願いします」
ここまで来てしまっては後は流れに身を委ねるしかない。背中は完全に二階堂に預けて、俺は出来る限り心頭滅却に励む――……。
――励めたら良いなぁ。
「……ん」
思わず出ていった声。極力音量は抑えたはずだったが。
――やたらと距離が近い、二階堂の耳に収まらないはずもなく。
「どうかした?」
敢え無く訊ねられてしまった。
「いやその……めちゃめちゃ気持ち良すぎて困る」
正直に答える。自分でやるのとは到底比べものにならない。普段使っているボディタオルは硬めのモノだから感触が全然違うというのもあるだろうけど、やっぱり『誰かにしてもらっていること』という違いが大きいのだろうか。
あと、泡立ちがめっちゃ良い。ほわほわ。これは気持ちいい。
「そんなに?」
「うん」
「勃つ?」
「んぐふっ」
突然のストレート。受け切れずに俺は噴き出した。
「……うん、まぁ」
ならばとばかりに、正直に答えてしまう。何ならさっきから勃起はしている。妙な緊張感のせいで不完全ではあるものの、このシチュエーションのおかげで勃ってはいるのだ。
「そ」
二階堂はいつものような調子で静かに言う。俺の戯言を受け流すような雰囲気を漂わせているのだと思っていた――のだが。
――ふよん。
先ほどまで感じていた柔らかめのボディタオルとは全然違う、やわらかな感触。
明らかにタイプの異なるやわらかさが、俺の背中全体に覆い被さるように――。
「……あの」
「なに?」
俺の耳元すぐ傍から声がする。くすぐったい。
「あたってるんですけど」
「……」
互いの呼吸の音だけがする。
「あたってるんです」
「……」
呼吸音。
「……あててます?」
「ええ」
解答。そして正解。
俺と二階堂との間に在るのは、わずかに薄く広がるボディソープの泡だけだった。




