1-2: 興味があるならすればいい
どっちがどっちのグラスだとかそういうことを考える諸々が面倒なので、空になったグラスを持っていく。これも二階堂が付いてきてくれたおかげで、ミスって落としてグラスを割って弁償となってしまうようなことがなくなったから、その点においてだけ言うのならば気は楽だ。
そう。あくまでも、その点においてだけは。
ホントに。それにしても。
「……」
「……」
気まずいのなんのって。
物理的な距離感はふつう程度。俺と二階堂の間にもうひとり分くらいのパーソナルスペースがあるということは無い。
その物理的距離の間をしっかりと満たすようなアクリル板でもあるんじゃないか――くらいの精神的距離感を、俺はひしひしと感じていた。
こちらに視線を送ってくることは一切無い二階堂は、俺以上にやる気なし子ちゃんであった。
「ほんと、パシりはツラいよねー」
「……そうね」
折れないぞ、俺。
「……そういえば、さっき何か歌った?」
「いや」
挫けないぞ、俺。
「得意な曲とかあるの?」
「特に」
「……」
挫けるぞ、俺。
「……えーっと」
「わざわざ話題見つけようとしなくてもいいけど。そんなに話すこと無いだろうし」
ダメだ。ムリだ。完全に折れたぞ、俺。
っていうか、言い方キツぅ。
事実、確かにそうなんだけどさぁ。
そこまで言いきらなくても。
もう少しイイ空気で居たいじゃないか。
別にそういう目的があるからイイ顔をしたいってわけでも――。
「……深沢くん、だっけ?」
「お、あ、うん」
脳内で文句を付けようとしていたら、まさかの二階堂から話が振られた。
会話が続く可能性はあったが、それ以上に意外性が強すぎて結局ダサいことになる俺。
やっぱり折れそうだぞ、俺。何なら砕けそうだぞ、俺。
「今『何でコイツ、こんなところに来たんだ?』って思ってるでしょ」
「あー、いや、……まぁ」
チラリとこちらに向けられる二階堂の視線。ハッキリ言えよ、と声を上げそうな視線。
ホント、黒目大きいのな。マジで美人顔。俺の中学には少なくとも居なかったと思う。
「……うん」
本当のところは知らないが、俺は思わず本音を漏らした。
「まぁ、そうよね。ふつうは」
「でも、何というかさ、断り切れなかったんだろうなぁとは思ってるよ」
「うん」
無理矢理にテンションを上げようとする気質でも無さそうだし、そういうことならば数合わせで連れて来られたのだろうと考えるのが無難というヤツだ。どうやら俺の予想は合ってたらしい。
「その辺を察することはできるのね」
「それくらいはね、さすがにね」
健康で文化的な最低限度の生活を送る上では、最低水準のアイテムだろう。あそこまでの雰囲気を醸し出されては気が付かない方がどうかしていると思うが。
「……そういう深沢くんは、こういうところ慣れてないでしょ」
そちらにもしっかりと俺の仮面の下は見破られていたらしい。
ちょっと悔しい。
「『深沢くんも』じゃなくて?」
「私は別に。断ってもしつこい時ってあるから」
「あ~……」
その都度コレってことか。まぁ、それは本人の勝手か。
「だから、たまにだけ顔を出すの。そしたら次は断れるから」
「……なるほどね」
二階堂なりの処世術ということらしい。
俺はそのパターンを、今後使うことはあるだろうか。――いや、無いだろうな。俺の場合は場数を踏み続けて慣れていくことを処世術として採用するべきな気はするし。
そうでなければ――。
「ぅおっと」
「何してるの」
妄想を繰り広げようとする前に現れたのはドリンクバーのスタンド。危うく通り過ぎるところだった。
先に空いたグラスを下げて、新しいグラスを頂戴して各々が所望の飲み物をセットしていく。
「……ふぅ」
さて、とりあえず目的は達したぞ――というところで。
「ねえ」
「ぅん?」
再び二階堂の方から会話のボールが投げ込まれた。思ったよりは捕りやすそうか?
「やっぱり男子って、カノジョ欲しいと思うの?」
そんなことはなかった。割と変化球寄りだけど、見せ球程度のヤツ。
「……二階堂さんは、そういう感じでも無さそうだけど」
「イイから、そういうの」
「ハイ」
軽口でした。訊かれたヤツが答える義務を負うべきですね、すみませんでした。
「まぁ、……いや、どうなんだろうな」
俺は――正直言って、どうするのが正しいのか解らない。
「他の連中は、そうなんじゃないかね」
「……ああ」
何かを察したらしい。大方、俺の友人ふたりの顔あたりを思い浮かべているような気がするが。少なくとも今回のアイツらは目的が明確だからな。
「カノジョ作ったら何したいの?」
「ぁえ?」
まただ。今度はカットボールくらいか。本人的にはキャッチボールくらいのつもりなのだろうけど、イマイチその方法が分かっていない雰囲気はある。
「ヒトの話聴いてる?」
「ああいや、聴いてます聴いてます」
カノジョを作ったら、ナニをスるのか。
――いやいや、ちょっと待て。それはさすがに下世話だろう。
「……デートとか?」
「ふぅん」
このお嬢さんは、存外お気に召さないらしい。
何でだ。『まずはデート』では無いのか。
「セックスは?」
「んぐ」
待て。
――ちょっと待て。
ストレートが脇腹に刺さったぞ。デッドボールだぞ、これは。さすがに。
「童貞なの?」
「……」
そして追い打ちが来た。
「……そう」
「待って。納得しないで」
「だって、そういう反応だし」
すみませんね。そうですよ。どうせ私はチェリーボーイですよ。
「大抵シたがるでしょ、男子って」
「……知った言い方するのな、案外」
「だって、そういうモンでしょ」
たしかに、そういうモンではあると思うけれども。
「理解ある感じ?」
「別に。理解とかじゃない。『男ってそういうモン』って認識があるだけ」
あけすけに言い放つ二階堂。
頭でっかちというわけでは無さそうなのが、またリアクションに困る。
――まぁ、そりゃあそうか? そうなのかもしれないとは思うが。
俺が探るように二階堂を見ると、彼女は鋭く冷え気味の視線を向けてくる。今度はナニが飛んでくるのやら。
「興味はあるの?」
「何に?」
「セックス」
ストレートだったが、今度はビーンボールではなかった。
「付き合うとか、カレシ・カノジョとかじゃなくて? 行為?」
訊けば、二階堂は目で肯いた。
「……そりゃあまぁ、そっちの認識上間違っていないし、興味が無いことは無いけど」
「ハッキリ言って」
「はい、興味はあります」
受け流すことは許されないらしい。じゃあ、もう、どうにでもなれ。
当然と言って良いのかは知らないが、少なくとも俺だってアイツらと同じだ。その意味では同じイキモノだ。人並みには異性のカラダに興味があって、人並みにはそういう経験をしたいと思っている。誰かより早くそれを捨てたいとかいう欲望は持ち合わせていないとも思っているが。
二階堂の言葉を借りるなら、『そういうモン』だ。所詮そういうモノなんだ。
「ふうん。……じゃあ」
満足の行く解答は出来たのだろうか。嘆息する二階堂の心境はよく分からなかったが――。
何故だろう。
何故彼女は、俺の方へと手を差し出すのだろうか。
「ほら」
「『ほら』って? ああ、これ?」
グラスをいくつか持たせろということだろうか。
「……ああ。まぁ、それもそうだけど」
本筋とは違ったらしい。
でも、何だ。何と応えるのが正解なんだ。
今俺たちは飲み物を取りにドリンクバーまで来ている。
話の流れとしては男女関係の話であって、性的行為に興味があるかどうかという話にまで発展していて、『シたいのか、興味はあるか』という問に対して俺は肯定をした。
そんな流れだが。
――――まさか。
「何。まさか、サセてくれるとか?」
いやいや、そんなまさか。
「別に良いけど? 避妊してくれれば別に」
――――?
――――――――!!
「……ぉぅえ?」
「何、その顔」
むしろ、どうしてそっちはそこまで平常状態を保てるんだ。
「変な顔してる?」
「割と」
「元々だよ」
「そう」
「納得しないで」
哀しいから。
いや、でもそれ以上に。
嘘だろ。
――良いの?
マジで?
「終わってからにする? それとも……」
俺の脳内がぐちゃぐちゃになっているところで、二階堂は外の扉の方を指し示す。
「もう出る?」
ガチだ。これは、マジだ。
合コンの中抜け。
話に聞いたことはあるけども。
それを、俺が? 初合コンの俺が?
「いや、……うん、しれっと抜けられるかな」
「大丈夫じゃない?」
そう言って二階堂はスマホを操作り始めた。
○
誰に連絡を取っているのかと思えば、その相手は稲村だった。
当然といえば当然か。あの面子で二階堂が最低限ではない程度の会話を交わしてたのは稲村だけだった。こういう状況下で稲村以外に声を掛けるような選択肢が存在しているはずが無かった。
「レンレンのカバンってこれでおっけー?」
――れんれん?
いや、まぁ。うん。どう考えても深沢蓮のことなんだろうけど。それは解るけれども。
理解はしても、納得したくないってことは、この世界には山ほどあると思うけど、これは間違いなくその中のひとつだと思うんだ。
「レンレーン? 聞いてるぅ?」
「あ、聞いてるます。ハイ」
「噛んでるし。っつーか、ムダに敬語みたいなの使おうとするからそうなるんだってば。同じ学校で同い年なんだからさ、そんなの要らないでしょ」
たしかに。それもそうだけども。
冷静に考えれば明らかに稲村の言うことは正しい。ただ、これから数分後に待っているであろう展開を目の前にして、平常心で居ろというのがそもそも難題なわけだ。
――如何せん、俺は童貞なわけだし。
頭でっかちの男子高校生に据え膳。何かしらが狂って然るべきなのだ。
「レンレンの連れには『急用が出来たらしい』って言っておいたから」
「あぁ、そうなんだ」
「……」
何か言いたげな視線だけが稲村から帰ってきた。
「言うべきこと言わないと、『心が折れたから帰った』って言い直してくるけど?」
「ありがとうございます」
「よろしい」
あまりの流れの良さに呆気に取られたが、やはり目をぱちくりさせるだけで許してくれる稲村ではないということだ。挙げ句、軽く脅された。大人しくここは感謝の言葉を述べるべきだ。
「どっちかと言えば、俺の連れというよりは俺の方が『連れ』なんだけどな」
「細かいことは言いっこなしでしょ」
あははーと楽しそうに笑う稲村。
何だろう。
こういう展開に慣れすぎている感じしかしない。
これが基本なのか? 俺があまりにも無知なだけなのか?
「あー、そうだ。菜那、ちょっと……」
俺が困惑しきっている中、稲村は二階堂の耳元に顔を寄せる。何かを伝えているような気はするが、完全に何も聞こえない。時折別の部屋の扉が開いて猛烈な伴奏音が流れてくるので、余計に聞こえない。むしろあのふたりの間でも会話が成り立つのか心配になるときもあった。
――っていうか、長いな。何だよ、気になるだろ。
どうしても悪口か何かを言われている気しかしなくなるが、そうこうしている間に何かしらの伝達は終わったらしい。稲村から二階堂へ向けての話であることしか解らない。
「じゃあ、飲み物は私が持っていくから」
「え、それ全部持てる? ドアのところまで手伝うよ」
「フフフ。咲妃さんを舐めんじゃないわよ?」
そう言って稲村は、自分のウーロン茶を半分程度一気に飲み干した。
そうして両手にそれぞれコーラのグラスを持ち、それだけを持って部屋へと戻っていった。ウーロン茶のグラスを放置したままで。
「……まさか、放置されている飲みかけをわざわざ持っていくようなヤツは居ないだろ、って話か?」
それはさすがに豪胆すぎるのでは。
「どうしたの? 行かないの?」
「あ、ハイ」
二階堂が袖を引っ張ってくる。
さっきまでの部屋のことを気にする必要はないのだろう。俺は大人しく従うことにした。
本来の予定における「1-2」と「1-3の前半」が含まれています。
この後、蓮と菜那はホテルに向かうわけですが……。
ここではその詳細は割愛させていただきます。
とりあえず『事後』の様子は「1-0」を御覧いただければと思います。