III-A: カレの秘密とカノジョの本音
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3人でのランチを終えて帰路についている私たち。
深沢くんは別に用事があるということで既に分かれている。あからさまに彼にtu
いていこうとした咲妃は当然のように深沢くんに怒られていた。
――さっき『テスト期間中だからバイト先から休むように言われている』と本人が言っていたのだから、いくらつけ回したところで彼のバイト先には辿り着けないのだが、咲妃はもしかしたらそれを失念しているのかもしれない。あるいは、彼の自宅の具体的な場所を尋ねようとしているのかもしれないが、それは余計に迷惑だろう。
「そういえば最近訊くタイミングなかったから今訊くんだけどさ」
「何?」
「最近は、シたの?」
――ああ、そっちの話か。
「シてない」
「菜那ん家でヤったきり?」
「……そうね」
思い返せば、咲妃からこの話を振られたのはいつだったか。最近は深沢くんを交えてのテスト勉強で集まっている時間は長いけれど、だからなのかそういう話にはなってこなかった。
そして、彼との時間を思い出しても、ずっとテスト勉強に関わることばかり。化学のノートを見せるついでにシたあの日以来、そういう話にすらなっていない。
「……ふぅん」
不意に少しだけ不思議な感覚になったが、そこからの咲妃の反応がさらに不思議だった。もう少し掘り下げてこようとしてくると思っていたのに、何かを思案気味に小さく唸るだけ。そして何度かこちらを見ながら頷くだけだった。
よく、わからない。
「それにしても、……さっきのレンレンの感じだと怪しいよね~」
しかしどうやらその話もアレだけで終わりらしい。会話スタートのためのジャブのようなモノのつもりだったのだろうか。シてないという事実がすべてでもあるので、私としてもこれ以上詳しく答えようがなかったので別に問題は無かった。
次の話題は何となく予想が付いたが、体裁として一応訊いてみる。どうせあのことだろうという予想は簡単につくけれど、念のため訊いてみることにした。
「……何が?」
「え? レンレンのバイト」
予想通りだった。ここまで解りやすいこともない。もちろん咲妃も私が予想していることをきっちりと予想していたようで、さも当然というように言い放った。
「ホントさぁ。別に隠すことないじゃん、って」
「私には、咲妃だけには教えたくないって感じがしてたけど」
「あ、何それ! 失礼すぎじゃない?」
「もしかしたら、って思っただけよ。さすがにそれは無いと思うし」
「だよねー」
――深沢くんが日頃から抱いていそうな『稲村咲妃のイメージ』的に、教えた後のことを恐れたのではないか。そんなことを何となく想っただけだった。
「……まさかとは思うけど、菜那ってレンレンから聞かされてたりはしないよね?」
「しないわよ。とくに訊いたことも無いし、訊く気も無かったし」
「あ~、ま、そっか。興味無いか」
「無い」
こちらも断言させていただく。ひとつ言ったついでに、さらにもうひとつ断言しておくことにする。
「そもそも、誰にも教えたくない感じはしたわ」
普段から仲良くしている感じのあの男子たちにも詳しいことは教えていない感じがする。この学校の誰にも教えたくなければ知られたくもなさそうな雰囲気を、私は何となく感じていた。
「秘密にしたいことって、あるでしょ」
「それは解ってるけどねー」
咲妃の場合は、それ以上に『知りたい』気持ちが強いだけなのだろう。
そこまで深沢くんについて知りたがる理由は、私には分からないが。
「どの辺でやってるかも完全に不明よねー」
「……そうね」
言われて少し思い返してみるが、バイトに向かっていくような深沢くんの姿は見たことがない。そもそも彼を学校以外の場所で見かけたこと自体が少ない。先日の帰宅途中に咲妃とふたりで後を付ける恰好になってしまったときに入っていったスーパーマーケットか、その数日後に私の部屋に来たときだけだ。
「ウマいことウチの生徒とかにかち合わない時間帯を選んだりしてるのかしらね」
「……そうなんじゃない?」
「もう少し興味持ってよ。飲食系って言ったら、どんな感じのユニフォームのところでやってるんだろうなーとか、気になるでしょ?」
「私に言わせれば、もう少し放っておいてあげたら? って感じだけど」
私から詮索する理由が何一つ無いし、そもそもヒトのプライベートに足を踏み入れる気も更々無い。咲妃としては深沢くんのことも気にはなるが、本音はどうやら少し違うところにあるらしい。
「まぁ、良いけど。でも実際この辺で見かけた感じもないし、ちょっと遠くに行ってるのかしらね。……たとえば、星宮の方とか」
星宮というのはここ白陽市からは電車で30分ほど揺られると着く、このあたりでは最も大きな街だ。
とくに相鎚も打たないようにしたけれど、咲妃はそれについて何か咎めようとはしなくなった。どうやらまた名探偵モードに入りたいらしい。勝手にやらせておこうかしら。深沢くんに迷惑がかかりそうなら止めるけれど。
「この辺で飲食って言っても限度あるよねー……」
高校生くらいの年齢層でサクッと入っていける飲食系のバイト。私にはそういう想像が一切できないから、このあたりは咲妃に任せておく。ちなみに、これは放置とも言う。
「でもそうなると、電車とか自転車とか使って行くことにはなるか……。他に何かアシになりそうなモノとか……菜那、聞いたことある?」
「無い」
即返答。無いモノは無い。
「む」
そしてまた悩み始める咲妃。
正直なところ、私より咲妃の方が深沢くんについて知っていることが多そうに思うのだけれど、その辺はどうなんだろう。何故か咲妃は私の方が彼を知っていると思っていそうな気配はある。
星宮まで行けば、白陽市内に居るよりは働けそうな場所は多そうに思う。が、そうなると星宮市内にいる学生の方が雇いやすいのではという感じもする。わざわざ交通費まで支給して市外からくる子を雇用するのだろうか。
「うーん……」
「高校生が行かないようなお店とかなんじゃないの」
「あぁ、なーるほどね?」
もちろん私にそういうお店とはどういうお店なのかというアイディアは無い。一切無い。咲妃は何かを期待するような視線を向けてくるが、次の言葉を絞り出す気は全く無い。その気配を察した咲妃はまた少し考え始めた。
「不意にやって来られると困りそうな感じはあったわね、たしかに……」
「不意じゃなくても困りそうだったけどね、彼」
そこまで彼が困る理由というのも、私には解らないけれど。
「そうよねー……。私たちっていうか同級生に一切気付かれないようにするには、そういうところを選ぶよねー……。まぁ、そうだよねえ……」
うんうんと唸り始める咲妃。
そして、突然パシンと高らかに手を叩く。
「もしや、闇バイト……!」
「無いでしょ。飲食って言ってたし」
「だよねー」
名案のような雰囲気で思い付いたふりをしておいて、ネタに奔っていた。
どうしてもそちら方向に走っていきたいようなので、それだけは止めておくことにした。
「……ふう。何かいろいろ考えすぎて疲れたわ」
私は聞いていただけなのでそこまでではない。というか、そこまで脈絡のある思考を』巡らせていたとも思えなかったのに疲れる余地があったのかとすら、少しだけ想ってしまった。
「じゃあここからは話題を変えて、『レンレンならどんなジャンルの飲食店が似合うか』ってことでぇ~……」
あんまり話題が変わっている感じはしない。だけどそれならば、バイト先についてよりはいくらか深沢くんの迷惑にはならなさそうな気はする。本人の預かり知らぬところで勝手に想像されている、と考えればやはり迷惑だろうけれど。
「マックとかその辺では無さそうよね」
「……ファストフードって感じはしなさそうね」
「あの辺は陽キャじゃないとねー」
「私は別に、そこまで陰キャとまでは思わないけれど」
「……へえ?」
何か嫌な感じの反応をされたので、私は何も答えないようにする。察した咲妃はひとつ咳払いのようなことをして話を戻す。
「ファミレスの系統も違ってそうよね」
「もしそうだったらさっき言っちゃいそう」
「たしかに。……やっぱ菜那ってこういうところ冴えてる」
褒めなくて良い。
「まさかのお寿司屋さんとか」
「……」
「あれ? 菜那、ノーコメント?」
ステレオタイプな寿司職人の姿を想像してしまった挙げ句、そこに深沢くんの顔を挿げ替えてしまって少し変な気分になっただけです。
たしかにこの界隈は回転しないタイプのお寿司屋さんが多いし、高校生が単独では入らなさそうという条件も満たしている貴重なタイプの飲食店ではあるけれど。
「まあ、板前みたいな感じは無いわよね」
「無いわね」
「『何握りましょうか!?』なんて絶対大声で言えなさそうだし。ねじり鉢巻きとかなんて絶対に似合わなさそ……ぐふっ」
咲妃も何かを想像して何かがおかしなところに入ったらしい。その辺は私と近しい感性だった。
「……となると、スタバとかドトールとかじゃない系の喫茶店とか」
「静かな感じのお店には合いそう」
喫茶店は、可能性がありそう。この辺にそういうお店があるか詳しくは知らないけれど、隠れた名店みたいなモノはあると聞いている。これも高校生がスッと入れるかと言えば、ちょっとハードルが高いと思う子もいそう。好きな子も居るだろうけど。
「バーはさすがにないか」
「似合いそうではあるけれど、お酒出すところはダメじゃない?」
「だよねー」
雇用法的にダメだと思う。詳しくは知らないけれど。
「そんなもんかしらね? あんまり詳しくないからわかんないけど」
どうやら出尽くしたらしい。
「まぁ、とりあえず制服がカッコよければいいや、私は」
――結局それが本音か。