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II-B: 探り合い / 2-4: 探り合い


 ――さらに翌日の昼休み。


「ん?」


「うん?」


 何かに気付いたらしい()()が声を上げる。彼女の口の中には新しく突っ込まれたご飯がたっぷりと入っているので、それが飲み込まれるのを(しば)し待つ。咲妃もさすがにそのままの状態で喋り始めることは躊躇われたらしい。


「……何か来てるよ」


「私?」


「見てみなよ」


「……ホントだ」


 てっきり咲妃のスマホだと思っていた。あまり想定してなかったので少し驚きだった。


「っていうか、()()のスマホが振動(ブル)ってるの初めて見た気がするんだけど」


「そんなことないと、……思うけど」


 誰かしらからのメッセージや、入れてるアプリからの通知が来ることはある。初めて見たというのはさすがに語弊があると思いながらも、その通知の中身を確認してみる。


「誰?」


()


「彼? ……もしかして、レンレン?」


「そ」


 何のことはない。相手は(ふか)(ざわ)くんだった。


「彼って言うから」


「そういう意図はない」


「はぁい」


 咲妃は適当な返事をしながらご飯を口へ運ぶ。


 男性の代名詞としての『彼』だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 現状まともに連絡を取っている男の子は深沢くんしかいない。


「で? その中身は?」


「『現代文の確認させてほしい』って」


「くそマジメかよ、マジで。何なのアンタたちって」


 食事中には全く似つかわしくない悪態を吐く咲妃。(たしな)めるのも面倒なので今日はスルーしておく。


「スゴいね、アンタたち。マジで」


「試験前だし」


「まだ2週間以上あるじゃん。もうね、3日前くらいじゃないと『試験前』って感じはしないわ、私は」


 それはふつう『試験()()』と言うと思うけれど。


「咲妃はそうだろうね」


「分かってるじゃぁん」


「そういうことばっかり言ってるとノート見せないわよ」


「あぁっ! そんなご無体な」


 声が大きい。何人かの視線がこちらを向いてくる。ちょっと迷惑だなと思っていると、咲妃の箸が私の弁当箱におかずをひと品突き出してきた。だし巻き卵。何度か食べさせてもらっているので、味は一応知っている。美味しいことは知っている。だけど。


「何それ」


「賄賂」


「別にイイ。自分ので間に合ってるから」


「まぁまぁ」


「……じゃあいただくけど」


 美味しいので文句は無い。


「ホント、菜那って小食だよねー」


「ふつうだと思う」


「それ、私が大食いって暗に言ってる?」


「そういうことじゃない。私にとってはふつう、って意味」


 咲妃の弁当箱と比べれば確かに小さいけれど、だからと言ってそれで足りないと思ったことはない。


「……咲妃もいっしょにやる? 現文」


「若干魅力的かもだけどね。でも、『いっしょに』っていうのはレンレンもいっしょってこと?」


「その予定だけど」


 ノートを渡すだけでも別に問題はないが、何かしらの質問をし合う場合はメッセージでやりとりをするより直接やった方が早いはずだ。


「それってさぁ……、レンレンがふつーに嫌がりそうな予感しかしないんだけど」


「そう? まぁ、強制はしないけど」


「んじゃー、来週からの方針で」


「どうせまだやらないでしょ?」


「バレた?」


「いつものことだもの」


 あまり長丁場で集中しようとしても中だるみしてしまう性格だから私は1週間前くらいからイイ――と咲妃は知り合ったときからよく言っている。もちろんそれは試験対策をサボる口実ではなく、しっかりと1週間前には私といっしょに勉強したりもする。格好は付けたいタイプだ。


「それで? 見せてっていうのはどこで?」


「今日の放課後、図書室で」


「あー? ああ、なるほど?」


 何がどういうことで『なるほど』に至ったのか、私にはよくわからなかった。


 最近の咲妃はしばしば何かを考えて『なるほど?』と結論をひとりで導くことが多いと思う。咲妃にそうさせる要素が何かも分からないので、その思考の終結点も当然分かるわけがなかった。


「っつーか、現代文ってまたピンポイントに突いてきてるけど」


「昨日の寝る前に『そっちの時間割教えてほしい』って言われたから」


「ははぁ……、なるほどね」


 要するに直接相談するにしても、以前とは違って学校内で完結できるようにしたいということらしい。私としては別に今更どっちでも良いのだけれど、その辺は深沢くんの譲れないところらしいので彼の意志を尊重した次第。彼なりに何か思うところがあるらしい。


「ちなみにだけど、明日は古文を教える予定」


「……え、マジで?」


 比較的どうでも良さそうな雰囲気も出していた咲妃だったが、さすがに古文と口にすると反応が変わった。そこまで苦手分野はない咲妃だが、中学の頃の小テストで盛大にやらかして以降彼女の中には古文に対するマイナス意識が強く働くらしい。


「レンレンも苦手、的な?」


「そこまで得意ではないらしい。彼、理系の方が得意だっていう話だから」


「へー……」


 ――この感じは。


「それは、さすがに私も参加しておこうかしら」


「訊いてみる」


 即座に連絡をしてみる。あちらも間違いなく昼休み。深沢くんが食事中にスマホをどう扱っているかまでは知らないけれど。


「え、早」


「早い方がいいでしょ」


 こういうことは咲妃が心変わりする前にしておかないといけない。『明日は咲妃も来たいって言ってるけど、良い?』、こういうのは単純にダイレクトに訊くのが良い。


 できれば向こうからの返答も早いとありがたいのだが――。


「あ、返信来た」


「レンレンも案外早っ」


 私もそれは思った。意外にも深沢くんはスマホを手元に近いところに置いたままでご飯を食べるタイプらしい。


 ただ、今はとりあえず返信内容の確認を優先する。


「……良いって」


「あ、マジで?」


「うん」


 咲妃に画面を見せる。案外カワイらしいウサギのキャラクターが、此方に向かって『良いよっ☆』と言っていた。


「そして案外カワイイ系のチョイスなのね。意外。……あ、菜那ちょっと待って。ID見せて。後でリクエスト飛ばしとこ」


 何はともあれ、今回は菜那がいつもより少し早めに机に向かえそうなので良かった。




     ○    ○




 仕事にも精が出るとかいう金曜日の午後。勉強にも精が出るかと問われると、俺としてはハッキリと首を縦に振ることはできない。


 相変わらずほとんど人影のない放課後の図書室で、俺は完全に手持ち無沙汰だった。


 ――まずは、一旦言い訳をさせてもらいたいと思う。


 これは決して『先乗り』なんかでは無い。


 たまたま掃除当番も無く、何かしらの頼まれ事をされることもなく、友人からのウザ系絡みにも遭わず、するりするりと廊下をすり抜けるように歩いた結果、あまりにも早く図書室に到着してしまったという事実がある。


 ただ、結果として場所取りのようなモノが健全に出来てしまったので、結果オーライだなとも思うわけで――。


 いや、ダラダラと言い訳を繋いでも仕方が無い。結局のところ、俺は気が急いていただけだ。昼メシを喰って以降全く以て気分が落ち着かなかっただけだ。恐らくは脳内で『遅刻は絶対ダメだ』のマインドがあまりにも大きくなりすぎて、『あのふたりよりも先に着いていなければ』という発想になったのだろう。


 そもそも二階堂とテスト勉強というのも俺にとってはまだまだ難易度の高めなイベントなのだが、今日はそれに加えて二階堂の友人――というか、あの時の合コンで俺に積極的に声をかけてきた挙げ句、俺と二階堂をあの会場から出て行かせた張本人である(いな)(むら)咲妃が同席するという話だ。


 もちろん、あの後俺と二階堂がヤった――というか、二階堂のおかげで俺が童貞卒業と相成ったことを知っているのは、当事者である俺たちと稲村だけ。


 そして、俺が稲村と話すのは、それこそ件の日以来。


 あのメッセージを受け取ったとき妙な緊張感が走って、思わずスマホを落っことしたのも仕方ないだろう。画面が割れなくて本当に良かった。やはりスマホケースには金をかける価値がある。実際に金を出してくれたのは伯父さんだけど。


 ――『明日は咲妃も来たいって言ってるけど、良い?』


 内容はコレだけ。その前後情報は一切無い。訊こうとも一瞬思ったが、二の足を踏んで訊けず終いだった。


 もちろんその理由を訊いても訊かなくても、無碍に断るのは絶対にオカシイとは思ったので承諾の返事をした。が、そもそも『何で稲村が?』とも思った。二階堂とは友人であることくらいは理解しているが、この場にわざわざ参加しようとしてきたことが謎だった。


「うーん……。まぁ、すぐ慣れるか」


 あの時もそうだった。何だかんだで話しやすさは感じていた。


 そもそも稲村が悪いヤツじゃないことくらいは分かっているつもりだ。


 明らかに場の空気から浮いていたあの時の俺に対して、同じ学校だからといってわざわざ救いの手を差し伸べながら構ってきて、最終的には中抜けの手伝いをしてくれたわけで。


 そして何よりも、()()()()()()()()()()と言う時点で。


 何かこう――『ただ者ではない』感じが。


「やほー」


「あ、どもども」


 ――来た。


 いわゆる『約束の刻が訪れた』というヤツだ。


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