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II-A: 少し変化したつながり




     ○     ○




 翌日の昼休み。


 直前の授業は音楽だったが、やったことはクラシックの鑑賞とその講義。曲全体の演奏時間と授業1コマ分の時間を照らし合わせるとかなり余裕があるのではと思っていたが、案の定授業時間を10分ほど余らせるほどには早く終わった。もっともその分早く昼休みが始まったので何も文句はない。


「そういえばさ」


「うん」


 いつも通り私の真正面に陣取った()()は、お弁当を広げ終わったタイミングで話を切り出した。


 この席の本来の持ち主は別のところでいつも昼食を摂るし、何なら咲妃にしっかりと席を譲ってからどこかへ向かっているので、その点においては何も問題は無かった。勝手を知り尽くしているというべきだろう。


「昨日どうしたのよ。返信遅かったけど」


「……ああ」


「ああ、って。そんな愛想の無い亭主みたいな」


 妙に解像度の高い指摘が飛んできた。どこかのドラマでそういうのを見たのだろうか。それとも咲妃の親類による実例だろうか。


「何か用事でもあった? それともどっか行ってた?」


「家には居たけど」


「そうなんだ」


(ふか)(ざわ)くんが来てたから」


「へー。ぇ………………? ……へえ?」


 素っ気ない応えだと思いきや、そうでもない。随分と間を取ったと思えば、超高速で瞬きをする咲妃。静かな反応なのに忙しい娘だ。


「あれ? この前訊いた時は全然連絡して来ないって言ってた気がするけど?」


「昨日までは」


「あー……、ははぁ。なるほどねぇ」


 言いながら咲妃はブロッコリーを一口で頬張る。が、それをきちんと飲み込んでから話を再開するあたりは咲妃らしいなと思う。


「アレも案外、そういうところあるのねえ……」


「何が?」


「え? だってあの人、何かしらの踏ん切りつけて『ヤらせてくれー』って言ってきたってことなんでしょ?」


「たしかに、最終的に目的のひとつにはなってたけど」


「んん? ……ん~?」


 私と咲妃の間で意思疎通が失敗している。それだけはわかる。


 問題はその意思疎通を失敗をしている原因が私には全く分からないことだった。


「……シたことはシたの?」


「そうね」


「あ、シたはシたんだ。なるほどね。そこも誤解してたらお話にならないわ」


 私に対する事情聴取の時間が始まったらしい。


 幸いにして今この周囲に私たち以外の人影は無い。つまり、咲妃が声量を気を遣ってくれればいいだけの話だ。


「で、『目的のひとつ』ってどういうことよ」


「それがふたつ目の目的ってことだけど」


「……そこがよくわかんないのよね」


 つまり意思疎通不全の原因もコレか。


「じゃあ第一の目的って何」


「化学のノート見せてほしい、って」


「えっ。え、ヤだ。マジメ……」


 咲妃はヤリ(もく)などと答えるよりも圧倒的なドン引きを見せてくれた。


「まさかテスト対策?」


「そうね」


「今から? もう?」


「そうね」


 答えるごとに咲妃の口角が引きつっていくのが分かる。私は静かにご飯を口へと運んだ。


「レンレン、もうテス勉やってんの?」


「咲妃も始めておいたら?」


「あー、ちょっと何言ってるのかわかりませんね」


 予想通り過ぎる返答。でも咲妃は口ではこう言うが、最終的には上の下かそれよりは上くらいの点数は取ってくるのでこれ以上は何も言わない。レンレン呼びは維持するのね、などとも言わないでおく。


「……っんとに、何かとんでもない飛び火だったなー。レンレンってヤな奴ぅ」


 勝手に火の粉で遊び始めた咲妃は、完全なる八つ当たりで深沢くんに責任転嫁させていた。もちろんその顔にはしっかりと笑顔が載っているので、ほぼ冗談で言っていることくらいはわかる。


「え、じゃあ何? まさかレンレン、……ヤリ目メッセじゃなくて、ノート貸してくれって連絡寄越してきたの?」


「連絡はもらってない」


「……ん~~?」


 そしてもうひとつの意思疎通不全の原因はコレか。たしかに、ここまで根本的なところから認識が違っていれば、話なんて当然合うわけが無かった。


「じゃあ、何でよ」


「昨日の帰り、図書室に寄ってから帰ろうと思って行ったら」


「図書室? え、まさか居たの? レンレンが? 図書室に?」


「そうね」


「……ヤだ、マジメすぎて最早キモい」


 なかなかの言いがかりだった。


「ちなみに()()はなんで図書室に?」


「私は古文を片付けていこうと思って」


「つまり自習を」


「そうね」


 早く帰っても仕方のない日はどこかしらで時間を潰したくはなる。


 ただ、できるだけ安全にその時間を潰したいと思うのが道理。


 諸々考えると、この学校の図書室は安全なのだ。


「まぁ、菜那は時々やってるもんね。それは全然イイわ」


 私は許されたらしい。


「……で、レンレンは?」


「化学の」


「自習を?」


「そうね」


「キモすぎぃ」


 深沢くんは許されないらしい。完全なる言いがかり。もちろん咲妃も全くもって本気では言ってないが。


「それで、化学のノート持ってたら見せてほしいって言われて。でも昨日はウチのクラスって化学無かったでしょ」


「うん」


「だったらウチにくれば? って」


「ははぁ……」


 ぽやんと開いた口がグッと閉じられる。今までの経緯を咀嚼するように頷き、そして改めておかずの唐揚げを口に突っ込んで咀嚼した。


「ああー、そっかそういうことか。だから、レンレンがメッセか何かでアプローチしてきたわけじゃなくて、ってこと?」


「うん」


 あれは謂わば『話の流れで』というモノだ。


「ってことは、せっかく直接会えたからヤりたい、ってわけでもなさそうよね」


「悶々とはしてたみたいだけど。ホントにきっかけがなさすぎて連絡もできないって」


「ははぁ、そういうことか。どう切り出したら良いかわかんない、ってことか。……その辺、レンレンもまだまだお子様ねぇ」


 ここでようやく咲妃の予想通りの展開だったらしく、彼女はにやりと笑った。改心の笑みだった。


「そういえば菜那、家に上げたんだ。レンレンを」


「そうね」


「……へえ」


 家族も帰りが遅いし、持ち合わせがあるという保証も無い。


 ノートを見せることと、スること。


 このふたつを安全に実行できる場所はどこかと考えた時、私の部屋が最適解になるのは当然と言えば当然だったと思う。


「なるほどね。完全に……かどうかはわかんないけど、まぁまぁ理解はしたわ」


「そう」


 もう少し彼を家に上げたことを訊かれると思ったが、そちらについてはとくに疑問点は無かったらしい。よくわからないけど、咲妃がそれで良いなら私としても問題は皆無だった。


「……ってことは、いよいよ彼も連絡して来てる感じ?」


「昨日からチャットは動いてるけど」


「何て?」


 見せても、恐らくは問題無いと思う。


 だって――。


「雑談だし」


「うわぁ、雑談っていうかもうこれただのテキスト形式オンライン勉強会……」


「うん」


 ココがイマイチ分からないなどという相談が彼からやってきて、私も分かる範囲で答える。彼は彼で理系が得意とのことなので、私も問題集で詰まりかけたところは訊くようにした。その結果がこのチャット欄だった。


「あはっ。ココとか、めっちゃ感謝してるわね」


「……そうね」


 咲妃が指差すところには、感謝の絵文字やらスタンプが所狭しと並んでいた。それはたしかに、私も

『どれだけ悩んでたのよ』と思ったモノだ。 


「……ふぅん。っと、ごちそうさまでした」


 そんなこんなで咲妃は完食したらしい。喋ってる時間は咲妃の方が長いはずなのに、いつも私と咲妃は同時に食べ終わる。この世の不思議のひとつかもしれない。


「たしかに、レンレンといっしょにいる子って、そこまで()()()()な感じじゃないわよね。とくにあのうるさい方」


「それはあんまりわかんないけど」


 深沢くんといっしょにいる男子というモノに関心を持ったことがないので、そう言われてもほぼピンとは来なかった。


 そして他人の学力に関しても気にしたことはほぼ無い。そもそも他人のテスト結果なんて、咲妃のモノくらいしか知らない。それだって咲妃が私の結果を知りたがっていて、見せた見返りとして咲妃が勝手に教えてくれるだけだ。


「私も男子の順位はあんまり知らんけどね。上位層と赤点常連くらいは何となく知ってるけど……たしかレンレンって上位層側だったはずね」


「へえ」


「興味無っ」


「薄いくらいにしておいて」


 無いわけではない。


 あの時期から自発的に図書室でテスト勉強をするような男子は、言ってしまえばかなり稀少な存在だ。全く気にならないということは、さすがに無い。


「……あ、ふぅん、そっかそっか。なるほどね。りょーかい」


「何」


「なぁんでもなぁい」


 更に言えば、咲妃の妙に生暖かい微笑みも気になった。



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