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可愛いと言わないで。  作者: 加藤爽子
可愛いってむずかしい
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閲覧、ブックマーク、いいねありがとうございます。

時間軸が克己社会人一年目の夏に戻っています。

ややこしくてすみません。


2023.07.17 誤変換修正

 蝉がひきりなしに鳴いて、ただでさえ暑い夏を余計に暑く感じさせる。

 去年だったら学生なので既に夏休みに入っているだろうけど、社会人になったらそうはいかない。


 最近、バイクで遠出していないからどこか行きたい。

 思い立ったが吉日だ。今年のお盆休みは、バイクで一人旅をしよう。


 そう思ってから数日後、由恵からお盆休みの水奈都の帰省に合わせて卒制メンバーで飲みに行こうと誘われた。

 久しぶりに侑士や水奈都にも会いたいとは思うけど、侑士は去年もこの時期に上海出張に行っており今年も同じく上海へ出張だという。

 五人が揃うならともかく、少なくても侑士が居ないのは確定しているのなら、行かなくてもいいかと思って僕も不参加にした。


 気持ちはすっかりバイク一人旅になっていたし、気が変わって飲み会に行きたくなれば飛び入り参加すればいいだろう。

 行くと言ってドタキャンするよりも、行かないと言って合流する方が、歓迎されることを経験上知っていた。


 休みに入ると初日の朝からバイクの手入れに精を出して、適当に荷造りをすると目的地も決めずに出発する。

 夜に帰ってきて飲み会に合流してもいいし、気の向くまま突き進んでもいい。


 瓦屋根の建物が気に入って少し高級そうな旅館に泊まってみたり、旅先で意気投合した人とラフティングを体験してみたり、そんな感じで過ごした。

 旅費の心配は無かった。初任給での買い物は母さんからの箴言で式服一式だった。それ以降、大きな買い物はしていないし、実家暮らしだから家賃や光熱費もいらない。


 一人旅だったからか、随分とたくさんの人に声をかけられて、一人で過ごした時間は少なかった。


 結局飲み会には行かなかったので、後から由恵に聞いたけれど、水奈都と侑士はくっついたらしい。

 ゴールデンウイーク明けに、僕も一度下村さんに東京本社に連れて行って貰ったことがあったけど、その時たまたま同じ新幹線に侑士が乗っていた。

 新幹線内であればおしゃべりする時間もあっただろうけど、残念ながらお互いに気付いたのは東京駅のホームだったからあまり話す時間は無かった。でもその時に侑士からは、しばらく毎週東京出張が続くと聞いていた。

 水奈都は東京の会社に就職していたので、二人は連絡を取り合っていたのだろう。


 大学時代にグループで卒制を作っている時も、侑士は家業が忙しくて殆ど参加出来ないと言っていたのにも関わらず、チームリーダーをしていた水奈都の相談によく乗っており、知り合いの工場まで紹介してくれている。

 今思えば水奈都の様子を随分と気にかけていたように思う。

 水奈都も侑士の企画会議慣れしているところに頼りにしていたし、打ち上げの飲み会でも侑士をべた褒めしていた。

 付き合い始めたと聞いても、まぁそうだろうな、としか思わなかった。


 それよりも、由恵と友久が来年の三月に結婚するという報告に驚いた。

 自分と同い年で結婚というのがなんか現実味が薄くて、言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した。


 披露宴にはもちろん参加するって伝えたら「そうだと思った」ってどこか諦めたような口ぶりだ。

 僕と由恵が付き合っていたっていうのは、由恵の家族と『みぶろう』(卒制メンバー)以外には隠していたままだから、絶対に口にするな、と念押しされた。


 そんなこんなで忙しかった八月が終わり、今日の報告書を下村さんに提出して、帰ろうとした時にすっかり忘れていた人に声を掛けられた。


「仕事落ち着いたみたいだから、そろそろランチ行けるよね?いつにする?」


 総務部の山中さんだ。この前とは違う白い大きな輪っかがぶら下がっているピアスが妙に目を引く。

 首筋がゾワリとして反射的に首を横に振った。


「まだ忙しいの?」


 僕の挙動がノーの意思表示に見えてしまったので、山中さんは訝しげに小首を傾げ、その動作に合わせて輪っかも揺れる。


「……ピアスが」

「ピアス?」


 一拍遅れて僕は言葉にするつもりの無かった事を口に出してしまった。山中さんがますます訝しげな顔をして、繰り返す。


 あれは僕が五歳で妹の瑞穂が一歳だった頃だ。父さんの従妹が遊びに来て瑞穂を抱っこしていた。

 その時にちょうど今日の山中さんのように大きな輪っかが付いたピアスをしていたのだけど、抱き上げられた瑞穂はガラガラを掴むように目の前でユラユラ揺れている輪っかを握って振り回した。


 二人の足元に居た僕は、父さんの従妹が上げた「痛っ!」という叫び声と上から降ってきた瑞穂に驚いた。

 幼かった僕は瑞穂を顔面で受け止める事になった。

 もちろんしっかり受け止めることも出来ず、二人して床に放り出され瑞穂は大声で泣いて、父さんの従妹も血の滲んだ耳朶を押さえながら涙目で忌々しいものを見るように僕と妹を睨みつけていた。

 父さんはその場に居たけれど、あまりにも一瞬で助けようにも間に合わなかったのだ。


 父さんはすぐに泣き喚く瑞穂を抱き上げ怪我の確認をすると、僕にも痛いところが無いか聞いてきた。

 それから、従妹の耳朶を確認して、瑞穂の代わりに深々と頭を下げていた。

 幸い三人とも救急箱で事足りるくらいの怪我しか無かったけれど、あの時の従妹の血に濡れた耳朶と瑞穂の泣き声が忘れられないでいる。


 瑞穂は本当に小さな頃だったから、その時のことは全く覚えていなくてピアスを見てもケロリとしているけど、僕にとってはあまりにも印象的で、それ以来ピアスが恐くなってしまったのだ。

 でも、それをわざわざ今ここで説明するつもりはない。

 ゾワゾワとする首に手を当てながら前から思っていた疑問をぶつけた。


「そういうピアスって重く無い?」

「別に気にならないわ」

「付けようと思った切っ掛けとか意味とかあるの?」

「意味?特に無いけど可愛くない?」


 ―――可愛い、か。

 僕にはその感覚は全然解らなかった。


 以前付き合っていた頃の由恵がピアスを開けた時は、小さな石が耳朶にピッタリくっついているものだったので、今ほどはゾッとならなかった。

 でも、由恵が僕に怒ってわざとピアスを開けたのはわかっていたから、いい気はしなかった。

 ピアスに拘りの無かった由恵は、しばらくしたら外してくれたけど、山中さんはピアスに拘りがありそうだ。


 彼女はその可愛さをアピールしようとしたのか、見せびらかすように髪を耳にかけてシャラリとピアスを揺らした。

 それとなく目をそらしつつも、ここで立ち話をするくらいなら、わざわざ日を改めて別の日にランチへ行かなくてもいいんじゃないだろうかと思った。


「ランチじゃないけど今から御飯行く?」

「いいの?!行く!」


 とにかくこの時間をもう一度仕切り直して過ごしたくなくて、咄嗟に食事へ誘ったら思いの外いい反応だった。

 場所は会社の近くのファミレスにしてもらった。


「ねぇ。原田君は年上ってどう思う?」


 赤のグラスワインを片手に山中さんが甘えた声であからさまな質問をしてきた。

 年上というキーワードに、ふと沙恵さんと智恵さんを思い出す。

 最近忙しくて遊びに行けていないから、久しぶりにサテライトへ行きたいな。沙恵さんの今度の帰省はいつなんだろううか。

 山中さんと食事するよりもサテライトへ行く方が絶対楽しい、とか思ってしまった。


「年上とか年下とか気にしたことない」

「……今、誰か思い浮かべた人がいるでしょ?」

「えっ?うん」

「ふん」


 年上の二人を思い浮かべていたのは確かなので素直に肯くと、山中さんは不満気に鼻を鳴らした。

 自分でも無意識で出てしまったみたいで、慌てた様子で片手で顔の下半分を押さえている。


「定時に急いで帰る時ってその人とデートしてるの?」

「デート?ああ、でも、そう」


 あれをデートというのが正しいかは分からないけれど、仕事帰りに沙恵さんを誘って、二人で軽いスポーツをして気分転換しているのは確かで、その質問にも頷く。


「……彼女……いるんじゃん…」


 そうボヤいた後からは「仕事に慣れた?」とか「同期と飲みに行ったりしてる?」とか上司や同僚の愚痴とか会社の話題が中心になった。


 学生時代に「思っていたのと違う」とか「克己は見てるだけがいいよね」とかそんな事を言われる瞬間に似た、場の空気の変化が感じられたので、思わず心の準備をしたけれど山中さんは最後までそんな事は言わなかった。


 別に何とも思っていない相手でも「違った」と言われるのは、それなりにくるものがあるのだ。

 勝手に期待されたことに応えられなかっただけのことだと、頭では納得させようとしていても、どうしてもチクリと引っ掛かりを感じてしまうということが、何度もあった。


 勘違いとはいえ、彼女が居ると察してすっと距離を取ってくれたから、山中さんって大人でいい人だ。

 とにかく気が重かった約束からこれで解放された。


 この山中さんとの食事以降、職場で僕を囲んでいた女子達も日に日に減っていった。

 キャーキャー騒がなくなったというだけで、普通に挨拶や会話をする距離に落ち着いていったから、職場の雰囲気が悪くなったということもない。

 勤務時間の半分は外回りで職場に居たら居たで珍獣扱いだったから、なんだかようやく会社内に居場所が出来た感じがした。


 シルバーウィークも終わって、世間がオレンジとパープルのハロウィンカラーに染まり始めた頃、久しぶりにサテライトで沙恵さんと会えた。

 スポーツをする時はちょっとしか話す時間が無くて、ゆっくりとたくさんおしゃべり出来たのは嬉しかった。


 沙恵さんとの話題は、動物の話が多い。動物園の飼育員をしているのだから、当然だろう。

 特に、沙恵さんが新人の頃から担当しているリスザルのシン君の話は、沙恵さんがとても楽しそうで聞いているこっちも楽しくなる。


 その次に多いのは、サテライトや智恵さんと由恵のこと。

 こっちは楽しい話よりも、大丈夫かなと心配している方が多い。今は僕や友久がこれまで沙恵さんが一人で担ってきた力仕事や高い所の掃除を手伝っているから、本当に助かっていると御礼を言いつつも、少し寂しそうにもしている。


 それから半年後の由恵と友久の披露宴の話。由恵にも確認されたけど、居辛く無いかと心配された。

 彼女はいつも誰かを心配している。妹の友達という僕までその対象なのかと思ったが、よく考えれば何回も二人で遊びに行っているので、(あいだ)に由恵がいなくでもすでに友人枠にいるのかもしれない。それが嬉しいと思った。


 店のハロウィンディスプレイを手伝った。

 壁に飾られていた星座盤はお役目を終えて今は二階のリビングに飾られているらしい。

 喫煙可能なこともあって客層には大人の男性が多いので、あんまりポップに飾り付けると居心地が悪くなるから、オレンジよりも紫を基調にしてみた。


 お手伝いの御礼に貰った、智恵さんの今年のハロウィンスイーツはかぼちゃのマフィンだった。

 小さ目に作られたマフィンにはかぼちゃがタップリ練り込まれていて、オレンジがかった黄色をしている。

 甘さが足りない人のために、かぼちゃ餡とホイップクリームを用意してくれていたので、モンブランのようにタップリと乗せてもらった。


 クリスマスも手伝いたかったけれど、会社の方が忙しくて時間が取れなかったのは残念だ。

 忙しいままに年を越して、お年玉を握りしめた子供達をターゲットにしたお正月戦線が落ち着いたのは一月も下旬のことだった。


 沙恵さんの勤めている動物園も閑散期に入る。

 なので、二月は三回遊びに行くことが出来た。

 そのうち二回はいつものようにバッティングセンターへ行って体を動かしたけれど、あとの一回はジャズ・バーへ行ってみた。楽器を始めるのも楽しそうだと思った。


 三月に行われた友久と由恵の披露宴は、散々念押しされていた僕ではなく、気の緩んだ由恵が妊娠(爆弾)発言をしていた時を除けば、問題なく和やかに終わった。

 久しぶりに会った侑士と水奈都は、二人とも少し雰囲気が柔かくなったようだ。

 でも、それぞれの仕事が忙しい上に遠距離なので、二人が会うのも正月休み以来らしい。

 惰性で会社に行っている僕とは違って、確実にキャリアを積んでいるって感じがした。


 見た目のお陰で営業成績は悪くない。むしろ平均よりも上だ。

 その瞬間楽しいと思えることが全く無い訳でもない。でもその時だけで消化されてしまって、二人のようにキャリアを積んでいるというような手応えは感じなかった。


 そんな事に気付いてしまって迎える社会人生活二年目。

 智恵さんから、沙恵さんの誕生日にケーキを焼くからおいでと誘ってもらった。

 日曜日だった事もあり僕は二つ返事で参加した。


 当日になって由恵から沙恵さんを迎えに行くように頼まれた時も、元々バイクで行く予定だったし、動物園に寄り道するくらい全然問題ない。


 久しぶりに僕のバイクの後部座席に乗る沙恵さんは、何かを心配している様子だった。

 もちろん安全運転は心掛けるけど、自動車と違ってあまり上の空だと同乗者でも危ない。


 出発前に声を掛けて走り出したけど、さすが普段から体を動かしているだけあって、多少気が散っていても自然と反応してバランスを取っていた。

 その心配事も沙恵さんの実家に着いて由恵が迎えに来たら吹き飛んだようだ。


 お誕生日会では、沙恵さんの幼馴染の多美子さんがサプライズで参加した。

 多美子さんは、僕に一目惚れしたフリをして沙恵さんを誂った。僕からすれば本気じゃないのはミエミエだったので特に口を挟むことはしなかったけど、沙恵さんはいつもの心配症を発揮してオロオロしていた。


 すぐに多美子さん自身結婚の予定があることをカミングアウトしてフリだとバラした時には、見るからにホッとした様子の沙恵さんが少し気の毒になったくらいだ。


「沙恵の男性不信を治すのは君かもね」


 後からこっそりと多美子さんにそんなことを囁かれたけれど、沙恵さんが男性不信だなんて全く気付かなかった。

 由恵と勘違いしているんじゃないだろうかとも思うけど、沙恵さんの親友である筈の彼女がそんな勘違いをするとも考えられない。

 多美子さんからは特に詳細を聞けることもなく、誕生日会はお開きになった。


 会社では、新卒者の目に留まったらしく、またしばらく周囲が騒がしくなったけど、去年より人数が少ないことや先輩達に睨まれることを避けるため、すぐに下火になっていった。


 仕事面では、下村さんと一緒に外回りをすることが無くなり、一人で客先を回るようになった。

 それはそれで気楽でいいのだけど、むこうの担当者が女性だとアフターフォローを言い訳にお茶菓子まで用意してやたらと引き留められるし、親睦会をしようとやたらに飲みに誘われたりするし、行く先々でそんなことがあって残業が増えると、仕事に楽しみを見い出せなくなってくる。


「イケメンが損することもあるんだな」


 下村さんに相談したら軽く流されたが、それでも異動願を出してみれば、とアドバイスをくれた。

 そもそも入社時は企画開発志望だったのだから、部署を異動して貰えば確かに解決しそうだ。

 それからの僕の行動は早かった。すぐに異動願を書いて部長に提出したものの、なんか顧客満足度は高いとか言って渋られてしまう。


 結局、実際に部署を移動してもらえたのは半年先の十一月になってからだった。

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