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可愛いと言わないで。  作者: 加藤爽子
可愛いにはうんざり
3/20

3

閲覧ありがとうございます。

今のところ全12話を予定しています。

よろしければ完結までお付き合い下さいませ。


2023.08.14 追記

全13話になりました。

 カチッと音を立てて星座盤が外れた。

 木製でたくさんのレジンが埋められた星座盤はそれなりに重みを感じる。


「終わった?じゃあちゃんと話して欲しいだけど、より戻したの?」

「んー。別に友達を辞めたわけじゃないから。彼女は要らない。ケーキは食べてきたから明日もらう。他、何言ってたっけ?」


 また、細々と質問されても面倒なので、聞かれた事に一気に答えたら、瑞穂の目が据わった。


「生菓子なので今日中にお召し上がり下さい……じゃなくて、カツ兄が、元カノと友達に戻ったと思っていても相手は絶対気不味いって」

「そう?」

「別れたのにダメージ無さ過ぎ!」


 因みに瑞穂には僕から由恵と別れたとは話してない。

 数日前の誕生日に「彼女と会わなくていいの?」と聞かれたから「彼女って?」と聞き返しただけだ。

 でも、それだけで察して、この週末に友達を呼んだりするのだから、凄い行動力だ。


 とはいえ行動力に関しては今日サテライトへ行った僕も似たようなものかもしれない。

 由恵も友久も最初は確かに気不味そうにしていたような気がしないでもないけど、草刈りが終わる頃には全然普通で、今日サテライトに行って良かったんだと思う。


 更に瑞穂の質問攻めが始まろうとしていたけれど、外から車のエンジン音が聞こえた。


「あっ来た」


 僕は窓の外を覗いて車のライトを確認すると、本当に由恵の車かどうか分からないまま星座盤を持って門に向かった。

 車用の門を開けるとやっぱり由恵の車だったので車庫に停めて貰う。

 父が夜勤専門で介護士をしているから、今の時間帯はその一台分が空いている。


 友久が運転する軽自動車が綺麗に車庫に納められてエンジンか止まると、助手席に座っていた由恵が車から降りてきた。手には紙袋を持っている。


「あの、これ。……遅くなったけど、誕生日プレゼント。渡しそびれたから」

「ありがとう」

「ずっとクローゼットの奥で眠ったままになるかと思っていたけど、渡せてよかった」


 由恵はそう言うとふにゃりと笑った。これは慣れた人への笑い方だ。もう気不味さも無くなったのだろう。

 プレゼントと引き換えに、僕も星座盤を由恵に受け取ってもらう。

 袋にも何も入れておらず素のままの星座盤を落とさないように両手でそっと抱えて、由恵は助手席に戻った。

 友久が家に遊びに来た事はあったけど、そういえば由恵はうちに来るのは初めてだったかもしれない。


 軽自動車を見送って家の中に戻ったら、玄関で瑞穂が不満気な顔をしながら仁王立ちしていた。

 あのまま乗せてもらって今日も友久の家に泊まれば良かった。なんて思ってももう遅い。


 うちは日本家屋がベースなのでドアというものは、リビング、ダイニングキッチン、バス、トイレくらいにしか無い。

 それ以外は引き戸というか襖になるから鍵を掛けるなんて事も出来ず、どれだけ「入ってくるな」と言っても、瑞穂は気にせず入ってくるに違いない。

 だから、こちらが出来る対処としてはシカトくらいしかない。さっき質問には答えたのだからこれ以上話すことも特になく、結果として無視する事になる。


 自室に戻ると案の定、当然の顔をして瑞穂も着いてくる。

 なんで由恵が来たのかとか、友久と由恵は付き合っているのかとか、そんな事を質問してくるのを無視して、豪快にシャツを脱いでルームウェアに着替え始めると、瑞穂は「ぎゃーっ、変態」と悲鳴を上げて出ていった。

 脱いでいるところを見ても見られても、男の方が変態と言われるのは腑に落ちないが、これでとりあえずは静かになった。


 由恵から貰った紙袋の中身は、更に水色の包装紙でラッピングされていた。円柱形の棒のような、もしくは筒のようなものだと見て取れる。

 ラッピングをビリリリと破ると中から出てきたのは、折り畳み傘だった。

 商品タグにはネイビーと書かれているが、鉄紺色と言うのだろうかほんのりと赤味を感じる深い青色だ。

 傘を開くと、内側には銀色の塗料で夏の夜空が描かれていた。

 そういえば、営業に出た時に何度かにわか雨に濡れたと由恵に話したなぁ、と星空を眺めながら思い出した。


「カツ兄ご飯。なんで家の中で傘差してるの?」

「これ片付けたら行く」


 いつの間にかまた部屋に来て、いちいち疑問を挟んでくる瑞穂の質問に答えることなく、殊更時間を掛けて丁寧に傘を畳み始める。

 瑞穂は不満気に鼻を鳴らしたが直ぐにダイニングキッチンへと戻っていった。


 傘の骨と骨の間の布地部分を一つ一つ整えて()を縮めると、くるりと留め紐を巻き付けパチンとスナップボタンを留めた。留め紐から手を離しても布地部分が均等に並んでいるのを見ると気持ちいい。

 別に几帳面というわけではないけれど、こういう作業は地味に楽しく感じる。


 それから、脱ぎ捨てたままのライダースジャケットはハンガーに掛け、それ以外の服は丸めて小脇に抱えると洗濯機の前に置いてある籠に放り込んでから、ダイニングへ向かった。


 父は夜勤なので不在で、兄の晴司は既に結婚して自分の世帯を持っている。だから、食卓は母と妹と僕の三人だ。

 小学校の先生をしている母は、基本聞き役で寡黙な方だ。

 そのため、食卓ではいつも末っ子の瑞穂が賑やかに喋っている。

 やっぱり今日も瑞穂が主役で、改めて昨日友達を呼んだのは僕にケーキを焼く為だった、と話し始めた。

 今日は朝から女子四人でケーキを焼いて、昼過ぎにはみんな帰ったそうだ。

 一人寂しく誕生日を過ごした僕へのサプライズだったのに、何で家に居てくれなかったのか?来てくれた友達に申し訳ない。帰ってくるよう連絡したのも何で全部無視をしたのか?


 これは、ろくなことにならない。

 早くご飯を食べ終えて部屋に引き上げようと、黙々と食事を終えて「ご馳走さま」を言って席を立とうとしたら、母に席に戻るように言われた。


 もう一度言うが、母は教師である。

 瑞穂が母の前でこんなふうに訴えてくると、晩ご飯の席がまるで学級裁判のような場に変わるのだ。

 内心で「面倒臭いな」とは思うけれど、それを口にすると長引くのは経験上知っているので、黙って座り直す。


「せっかく克己を喜ばそうとしたのにそれは残念だったね。それで、克己の言い分は?」


 公明正大な母は、瑞穂の言葉に頷きつつも、僕の話をちゃんと聞こうとする。


「僕の為とは思わなかった」

「週末の予定聞いたじゃない。特に決まってないって言ったから」

「瑞穂。今は克己の話を聞いている。……つまり、予定は聞かれたけど、空けておいてとは言われていないんだね?」

「うん」


 加えて、誰と付き合うとか別れるとかは僕の自由だから放っておいて欲しい、と言えば、母が頷いたので瑞穂がしょんぼりした。


「瑞穂、ちゃんと約束していないなら先走ったね。そもそも今はまだそっとしてあげた方が良いんじゃないかな?克己に謝って、ね?」

「カツ兄、ごめんなさい」


 母に促されて瑞穂は素直に頭を下げた。


「月曜日に学校へ行ったら、巻き込んだお友達にも謝りなさい」

「はい……」

「克己も、瑞穂は悪意があったわけじゃないんだから、許してあげてね。後、せっかくだから、ケーキは食べていきなさい」

「準備するね」


 母の言葉に瑞穂が顔を輝かせて食卓を片付け始めた。

 今日はもう沙恵さんと一緒に食べているから欲しいとは思わないのだけど、断れる雰囲気ではないのでそのまま座って、ケーキが出されるのを待った。


 ケーキはシンプルに苺のショートケーキで、一緒に紅茶を淹れて出してくれた。おそらくカットする前は上に乗っていただろう「おたんじょうびおめでとう」と書かれたチョコレートプレートが添えられている。

 ちなみに昼間に食べたコンビニケーキも実は苺のショートケーキだった。

 瑞穂と母は日中に友達と一緒に食べたらしく、出されたケーキは僕の分だけで、母と妹の前には紅茶のみだった。


「瑞穂、はんぶんこしよう」

「えっでも食べちゃったし」

「祝ってくれるんでしょ?一緒に食べてよ」


 扇形のショートケーキを口を付ける前のフォークで更に鋭角に切り分け、瑞穂の前に置く。

 ただ少しでも自分が食べる量を減らしたくて半分にしただけなのだが、母には仲直りの為の行動に見えたらしく満足気にウンウンと肯いていた。

 瑞穂には、僕が今日すでにケーキを食べた事を伝えている筈なのに、彼女も感激した様子で僕を見ていた。


 瑞穂達の作ったケーキは甘い香りを放っている。

 コンビニケーキはホイップクリームだったけど、こっちは生クリームだ。

 スポンジには、おそらくリキュールを少し垂らしているから、独特の甘い香りが増しているのだろう。

 ふわふわしたスポンジは、フォークで一掬いしただけで、半分にして薄くなっていたため、支えきれずに横倒しになってしまった。あんまりスポンジを感じさせないので、逆に濃厚な生クリームでは無くホイップクリームの方がスッキリするんじゃ無いかと思う。


 妹が兄の為に作ったケーキだというだけなら、手が込んでいて美味しくて最高のバースデーケーキになるんだろうけど、瑞穂はパティシエールを目指しているので商品としてみるなら、すぐにリキュールを使いたがる瑞穂のケーキは、好き嫌いが分かれるのだ。

 まだ二十歳になっていないから、アルコールへの憧れでもあるのだろうか?これが大人の味みたいな?


 もちろん今は、家族の為に作ったケーキなので「美味しいよ」と笑っておく。

 きっと、製菓学校の先生が卒業までに矯正してくれるだろう。もしくは僕の感想の方がおかしくて学校では評価されている可能性もある。


 紅茶には砂糖と牛乳を入れて、ミルクティーにして飲んだ。ケーキと一緒なので砂糖は控えめだ。

 僕は、コーヒーも紅茶もミルクたっぷりなのが好みだ。

 そういえば由恵は、紅茶は僕と同じでミルクが多いのが好きだったけど、意外な事にコーヒーはブラックだった。

 でも、あのサテライトのほのかな甘味を感じる香ばしいコーヒーをずっと飲んでいたら、砂糖もミルクも不要になっちゃうのも分かる気がする。

 視線に気付いてそちらを見ると、母と妹が珍しい物を見るような顔をしていた。


「何?」

「声出して笑ってたから」

「え?声出てた?」

「うん。楽しそうだけど何考えてたの?」


 何って……由恵の事だ。

 でも、それを素直に言ったら、きっと母も妹も痛ましいものを見るような顔に変わるだろう。

 二人が思っている程、ショックを受けているわけでは無いのに、落ち込まない自分が悪い気がしてくる。


「……もう食べ終わったし、部屋戻る」

「むー。教えてくれないの?」


 あからさまに回答を避けて僕はダイニングを後にした。


 襖を開けて自分の部屋に入ると、分解した卒制が散乱している。

 片付けなければ布団を敷く事も出来ないので、ノロノロと体を動かした。


 別に家族仲が悪いわけでは無い。昨年の夏なんて結婚前の晴司も含めて家族全員でニューヨークへ旅行に行ったくらいだ。

 それでもどこか緊張してしまうのだ。他の家族もそうなのか僕だけなのかは知らないが、とにかく馴染めない何かを感じていた。

 それは家でも学校でも今の会社でも同じで、でも昨年一年間は違った。

 友久、由恵の二人に加えて、侑士と水奈都の居る卒制のグループはとても居心地が良かった。

 由恵を通して知ったサテライトも居心地が良いのだ。


 だけど、卒業制作グループは、大学を卒業してしまえば解散して、みんなバラバラの方向に進んでいるし、全員集まる事なんてほとんど無いだろう。

 由恵とも別れたので辛うじて残っているのはサテライトだけになってしまった。

 ずっと知らなかったままなら良かったが、心地の良い環境を知ってしまった僕は、息苦しさに気付いてしまっていた。


 元々は畳が敷いてあったこの部屋は、今は板間になっている。中学の時に自室で工作していた時にベットリとペンキを溢してから、畳を取り払って作り変えられた。

 今は分解しただけだから、たいしてゴミは出ていないけど、木屑・金属屑がないとも限らないから、掃除機をあてた方がいいだろう。


 掃除機を取りに行った時、瑞穂のなにか言いたげな視線を感じた。何かを言おうとしてだけど思い直して、口をモゴモゴさせている。

 瑞穂が僕に謝って幕引きと母が決めたのだから、瑞穂もそれを気にしているのだろう。

 掃除を終えて掃除機を元の場所に戻しに行った時、堪えきれなくなったのか瑞穂が質問してきた。


「昨日は、またサテライトに泊まったの?」


 瑞穂がなんでこんなに僕を構いたがるのか分からない。

 無表情に視線だけ向けた僕に瑞穂は眉根をしかめている。


「……由恵さん、困っただろうね」


 瑞穂が何を言いたいのか全く分からなかった。

 終わった話を蒸し返しているところを母に見付かったら瑞穂が怒られるのに、何を気にしているのだろう。

 僕は何を言えばいいのか分からなくて、無言のまま部屋に戻った。




 週が明けて月曜日。


「今日の昼飯、一人増えていい?」

「いいよ」


 始業前にいつも一緒に昼御飯を食べている隣の席の下村さんからそう聞かれて何も考えずに頷いた。


 お昼にエントランスで合流したのは、下村さんの同期で総務部の山中さんだ。

 光沢のあるダークグレーのスーツで、サイドの髪を捻って大きめのバレッタで留めている。

 アクセサリーは金で統一されていた。

 大きな飾りがぶら下がったピアスに耳朶が千切れるんじゃないかと、ゾワリとした。


 山中さんのオススメの店、ということで、ホテル内にある懐石料理屋のランチを食べることになった。

 懐石と銘打っているけどコース料理のように一品ずつ出てくるわけではなく、仕切りの付いたお重に入れて料理はまとめて出てきた。

 この辺はビジネス街だから、昼休みの時間内に食べられるようお弁当みたいにしているのだろう。


 あんなでっかいピアスが揺れているのを見ながら食事が出来る気がしなくて、山中さんの正面に座りたくなかった僕は、彼女が座ったのを確認して隣の席に座る。


 ペットにICチップを埋め込むとかいうのもかなりゾワゾワするけど、あれは埋め込む意味も分かるし見た目では分からなくなるからまだ理解出来る。

 必然性の無いものの為に、わざわざ体に穴を開ける理由が理解出来なかった。僕にはオシャレに見えない。


「原田君ってお箸の持ち方綺麗だね」

「ありがとう」


 正面に座った下村さんとばかり喋っていたら、不意に隣の山中さんが箸の使い方を褒めてきた。

 褒められたらとりあえずにっこり笑って御礼だ。

 それは母に何度も言われて身に染み付いている。お箸もそうだ。母は、箸の使い方に関しては妥協を許さなかった。


「―――良かったら、今度は二人でランチに行かない?」


 先送りにするかはぐらかすかはっきり断るか、どれが効果あるだろうか?


「下村さん、しばらく外回り続くよね?次、会社付近でランチ出来るのっていつでしたっけ?」

「ああ、夏休み前で商品の配置換え多いからな。夏休みが明けたら落ち着くんじゃ無いか?まぁ言ってる間にクリスマス商戦だけどな」

「ちょっと先になっちゃうみたい」

「確かに今はちょっと無理そうね。落ち着いたら声を掛けるわ」


 山中さんが断った途端に豹変するタイプなのかとか、相手の事を知らな過ぎて読めないから、とりあえず先送りしてしまった。

 下村さんもこっちの意図に気付いて話を合わせてくれた。まぁ実際、外回りも続くんだけど。

 その後は、昼休みが足りないと愚痴る山中さんに適当に相槌を打ちながら会社に戻った。


「年上は嫌か?」

「ううん。関係ない」

「お前、彼女と別れたって言ってたよな?山中は駄目なタイプ?」

「直感で駄目。直感外れた事無いから『とりあえず二人で』とかも嫌」

「直感って」

「そもそも職場の人は嫌」

「……そうか」


 僕は煙草は吸わないけれど、下村さんの食後の一服にくっついて行って、ぶっちゃける。


「まぁ、悪かったな」


 下村さんは煙草の火を揉み消しながら、苦笑を浮かべて謝った。

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