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可愛いと言わないで。  作者: 加藤爽子
可愛いにはうんざり
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閲覧、いいね、ありがとうございます。

励みになります!

 ブルルルとエンジン音を立てて刃の部分を回転させるとザリザリと派手に音を立てながら、切れた葉っぱを撒き散らす。

 響く振動を堪能すると庭も気分もスッキリとした。


 刈り残しは友久が鎌で刈り取って、熊手を持った由恵が刈った草を掻き集めて行く。

 友久が言った通り三人で作業すればそんなに時間は掛からなかった。

 由恵が道具を片付けている内に、僕と友久は再び遊歩道を通って車を取りに行く。


 車を停めさせて貰ったのだから今度河原のゴミ拾いのボランティアに参加しよう、という友久の言葉を聞いて、何それ面白そう、と思った。

 いつやるのか分かったら直ぐに連絡をくれると約束した。

 思いの外、草刈り機が楽しかったから河原の草刈りも出来ないだろうか。


 元通り車を二台裏庭に並べ終えると、そのまま三人でサテライトへ『今日のランチ』を食べに行く。


 由恵のお母さんの智恵さんがお礼を言ってきて、時間的にはフライングだけどランチを出してもらった。

 今日のランチメニューは、デミグラスソースがかかったオムライスとコンソメスープとサラダのセット。たっぷりの玉ねぎとベーコンのバターライスがふわふわ玉子の中に包まれていて、優しい味のオムライスに濃い目のデミグラスソースが絡まってとても美味しかった。


 ランチタイムになるとひっきりなしにお客さんが来ていて、智恵さんがカウンターから出たり入ったりと忙しそうなので、由恵が会計を僕と友久はフロアを引き受ける。

 ランチタイムが落ち着くとにわか店員は終わりで、三人でカウンターに並んで座ってコーヒーを淹れてもらった。

 サイフォンで時間を掛けて淹れられた、智恵さんのオリジナルブレンドはとても良い香りがする。酸味は控えめで本来の豆の甘味と香ばしい苦味が口の中に広がってすっと消えていく。ミルクをたっぷり入れるとコクが出て更に甘味が深まってとても美味しい。


 ご飯もコーヒーも美味しいけど、僕は智恵さんの作るデザートが一番のお気に入りだ。

 パティシエールを目指して製菓学校に通う妹の瑞穂は、噛まなくても口から無くなるようなリキュールでしっとりさせたスポンジで、瑞穂曰く『大人の味』を好むけど、僕は智恵さんが作るしっかり存在感が有りながらも、素朴な味わいのスポンジの方が好みだ。

 喫茶店(サテライト)のメニューに載っているデザートは、普段はアイスクリームとパンケーキのみで、クリスマスとかバレンタインとかなにかイベントがある時だけ、ブッシュ・ド・ノエル風のロールケーキだとかガトー・ショコラだとかイベントに合わせた限定メニューを出している。

 だから今日はイベントメニュー(智恵さんのケーキ)が無くてとても残念だった。


「七夕ケーキは作らないの?」

「七夕にケーキを食べる習慣は無いでしょう」

「あっても良いのに」

「そうね。来年は考えてみる」


 一番近くにあるイベントを言ってみたけど、どうやら七夕は対象外らしい。本当に残念だ。


 サテライトの店内の壁には有名な絵本作家のイラストが額に入れて飾られていた。額ごと片手でも持てるくらい小さなものだ。

 由恵は「その絵はレプリカだけど、そのうちわたしが描いた絵に差し替えるから」と、息巻いている。

 昔、絵画教室に通っていたという友久に習うらしい。

 僕達はみんな、造形デザインを卒業したけれど、友久は最初、絵画の方へ行くつもりだったと聞いたことがある。


 壁に飾られている菜の花畑の中の少女を描いたイラストは、智恵さんのお気に入りでずっとそこに掛けられたままだった。


「季節ハズレなんだけどね」

「流石に今から夏の絵を描くのはムリ」


 そろそろ絵を替えたいという智恵さんに、ムチャブリだと由恵が唇を尖らせた。


「それならさ、由恵の絵が出来るまで星座盤を飾ったら?」

「星座盤って……」

「卒制の」


 我ながら名案だと思う。

 卒業制作で、僕達のグループで作ったのはホームプラネタリウムみたいなものだ。

 作品は僕が引き取って、思い付くままに機能を追加して遊んでいたけれど、流石に出来る事が無くなってきたので、星座盤のみ取り外して、ここに飾れば良いと思った。


 宅配ピザのMサイズくらいの星座盤は、今飾られている絵よりも大きいけれど、問題なくここの壁に飾れるサイズだ。

 友久がメイン担当で作成したもので、友久らしい繊細な星座のイラストが描かれている。

 恒星部分には穴が開いており、由恵がレジンで作ったそれぞれの色に着色した星が埋め込まれていた。

 一人で独占するのは勿体無いので、ここなら色んな人に見てもらえるだろう。

 衛星(サテライト)の名を持つこの場所に数多の恒星を飾るのは、とても似合うんじゃないかな。


「素敵!」

「七夕だし良いんじゃない」


 由恵の『素敵』を久し振りに聞いた。なんだか懐かしくて顔が緩む。

 智恵さんも乗り気になったので、決定だ。


 友久と由恵は元々、これから絵を始めるための画材を買いに行く予定だったようだ。当初の予定よりは遅くなったけど今からでも行くらしい。

 由恵の車で行くので帰りに僕の家へ星座盤を取りに来ると約束して出掛けて行った。

 二人が来るのは夜になるので、それまでに作品から星座盤を外しておかなければいけない。

 とはいえ、三十分もあれば外せるので今すぐに家へ帰ってどうこうっていう話でも無い。


 愛車に跨って漠然と家の方へ向かうが、時間があるので動物園に寄る事にした。

 全国的にはそれほどメジャーでは無い動物園だけど、電車の場合なら僕の家から二駅の距離なので、幼い頃は父がよく連れてきていたらしい。覚えていないけど、動物を見るとご機嫌だったようだ。

 小学校へ行くようになったら動物園にはほとんど行かなくなった。

 四歳下の瑞穂は折角動物園に連れて来ても鳩を追い回してばかりだったというから、余計に疎遠になったのだろう。


 大人になってからは……半年前に、まだ付き合っていた頃の由恵と一度来ただけ。

 その動物園は由恵の姉の沙恵さんの勤務先だったので、前回は動物園から家族に送られた無料入場券を使った。


 飼育員をしている沙恵さんの話は、僕には未知の領域でとても興味深いことばかりだ。

 沙恵さんがサテライトに帰ってきている時には、由恵の家に泊まりこんで、動物園の話を聞かせてもらったりもした。


 今回は入場券を持っていないので当日券を買った。

 大人料金でもワンコインに満たなくて、中学生は半額、小学生以下は無料なので、うちの親がベビーカーを押してよく来たというのも納得だ。


 まだ夏休みにはなっていない為、もっとガラガラなのかと思っていたら、思いの外混んでいる一角があった。

 数ヶ月前に産まれた豹の赤ちゃんがお披露目されているらしい。

 僕はそこを横目に通り過ぎながら、その近くの霊長類が続く一画の檻の前で立ち止まった。


「きゃー可愛い」

「こっち向いて〜」


 通り過ぎる時にチラリと目に付いたけど『赤ちゃんがびっくりするので、静かに観てね』という貼り紙があるのにも関わらず、甲高い声がこっちまで届いてくる。

 女子って集団になると厚かましくなるよなぁ、とボンヤリ眺めてしまう。

 何度も上がる『可愛い』の声に、昨日の会社や家で女子に囲まれた事が思い出されて、僕って動物園の物珍しい動物みたいなものなんだなぁと思った。


 動物園に来て動物ではなく人を観ているのも愉しくない。

 そう思って近くの檻に目を向けると、檻の中を所狭しとリスザル達が走り回っていた。

 地面に降りることなく木や檻に捕まってあちこち駆け回っていて楽しそうだ。

 そのサル達から離れて、木の幹にちょこんと腰掛けている少し年老いたリスザルの名前は『シン』だ。


 昨年聞いた沙恵さんの話だと、名付け親は沙恵さんらしい。シン君は正規にここに来た子ではなくて、おそらくペットとして飼われていたところを逃げ出したのだろうと言われていて、保護された後も飼い主が見付からなかったからここにいる。

 まだ新米の頃に担当している動物がいなかった沙恵さんが、お世話係に抜擢されたと聞いた。

 その為か、シン君は沙恵さんに特別に懐いていた。

 食事や清掃の為に沙恵さんが檻の中に姿を見せると、大きな目をキラキラさせて沙恵さんの後追いをするのだ。


 そういう普段は知ることのない動物園の裏話が面白くて、沙恵さんがサテライトに帰って来ると『話を聞かせて〜』と付き纏っていた僕は、目を輝かせて沙恵さんの後追いをする姿が『シン君に似ている』と姉妹に(からか)われていた。


 ふと目に付いた生息地や生態の書かれたプレートを読んだ。なんとなくリスザルって野菜や果物を食べるんだろうなと思っていたけど、虫や時には小鳥も食べるらしい。

 小鳥ってどうやって捕まえているんだろう?

 ちょっと意外だなと思いつつ、隣の檻のプレートも読む。割りと知らない事も書いてあってプレートを読むのが楽しくなってきた。


 小一時間くらい動物とプレートを見比べて回って、満足すると、動物の玩具が作れないだろうかという考えが巡る。


 例えば、ロボットペットって大抵は犬だけど、身近な動物じゃなくて実際に飼えない動物こそペットにしたら面白そう。

 大き過ぎてとても家では飼えないゾウとか、既に絶滅したと言われているニホンオオカミとか。

 流石に実物大は無理だから両腕で抱えられるサイズだ。

 生態を意識させる動きや特徴が書かれているカードなんかも付けてみる。

 僕だったら犬よりもオオカミとかゾウとかを飼ってみたいけど、誰もが思い付きそうネタなので、商品化されていないということは、市場で望まれるものでは無いのかもしれない。


 まぁ、企画部じゃないから、提案する機会も予定も無いんだけど。

 学生時代はもっと思い付くままに動いて、途中で飽きても放ったらかしにして次々に興味の対象を変えることが出来た。

 自分で作ってみるのもいいかもしれない、と考えつつも、別に工学科を出たわけではなくプログラムは趣味の範疇で書いただけで、そこまで複雑な事が出来る知識がある訳でもない。

 出来ることといえば、精々市販のロボットペットの見た目をオオカミっぽく改造するくらいだろう。

 犬をオオカミにするのはそんなに難しくない気がする。


 そんな取り留めもないことを考えながら動物園を出た。

 頭の中で考えているだけで、この案には飽きてきたからこのままお蔵入りだ。

 バイクを停めてある駐輪場に向かっていたら、動物園の関係者しか通れない門から見覚えのある人が出てきた。


「沙恵さん!」


 まさか動物園を出てから見掛けるとは思わなかった。

 沙恵さんは、ツナギでは無く白い長Tにブルージーンズというシンプルな格好をしていた。

 私服に着替えているけど、長めの髪は飼育員の作業の邪魔になるそうで、きっちりと一本の三つ編みに纏められているままだった。

 サテライトで会った時は結ばずに下ろしているから、僕には新鮮に見えた。


「まだ閉園時間じゃないのに早いね」

「あっ克己……。早朝勤務だったから今日はもう終わりで」


 僕が声を掛けると、沙恵さんは少し戸惑った様子を見せた。

 沙恵さんは今からコンビニに寄ってから帰るところらしい。

 僕も何か飲みたいと思ったので、バイクを押して歩きながらコンビニまで着いていく。


「草刈りしてくれたんだってね。ありがとう」

「めっちゃ楽しかった」


 早々に、由恵から報告メッセージが届いていたようだ。

 近藤家の体力仕事は、ずっと沙恵さんが担当だったから、「助かる」と、はにかんだ笑顔を浮かべた。


 元カノの由恵は人見知りだった。馴れた人には花が咲いたような明るい笑顔を見せるけど、馴れない人の前ではよく困ったような、はにかみを浮かべていた。

 姉妹だけあってそのはにかんだ顔が似ていた。


 動物園から駅まではそう離れておらず、駅チカの立地からか道中には三軒のコンビニがある。

 沙恵さんは一軒目、二軒目と通り過ぎて三軒目のコンビニに入った。

 僕が店の前にバイクを停めていると沙恵さんは先に入ることもせずに待ってくれていたので、盗難防止のチェーンを嵌めながら何で三軒目を選んだのか聞いてみたら「イートインスペースがあるから」という回答だった。


「なんかケーキが食べたくなったから付き合ってよ。草刈りのお礼に奢らせて」

「うん。いただきます」


 サテライトで智恵さんのケーキを食べそびれていた僕は、彼女の提案に遠慮なく乗っかった。


 沙恵さんはケーキを食べたら体を動かしたくなったようで、この後バッティングセンターに行く事にしたらしい。

 僕も行きたかったけど、メッセージアプリに友久から到着予定時間が届いたから、そろそろ帰らなくちゃいけなくなった。


「今度、機会があったら一緒に行こうか」


 気を使って沙恵さんがそう言ってくれたので頷いた。

 沙恵さんは流石に近藤家の体力仕事担当なだけあって、体を動かす事は好きみたいだ。

 由恵は、本当に運動が苦手だったから、バッティングセンターなんて話題に出た事も無かった。

 僕も特にスポーツをやっているわけでも無いけれど、サテライトでの清掃や草刈りが楽しいと思うのだから、体を動かすのは好きらしい。

 友久と約束した河川敷公園のボランティアもワクワクしたけれど、沙恵さんとのバッティングセンターはもっと楽しみで、早くその機会が訪れて欲しい、と思った。


 いっそうの事、友久からのメッセージに気付かなかった事にして、沙恵さんに着いていこうか。

 明日は、日曜日でまだ仕事は休みだから、取りに来てもらわなくても僕がサテライトに持って行ったら良いだけじゃ無いか?

 なんて考えが過ぎったけれど、星座盤を取り外す作業もなかなか面白いのでそれも良いかと思い直した。


 沙恵さんをリアシートに乗せてバッティングセンターの近くまで送った後は、寄り道することもなくまっすぐ家に帰った。




「カツ兄!酷すぎる!」


 家につくなり、瑞穂が大層ご立腹だった。ほんのりタレ目のくせに眼尻を釣り上げてプンスカしている。


「今時間無いから後にして」


 早く星座盤を外さないと直ぐに友久と由恵が来てしまう。

 自室でライダースジャケットだけ脱ぎ捨てると、すぐに卒制を手にした。

 そんな僕の後に着いて部屋に入ってきた瑞穂は、小言を言っているけど、とりあえず適当に流しておく。


「彼女に誕生日を祝ってもらえなかったカツ兄の為に、友達の中でも可愛い子を選りすぐって今日みんなでケーキ焼いてあげたのにどこ行ってたの?!連絡も全然反応くれないし……」

「サテライト」

「またサテライトに迷惑かけて……って、フラれたんじゃ無かったの?」

「そうだけど」

「何でサテライト……意味分かんない!説明してよ」

「いま無理」


 まぁ要約すると、誕生日を目前にフラれてしまった可哀想な兄の為に、失恋の薬は新しい恋よね、と今フリーの友達を連れてきてケーキを焼いてくれたらしい。

 製菓学校の生徒達なので味は保証されているだろうけど、余計なお世話だ。

 それにケーキなら沙恵さんと一緒に食べたから別に食べたいとは思わない。

 沙恵さんはこの前の水曜日が僕の二十三歳の誕生日だったなんて知らないだろうけど。


 とりあえず説明を求められているが、片手間に説明するのは星座盤を傷付けそうなので今は無視だ。

 瑞穂がキャンキャン言っているのを止めることも出来ず、仕方無しに小言をバックミュージックにしながら分解作業を続けた。

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