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【SS】それは一本の電話から始まった〜幸せ

あけましておめでとうございます。

閲覧ありがとうございます。

今回は、実は初めての友久視点です。

 ジリジリと痛くなるような日射しから冷やされた屋内に入るとそれだけで少し気が抜ける。

 庭に停めた車から裏口までの僅かな間だけだが、お盆を過ぎたこの時期の暑さは尋常じゃない。

 手を繋いで歩いていた長女の詩花(しいか)も「はぅ〜」と気の抜けた声を出している。

 由恵はすでにソファー席に座って次女の清花(さやか)のオムツを換えているところだった。

 ふとカウンターの端の小さな籠に気付いた。

 側に添えられたメモスタンドのクリップに挟まれた紙片には『ご自由にどうぞ』と書かれている。


「友久も吸う?」


 オレの視線に気付いた克己が籠を手に取り、差し出した。

 その中には残り僅かになった煙草の箱が入っていた。

 克己とはオレが由恵と付き合い始めた時にてっきり縁が遠のくと思っていた。

 大学時代の克己は誰とでも仲が良く、人に執着する様子は無かったからだ。

 いつも人の中心にいる克己と目立たないオレが話すようになったのは、大学の駐輪場でだった。

 普段は電車通学だけど偶々バイクで行った時に、そこで克己に話し掛けられたのだ。

 バイクトークで盛り上がって、気が付けば次の休みには一緒にツーリングに行く約束をしていた。

 それからは、克己の気が向いた時にスルリと傍らに寄ってくる猫みたいな存在だった。

 しばらく話さない事もあったけど、またふらりとやって来てはツーリングへ行く約束を繰り返すうちに、お互いの実家にも行き来するような仲になっていた。

 四年になるまでは大学内よりも外でつるむ事の方が多かった。

 それが今や義兄(あに)なのだから不思議な縁だ。


「これどうしたの?」

「お祖父ちゃんにお供えした残り」


 オレは学生時代こそ煙草をよく吸っていたが、由恵が妊娠した時点でスッパリと止めている。

 それに、そこにあったのはオレが吸っていたものとは違う銘柄だった。

 克己はそれを近藤家の墓前に供えたと話した。

 同じように供えてもいいと思うが、残念ながらつい先日のお盆にお墓参りを済ませたばかりだった。

 喫茶サテライトには喫煙者の常連達がいるし、自分が一本減らすまでもなく次の営業日には全部無くなるだろう。

 今日は平日ではあるが、会社は有休を貰っていた。同じく仕事がある沙恵さん(義姉さん)はお盆休みの代休だと聞いている。

 サテライトは定休日なので、今日はお客さんが来ない。

 いや、一人来る予定にはなっている。

 由恵と沙恵さんの腹違いの弟……。

 父親とのいい思い出が無い由恵にとっては身構えてしまう相手ではあるが、男性不信を克服するきっかけにしたいみたいだ。

 店内を見回してもまだ相手は来ていなかった。

 由恵は平静を装っているが少し緊張している。

 場所は母親の店(サテライト)で家族みんな集まっていて、これでアウェイなのは完全に相手の方。

 それでも緊張してしまう由恵に『みぶろう』を結成した時もこんな顔をしていた、と懐かしく思った。

 オレには警戒していたけれど、克己の事は潤んだ目で見ていて別の意味で緊張していた。

 高校生の頃、河川敷で油絵を描いていたオレの絵をこっそり覗き込んでいた子だと、大学の入学式ですぐに気が付いた。

 見掛けるとつい盗み見してしまっていたが、その時は自分の気持ちには気付いていなかった。

 警戒されている自分とは異なり嬉しそうに克己と話す由恵を見たら、胸が苦しくなって初めて気付いたのだ。

 ―――恋を自覚する前に失恋していた。

 同じ卒制メンバーになって前より近くにいる分、傷付いた心は瘡蓋になることも出来ず、何度も失恋しては傷が増えていった。

 たとえその笑顔がオレに向けられる事が無くても、由恵には笑っていて欲しかったから、もし克己が由恵以外の他の誰かとくっついたとしてもオレは苦しくなっていただろう。


 詩花の手がオレから離れて、克己に抱っこをせがんでいる。

 由恵曰く、近藤家は遺伝子レベルで克己の顔に弱いらしい。

 オレも結局恋敵の克己を嫌いになれなかったのだから、近藤家じゃなくても弱いんじゃないかと思う。

 手が空いたオレが由恵の隣に座ると、由恵がふにゃりと緩んだ顔で笑いかけてきた。

 自分に向けられる事は無いと思っていた安心しきった笑顔に心臓が跳ね上がる。

 学生時代何度も失恋したけど、今は何度でも恋に落ちてしまっているなんて、きっと由恵は気付いていないだろう。

 今、由恵と家族でいる奇跡に思わず清花ごと由恵を抱きしめた。


「何?急に?」

「しーちゃんも!」


 由恵が驚いた声を上げて、それに気付いた詩花がパタパタ駆けてきて由恵とオレの間に体を捩じ込んでくる。


「なんだろうね?」


 そう言いながら、この幸せにオレもふにゃりと笑った。


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