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【SS】それは一本の電話から始まった〜変化

閲覧、いいね、ブックマークありがとうございます。

今回は沙恵視点になります。

楽しんで貰えたら嬉しいです。

 ふんわりと視界の端で紅色が揺れた。

 仕事帰りにスクーターで走っていた私はその(あか)に目を奪われてしまった。

 一度は通り過ぎたものの今来た道を引き返す。

 それは店先に出されたマキシ丈のシフォンスカートだった。

 動きやすさ重視で年中ジーパンで過ごしている私は、暖色なんて女の子らしい色は何年も身に着けていない。

 よく見ると、同じデザインでカラーバリエーションがあって、後ろにあるブルーグレーの方が馴染みのある色合いだ。

 最初に目に付いたのは紅色だったけどブルーグレーを手に取って店内に置いてある全身鏡で履いてみたイメージを確認する。

 やっぱりこっちの色の方が馴染んでいる。

 悪くない、と考えた私の前にサッと何か差し出された。

 鏡の中には最初に魅かれた紅色があった。


「お客様ならこちらのお色の方が似合うと思いますよ」


 自分と同い年くらいに見える店員さんがニコニコと鏡を見るように促してくる。

 はなから自分には似合わない色と決め付けていたけれど、鏡の中では確かにブルーグレーよりも華やかで若々しく見えて、それなのに浮いているようにも見えなかった。


「お客様なら背が高くて足も長いのでミニスカートもお似合いだと思いますけど、何点かお持ちしましょうか?」

「いえ、コレで」


 ミニスカートなんてそれこそ敷居が高すぎる。

 営業トークはシャットアウトして、慌てて紅色のシフォンスカートを購入し店を後にした。

 一目惚れの衝動買いなんて初めてだ。ささやかな高揚感に包まれながら私は再びスクーターを走らせた。


「ごめん。ちょっと遅くなった」


 約束の時間よりちょっぴり遅れて、幼馴染みの多美ちゃんが勤める美容室に着いた。


「全然!」


 普段から仕事帰りに立ち寄るので、今日より遅れてしまうことも度々だからか、多美ちゃんが気にした様子は無い。

 いつものように荷物を預かってくれようと手を差し出してくるので、鞄と先ほど買ったばかりの紙袋を預けた。


「この店、偶に掘り出し物があるよね」

「そうなんだ……」


 多美ちゃんが紙袋のロゴを見て「買ったものを見せて欲しい」と言うので、その場で取り出して広げて見せる。


「えーっ!沙恵にしては珍しい!やっぱりエンジェル君の影響!?」


 紙袋の中から現れた紅色のスカートに多美ちゃんがはしゃいだ声を上げた。

 入籍したことを伝えた時には随分と(からか)われたけど、エンジェル君と言う時にもやっぱりニヤニヤしている。


「……そうなのかな?」


 今まで気にしていなかった女の子らしい服装に目が行くようになったのは、多美ちゃんが言うように克己の影響なのかもしれない。

 美人で綺麗な克己の横に立つのは勇気がいるのだ。

 克己と友達関係の時には私も立場は弁えていますよって思っていたから、やっかみの視線も気にしないでいられたけど、入籍した今は前よりも確実に克己との距離が近くてどうしても人の目が気になってしまう。

 そんな無意識がこのスカートを見付けたのかもしれない。


「うわぁ!沙恵可愛い!」

「……ありがとう。最近そう思うようにしている」


 ちょっと前までは『可愛い』と言われるのは不安で仕方なかった。

 自分は可愛いとは掛け離れていて到底受け入れられなかったのだ。

 だけど、克己が嬉しそうな顔で何度もそう言うから、最近は私でも可愛げがあるらしい、と思うようになった。

 躊躇いがちに微笑んだ私に多美ちゃんが何故か胸を押さえて顔を赤らめた。


「イメチェンしよう!レイアーカットにしていい?」


 そして、いつもカット(揃える)だけの私にすごい勢いで提案してくる。

 大幅に変えると動物達に警戒されるかもしれないし、毎日ヘアワックスとかを使わなければいけないような髪形も避けた方が良い。


「どうせ仕事中は一つに結ぶんでしょ。結んじゃえばあんまり変わらないから」


 何が多美ちゃんの琴線に触れたのか分からないけれど、いつもよりテンションが上がって饒舌だ。

 そうして、いつもと違う買い物をして、いつもとちょっと違う髪型にして、帰路についた。


「沙恵さん、髪切った?」


 長さはあまり変わっていないし、後ろはいつものように一つに結んだし、さっきまでヘルメットをかぶっていたのでぺしゃんこなのにも関わらず、克己はすぐに気付いた。

 押し潰された前髪とゴムに届かなかった溢れた横髪を手で梳きながら「似合ってる」と笑う。

 私はただただ気恥ずかしさに身をすくめていた。

 逃げずにされるがままになっているだけ、これでも慣れてきてはいるのだ。

 そんな私の動揺に気付いているのかいないのか、克己は楽しそうに目を細めて口の動きだけで『可愛い』と伝えてきた。

 『そう思うようにしている』と多美ちゃんに言ったけど、完全に慣れることはあるのだろうか……。


「沙恵、話があるんだけど晩御飯食べながらでいい?」


 どこか甘い空気をものともせず声を掛けてくれたお母さんには感謝しかない。

 晩御飯の席でお母さんが用件を話し始める。

 最近、腹違いの弟が店に来たのだという。

 私と由恵に会いたがっているらしいけど、お母さんは二つの条件を出したそうだ。

 一つ目は、向こうのご両親の了承を得る事。

 二つ目は、私と由恵の了承を得る事。

 その一つ目の条件をクリアしたと先方から連絡があったらしい。

 連絡の仲介をしているのは何故か克己らしく、返事は克己に伝えて欲しい、と言われた。

 由恵には私から電話で確認した。

 彼女は、父に会うのは嫌だけど、弟だけだったらお姉ちゃん()が一緒でサテライトでなら……という返事だった。

 相変わらず身内である友久君と克己以外の男の人は苦手らしく、言外に葛藤が見え隠れしていた。

 私には優しかった時の父の記憶もあるから会ってみてもいいと思っているけれど、由恵には怒っていた時の父しか記憶にないようだ。

 普通に店に来て出会うならばこんなに気にしないのだろうけどこうやって改めて確認されてしまうと、本当に大丈夫なのかちゃんと考えるために私は猶予を貰った。

 次の休暇の予定はすでに決まっている。

 二年制の製菓学校に通っていた克己の妹の瑞穂ちゃんは、卒業後フランスに修行へ行っている。

 その瑞穂ちゃんがこの夏休みに一時帰国しているから克己の実家に呼ばれたのだ。

 どうやら克己の兄の晴司さん一家も来るらしい。

 だから、腹違いの弟に会うにしても、早くて次の次の休みになるはずだ。

 考える時間としては充分にあるはずだ。


 克己の実家には、サマーニットと買ったばかりのシフォンスカートでお邪魔した。

 暖色カラーを身に着けるのは高校の体操服以来じゃ無いだろうか。

 克己だけじゃなくお母さんまで可愛いと言ってくれたから、私は安心して克己の実家に行くことが出来た。

 実は瑞穂ちゃんは由恵と会ったことがあるらしく、初めは私とどう接したらいいか悩んでいる様子だった。

 克己はニコニコしていたのだけど、瑞穂ちゃんや晴司さんには、それが本当に珍しかったらしい。

 信じられないけれど、実家に居た頃は家族に対してニコニコするタイプじゃなかったそうだ。

 瑞穂ちゃん曰く、ニコニコじゃなくてデレデレらしいけど、そんな克己を見ていたら勝手にヒヤヒヤしているのが馬鹿らしくなったと笑ってくれて、そこからはそれなりに打ち解けたと思う。

 瑞穂ちゃんは言葉の端々で克己を珍獣扱いしていて、他の家族も……晴司さんのお嫁さんでさえ……それを疑問にも思わないらしい。

 当の本人の克己はといえば、自分のことを話されているのに全く聞いていない。ニコニコはしているけど上の空だ。

 気が付けば私はすっかり珍獣使いだと認識されていた。

 動物園の飼育員という職業柄、あながち間違いでも無いところが笑えない。

 別に害意があるわけでも、悪気があるわけでもない。

 むしろ家族仲は良いのだろう。

 それでも克己が度々一人で行動していたという理由が見えた気がして、無性にサテライトへ帰りたくなってしまった。

 どうしても気になって克己を目で追ってしまう。長く追えばそれは当然のことかもしれないけれど、バチリと視線が合う。

 上の空がいつものニコニコに変わった瞬間、ドキリと心臓が音を立てた。


「用事思い出したから、今日は帰るよ」


 突然そう言って立ち上がった克己に手を引かれるがままに御暇させてもらった。

 お母さんから借りている軽バンの助手席のドアを開けて座らせようとする克己の手を思わずギュッと握り締める。


「何?」

「……帰りたい」

「うん。手を離してくれないと運転出来ないよ」

「あっごめん」


 慌てて克己の手を離すとその手は私の頭にポンポンと触れる。

 私の方が年上なのにいつだって甘やかされているのは私の方だ。

 私、ちゃんとお姉ちゃん出来ていると思っていたのに、しみじみと由恵って甘えるの上手なんだな、と思った。

 そして克己は器用過ぎて不器用だ。

 運転中じゃなければ、今すぐにでもギュッと抱きしめて、撫で回したい。


「寄り道していい?」

「え?うん。もちろん」


 あの場を切り上げる方便だと思っていたけど、もしかしたら本当に用事があるのかも。

 寄り道すると言いつつも道は変わらずサテライトに向かう道。

 途中山を越えてもうほとんど(うち)のある町に入るというところで道をそれた。

 年に何回かしか通らないその道の先にあるものといえば一つしかない。


「墓地?」

「うん。お盆が近いし沙恵さんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも挨拶しようと思って」


 墓地には似合わない紅いスカートなのが気になったけれど、折角克己が行きたいと言ってくれたのだから断るという選択肢は無い。

 墓地の駐車場に車を停めると克己は助手席に身を乗り出してダッシュボードから何かを取り出した。

 それは開封済の煙草だった。

 一本抜き出すとシガーソケットで火を点ける。


「それお祖父ちゃんの吸ってたやつと同じだね」

「何も無いのも淋しいから」


 本当に思いつきで来たからお参りの用意を何も持ってきていない。

 せめて好きだった煙草を供えるようだ。


「なんで車に置いてあるんだろう?」

「智恵さんはお守りだって言ってたよ」

「お守り?」


 私は首を傾げるがその疑問には克己の答えはなかった。

 煙草をお供えして、水場に置かれている道具を借りて出来るだけの掃除をしてから手を合わせた。

 置かれた煙草から立ち上る匂いが大好きだったお祖父ちゃんの匂いで、思わず口元が緩む。

 お参りが終わると煙草は水場で火を消して枯れた花たちと一緒にお役目を終えた。


「ねぇ、弟ってどんな子だった?」

「普通……あ、沙恵さんにちょっと似てた」


 直接会って話した克己に聞いても変わらずニコニコとしているのだから、こっちを傷付けてくるような相手では無いと信じられる。

 それに何も私と由恵だけで会う必要は無いのだ。

 今日の原田家(克己の実家)のようにみんな揃ってサテライトで会えばいい。

 友久君が一緒なら由恵も心強いだろう。

 なんでこのタイミングでこの話なのか自分でも分からないけれど、何故か今返事しなければと感じたのだ。

 もしかしたら、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが背中を押してくれたのかもしれない。


「じゃあ、会ってみようかな。由恵はサテライトでなら良いって」


 私の返事に克己はニッコリと笑って頷いてくれた。


実は留学していた瑞穂ちゃんと美容師をしている多美ちゃん。

本編で書けなかった設定を出せて満足です。

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